ブーン系
食と旅の秋祭り
30
( ^ω^)+シンプルな献立 ※仮タイトル
173:名無しさん:2023/10/06(金) 19:39:45 ID:7.E/EV660
何を食べるべきか、ずっと悩んでいた。
せっかくならボリューミーなものにしようか。
とはいえ時刻は午前十時。朝と呼ぶには遅いが、こってりした食事を摂るにはいささか早い。
( ^ω^)「うーん」
冷蔵庫の前で首を捻る。
いまだかつて、ここまで一食に悩むことがあっただろうか。
174:名無しさん:2023/10/06(金) 19:40:16 ID:7.E/EV660
( ^ω^)「……まぁ、やっぱりこれかお」
好きな食べ物ならいくらでも挙げられる。
贔屓にしていた定食屋のメンチカツ。
仕事帰りに寄っていたケーキ屋のショートケーキ。
コンビニのホットスナックコーナーでやたらと存在感を放つフライドチキン。
しかし不思議なもので、僕はその中のどれも選ぶ気にならなかった。
選んだのは地味で、見栄えもしない、シンプルな献立。
175:名無しさん:2023/10/06(金) 19:40:54 ID:7.E/EV660
( ^ω^)「納豆ご飯と味噌汁!」
シンプル過ぎて、もはや献立と呼べるのかすら疑わしい。
.
176:名無しさん:2023/10/06(金) 19:41:18 ID:7.E/EV660
( ^ω^)「土井先生も一汁一菜でいいって言ってたからいいんだお」
ついでに言うと、わざわざ味噌汁を作る気もない。フリーズドライは偉大なのだ。
キューブと一緒に残りものの野菜も入れていく。
キャベツ、にんじん、たまねぎ、もやし……もやしは味噌汁に合うだろうか? まぁいい、入れてしまえ。
( ^ω^)「ちょっと豪華になったお」
お椀の半分くらいまでお湯を注ぐ。キューブがほろほろと崩れ、味噌の香りが漂い始めた。
本来主役を飾るはずだった茄子が、有象無象の具材の中で恨めしげに浮いていた。
177:名無しさん:2023/10/06(金) 19:42:16 ID:7.E/EV660
< ピーッ
(^ω^ )「おっ、できたお」
電子レンジから取り出すのは、これまた偉大なパックごはん。
これまでの人生で何度助けられてきたかわからない。
僕は白米がなによりも好きだが、米を研いだり炊飯釜を洗う手間は嫌いだ。
( ^ω^)「おいしょ」 ペリリ…
ラップを剥ぐと、待ってましたと言わんばかりに湯気が広がった。
甘い匂いが鼻孔をくすぐる。今すぐ掻き込みたい衝動を堪えて、用意していた茶碗に移した。
普段は洗い物を増やしたくない一心でパックから直接食べることも多いのだが、まぁ今日くらいはいいだろう。
178:名無しさん:2023/10/06(金) 19:43:04 ID:7.E/EV660
米粒を潰さない程度にほぐして、納豆の開封作業に取りかかる。
納豆のネックといえばフィルムだ。普通に剥がすとどうしてもフィルムに納豆がへばりついてしまう。
だからまず半分蓋を開け、再びしっかりと閉める。そしてその隙間からフィルムを引っ張り出す。
こうすればケースに粒が引っ掛かり、一粒も漏らさずいただけるのだ。
それにしても、納豆を混ぜる回数の最適解がいまだにわからない。
糸が泡状になってフンワリしてきた頃が食べ頃かと思っているが、これで正解なのだろうか。
一度調べてみたものの、皆言ってることがバラバラで結局よくわからなかった。
179:名無しさん:2023/10/06(金) 19:43:31 ID:7.E/EV660
( ^ω^)(『人それぞれ』って、ある意味めんどくさいお)
ねりねりねりねりと練り続け、ようやく理想の形になった納豆を、ご飯にゆっくりと垂らす。
(* ^ω^)「んほぉぉ……」
純白の白米を覆っていく褐色。
白米と納豆。単体でも十分美味しいのに、組み合わせることでさらに完成度が増す魔法の食材だ。
そういえばナットウキナーゼは、炊きたてご飯の温度でも死滅するらしい。
だとしたら今も米と納豆の接着面で死んでいるのか。
ぶっちゃけどうでもいい。栄養とか本当にどうでもいい。早くこれを掻き込みたい。
180:名無しさん:2023/10/06(金) 19:43:59 ID:7.E/EV660
茶碗とお椀をテーブルに運んで一息つく。
どんなに空腹でも、これだけは幼少時からの癖で飛ばせない。
( ^ω^)「いただきますお!」
手の平を合わせて挨拶。命をいただくときの、最低限の礼儀。
181:名無しさん:2023/10/06(金) 19:44:27 ID:7.E/EV660
(* ^ω^) ハフッ!ハフッハフッ
まずはお待ちかねの納豆ご飯。
掻き込んだ瞬間、白米の熱さが舌を焼く。だけど冷蔵庫から取り出したばかりの納豆が上顎を冷やしてくれて、そのギャップがたまらない。
たちまち咥内で混ざり合っていく納豆ご飯。白米の熱と納豆の冷たさが、ちょうどいい温度に収束する。
182:名無しさん:2023/10/06(金) 19:45:01 ID:7.E/EV660
(* ^ω^) ズズズ…ッ
そこですかさず味噌汁を煽る。
納豆でねばついた口腔を、濃厚な味噌が洗い流していく。
野菜の細かい欠片も一緒に流れ込んでくる。ゴロゴロした食感が舌の上で踊った。
(* ^ω^)「うんまぁ!」
思わず声が漏れた。
白米、納豆、味噌汁。どうしてこんなに合うのだろう。
183:名無しさん:2023/10/06(金) 19:46:08 ID:7.E/EV660
(* ^ω^) ハフッ
味噌汁を堪能したあとは、再び納豆ご飯へ。
納豆に混ぜた醤油と辛子がいいアクセントになっている。それを優しく受け止める白米のまろやかな味も素晴らしい。
(* ^ω^) ジュウッ…
味噌汁はネット通販で買い溜めした、フリーズドライ製法のものだ。
世に味噌汁は数多とあるが、僕はこのブランドが出しているシリーズが一番だと思っている。
特に、今口にしている茄子の味噌汁。これが本当に美味しい。
今回は具材を盛りに盛ったが、やはり主役の茄子には叶わない。
一口噛めば、たっぷり吸っていた汁とともに茄子の旨味が口いっぱいに広がる。
184:名無しさん:2023/10/06(金) 19:46:44 ID:7.E/EV660
茄子のとろふわな食感を存分に堪能して、喉奥に流し込む。
まだ半分も食べていないが、適度な重みと温かさを得た胃袋は満足げだ。
( ^ω^)「ふぅ……」
ふと箸を止め、窓に視線を向けた。
今日はまさに秋晴れといった天気で、澄んだ青空が広がっている。
185:名無しさん:2023/10/06(金) 19:47:21 ID:7.E/EV660
空腹が満たされつつあることで、それまで食事のみに向いていた意識が他の要素も拾い始める。
つけっぱなしのテレビから、ニュース番組の音が聞こえた。
『残り時間もあと僅かとなりますが』
『皆様、どうか悔いのない一日を――――』
唯一放送を続けるテレビ局で、アナウンサーが泣きながら言葉を紡ぐ。
この世界は、本日をもって終わってしまうそうだ。
.
186:名無しさん:2023/10/06(金) 19:48:18 ID:7.E/EV660
やれ戦争だ気候変動だと騒ぎつつ、結局終わりは不可測な天命によって訪れた。
隕石が降り注ぐ。逃れようもないくらい、全人類を滅する勢いで。
思っていたよりも混乱は少なかった。
もちろん暴動が起きたとか、そんなニュースもなくはなかったけれど。
幸いにもここはあまり都会ではなかったお陰か、僕と同じように穏やかに終わりを迎えたいという人が集まっていて、最後の日でさえ静かだった。
偉い人達は終末に抗ったと聞いた。世界中が協力して、どうにか回避するべく努力したのだと。
しかしそれでも世界を救うことはできなかった。
187:名無しさん:2023/10/06(金) 19:48:52 ID:7.E/EV660
( ^ω^) ハフッ
具体的に何をしたのか、本当に死力を尽くしたのか、そんなことは知らないしどうでもよかった。
どのみち僕のような一般市民にどうこうできる問題ではない。
僕にできることなんて、ご飯のおいしさを噛み締めることくらいだ。
泣いても喚いても現実は変わらない。もう諦めはついた。
ただ、もう少し色々なものを食べてみたかったな、と思う。
188:名無しさん:2023/10/06(金) 19:49:39 ID:7.E/EV660
( ^ω^)「いい天気だお」
ここしばらくすっかり日常となった、空いっぱいに広がる惑星。
巨大な月だとか惑星だとしか言いようがない。
最初は小さな点だったそれは、今やクレーターがはっきり見えるほどに肉薄していた。
僕も、皆も、地球上の全人類が死ぬ。
だったら怖がっても仕方ないと思った。
最後の晩餐であるこの食事を、めいっぱいに味わうべきだと思った。
189:名無しさん:2023/10/06(金) 19:50:24 ID:7.E/EV660
( ^ω^)「あーあ、こんなときだっていうのに」
( ^ω^)「なんでこんなに美味しいんだお」
食事とは、食べる者を生かすための行為。
これから僕は死んでしまうのに、食べる意味などないというのに、どうしてこんなに美味しいのだろう。
喉の奥には、甘辛い味噌の味や、納豆のねばつきがまだ残っている。
次の味噌汁の一口は、きっとさっきよりも塩辛い。
.
190:名無しさん:2023/10/06(金) 19:50:56 ID:7.E/EV660
( ^ω^)さいごはんのようです
.
◆支援絵