ブーン系
食と旅の秋祭り
29
ξ゚⊿゚)ξ 幽世の森に棲まうようです
35:名無しさん:2023/10/10(火) 11:38:44 ID:rMomP2Sg0
第三幕 ■ 昏き底にて這い蹲う
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36:名無しさん:2023/10/10(火) 11:43:09 ID:rMomP2Sg0
(#゚;;-゚)『ねえ、なんだかヘンな感じがしない?』
ξ゚⊿゚)ξ「……奇遇ね。わたくしもおんなじこと思ってたわ」
導の湖畔を抜けて1時間ほど歩いただろうか。
朝と比べて、森の様相はあきらかに違っていた。
まず、空が見えない。
木々が密集しているのもあるが、深く立ち込めた霧が悪さをしている。
足元も異様だった。
そこら中に道のように太い木の根が張り巡らされ、地面なぞとうにわからない。
根と根の隙間はどこまでもどこまでも深く、暗く、落ちれば命がないことは自明だった。
ξ゚⊿゚)ξ「ねえ、ディの身体は本当にこっちにあるのかしら」
ツンはそういってきょろきょろと当たりを見回す。
……先ほどから、進んでも進んでも奥に進めている感覚がない。
なにだか、同じところをグルグル回っているような感じだ。
これ以上奥へ進むことを森に拒まれている、そんな考えがフッと浮かんだ。
(#゚;;-゚)『……でも、確かに、見覚えがある…』
ξ゚⊿゚)ξ「ディ……」
なんとも言えない表情でツンがこちらをみる。
彼女が何を考えているのか、声に出さずともわかった。
景色はとうてい現世(うつしよ)とはかけ離れている。
なにより、ゾッとするほど静かなのだ。
生き物の気配どころか、風の吹く様子もない。
こんなところに放置された人間の身体が、果たして無事そのままであるのだろうか。
……もういっそ何も見つけずに、思い出さずに、戻った方がよいのではないか。
こんな深いところまできて、それでも何も見つけられなかったのだから。
(#゚;;-゚)(もうそれで十分なんじゃないか)
がくん、と。
不自然にツンの身体が持ち上がった。
(#゚;;-゚)『ちょ、なに……っ』
絶句する。
・・・・・・・
宙に浮いているのだ。
37:名無しさん:2023/10/10(火) 11:46:18 ID:rMomP2Sg0
ξ; ⊿ )ξ「う、うぐ……っ」
ツンはバタバタと苦しそうに足を振り回す。
それでも僕を放さないよう、小さな手が強く強く食い込んだ。
もう片手は自身の首に、いや、首に巻かれたであろう不可視の何かを引き剥がそうと必死に力を込めている。
(#゚;;-゚)『ツン! おい、ツン!!』
だが、抵抗もむなしく足から徐々に力が抜けると、やがてだらりと垂れ下がる。
そのまま振り落とされないよう肩までよじ登ると、ちかちかと視界が明滅した。
(#゚;;-゚)(なんだ、これ)
ピントが徐々に合っていくように、意識して見つめると辺りで蠢く何かが、視える。
……蔓(つる)だ。
ツンの首にビタビタと異様にうごめく蔓が絡まっている。
(#゚;;-゚)『──ッ』
その先に、巨大な鶏(とり)の頭があった。
ぎょろりとした目玉だけでも、ツンの大きさを優に超えている。
体は見えず、ただ、宙にぽっかりと浮いている。
とても尋常の生物とは思えない。
導の湖畔で見た幻物たちがいかに可愛らしいものであったのか、今さらながら痛感する。
蔓は鶏頭の真下から伸びているようで、今もなお不可視である胴体に繋がっているのかもしれない。
(#゚;;-゚)(でもそんな、さっきから気配だってなんにも……いっそ、不気味なほど静かだったのに)
そこまで考えてハッとした。
そうだ、ツンが言っていたじゃないか。
周囲の生き物に気付かれにくくする魔法は、幻物も使う──。
(#゚;;-゚)(いや、でも、どうして気付かれた?)
(#゚;;-゚)(……待てよ、蔓自体が幻物の身体の一部なのだとしたら)
この霧の中、足場代わりの太い木々に巻き付く植物にいくらでも紛れられたはずだ。
きっと僕らは、気付かぬうちに触れてしまったのだろう。
考えている間にも、ぐったりとしたツンの身体が蔓によりさらに上へ、上へと引き上げられる。
もはや少しも動けなかった。
ぬめった目玉がツンを見ている。
何の感情も読めない、穴のような瞳。
そうして僕らは巨大な嘴(くちばし)の中に放り込まれた。
情けなくも僕はなんの抵抗もできぬまま、呆気なく意識を手放したのだ。
38:名無しさん:2023/10/10(火) 11:50:51 ID:rMomP2Sg0
……腹が減る。
腹が、腹が減って、どうにかなりそうだ。
ぐったりとして顔を擦る。ごり、と枯れ木のような感触。
やせこけた手足、薄汚れた肌、落窪んだ目。
僕は、ごみだめを漁っていた。
生ぐさくぬめった魚の身が口に入り、凄まじい腐臭が脳天を貫く。
それは酷く慣れた不快だった。
げえげえと吐き出しながら、同時に、そんな自分自身を見下ろしていることに気付く。
(# ;;- )(ああ、そうだ、そうだった)
間違いない。
・・
これは僕の、記憶だ。
食べ物も、身を寄せあう余裕もない。
虫が巣食うこの薄暗い路地裏が僕の生活のすべてだった。
その日は、酒場の前で置き去りにされた荷物を盗み去り、街外れのゴミだめに潜り込んで漁っていた。
誰に見つかっても厄介だから、はじめから誰にも見つからない最悪の場所に身を潜めていた。
やけに重つい鞄の中に手を突っ込むと、ガチン!という硬い感触と共に、凄まじい衝撃が身を襲った。
咄嗟にゴミをかき分けて深く深く潜り込む。
がやがやと騒がしい人の声はざあっと流れて、消えていく。
それでも恐怖は薄れない。
気持ちを落ち着けようと、どくどくと鳴る心臓へ必死に意識を向けた。
己の心音だけが、暗く狭い世界を満たしてゆく。
……どれくらいそうしていただろうか。
荷物からゆっくりソレを引き出す。銃形の魔道具だった。
ロックもかかっていない。
おそらくまだ、持ち主の込めていた魔力が残っていたのだろう。残弾もある。
39:名無しさん:2023/10/10(火) 11:52:29 ID:rMomP2Sg0
(# ;;- )「……」
こんなもの、と。
食えもしなければ、売りに出すこともできない下賎の身なりで、普段であればなんの価値もないと、見向きもしなかったろうに。
何故かその日は手に握りこんで離せなかった。
……命のおわりが見えていたんだと思う。
こんな、こんなところでただ野垂れ死ぬぐらいならと思ってしまった。
ソレには確かな力があった。
命を奪う、力があった。
銃を手に夜の底を走る。
僕のどこにそんな体力があったのだろうか。
土を蹴る足が、風を切る腕が、自分のものではないかのように動いた。
夜が明ける前に、この覚悟が霧散してしまう前に、誰かに見つかってしまう前に。
胸をジリジリと焼くような焦燥感すら心地よく、小石が足裏を割こうが、死肉をねらう怪鳥が頭上を旋回していようが、気にならなかった。
かくして僕は、幽世(かくりよ)の森に入り込んだのだ。
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40:名無しさん:2023/10/10(火) 11:56:25 ID:rMomP2Sg0
世界が現世と幽世とに分かたれてから、ひどく曖昧で不安定なその境界を森が覆った。
もう千年以上も前のことだ。
幽世に続く森。幽世を閉ざす森。幽世と分かつ森──それはいつからか、〝幽世の森〟と呼ばれるようになった。
決して近づいてはならぬ森。
幻物の棲まうその森は、およそ人間が生き抜ける環境では決してない。
話題に挙げること自体、僕ら孤児の間ですら歓迎されるものではなかった。
まるで魔法にでもかけられたように、人々は皆、森を恐れていたように思う。
とにかく、入ってしまえば帰ってくることがない、そういう場所なのだ。
それでも時折、森に立ち入る人間がいた。
……口減らしに子どもを捨てに来るのだ。森で野垂れ死んでも誰も見つけられない。
獣か、幻物か。生きていようが死んでいようが、餌になるのがオチだ。
(# ;;- )(構うもんか。どうせ、こんなところにいたって死ぬばかりだ)
潜る。食べ物をもとめて。
潜る。死に場所を探して。
潜る。命を奪うモノを手に。
小さな獣を見た。逃げていく。とうてい捕まえられそうにない。
見慣れない果実を頬張った。あまく、みずみずしく、しゃぶしゃぶと口をうるおした。
生まれて初めておいしいという言葉の意味を知る。なぜか、涙が出た。
大きな獣を見た。身体中に泥を塗りたくり、息を殺してただやり過ごした。
湖を超えると景色は一変した。
一晩中歩いたはずだが、あたりはなお薄暗く、そこら中に生えた白く発光する植物や茸の明かりを頼りに進んだ。
複雑に絡み合う木の根が折り重なり、地面は深く、遠く、もはや自分がどこを歩いているのかも分からない。
そして。
幻物を見た。一瞬で肌の粟立つのを感じた。
動めく闇としか形容しようのない、黒いモノ。
てっぺんのあたりに、ぼうっと、白い面でも貼り付けたように人間じみた顔が見える。
胸に抱えた銃に指をかけた。
幻物に襲われては、死ぬよりきっと、ひどい目にあう。
大丈夫。ここには、命を奪うモノがある。
大丈夫。大丈夫。大丈夫。
木の洞(うろ)に身体を小さく、小さくかがめて、祈る。
ガタガタと震える身体が余計な音をたてぬよう、必死に堪えた。
もう十分だろ。
僕なんかの最期には贅沢すぎる冒険だった。
今さらになって怯えるな。
41:名無しさん:2023/10/10(火) 11:56:54 ID:rMomP2Sg0
……死にたくない。
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42:名無しさん:2023/10/10(火) 11:58:06 ID:rMomP2Sg0
「ねえ」
ガチン!とした衝撃。
反動で身体が叩きつけられる。
ああ。ああ。そうだ、そうだった。
思い出した。
思い出してしまった。
声をかけられたのだ。
柔らかく揺れる金糸のように、煌めく髪。
けれど、僕は。
幻物に怯え、震える手元で誤って、〝己を殺すためのモノ〟で。
目の前に現れたうつくしい少女の、頭を、撃ち抜いた。
(;# ;;- )「うわああああああああああああああ」
血溜まりから、ぐにゃりと盛り上がる。
あの闇が。先に見た、かの異様が。
白い面のような顔が無表情にこちらを見て、次の瞬間、僕の腹には大きな穴が開いていた。
ああ。そうか。そうだったのか。
僕は、僕が──
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43:注意:痛ましい表現があります:2023/10/10(火) 12:01:59 ID:rMomP2Sg0
ぽたり、ぽたりと音がする。
ハッとした。そして、本能で身動ぎなぞしてはならぬと確信する。
地べたに転げ落ちたいまやボロきれのようなぬいぐるみの体は、じっとりと濡れていた。
酷く腥(なまぐさ)く、湿り気を帯びた暗闇が一帯を満たしている。
また、先程からずっとガサガサと荒い衣擦れのような音が響いていた。
記憶は、嘴の中に放られたところで途絶えていた。
ここはどうやら洞穴のようだった。
(#゚;;-゚)(……あの幻物の巣だろうか)
ツンの姿を探すが、あまりに暗く、見つけることが出来ない。
なら、と頭の中で声をかけようとして意識を向けた途端、凄まじい悲鳴が頭の中に響き渡った。
(#゚;;-゚)『ツン!!?』
返事は無い。恐らく、届いていないのだ。
改めて耳を澄ます。
不快な衣擦れの音の奥で、かすかに、かすかに、弱々しい息遣いの気配があった。
……嫌な予感がする。
そして、不意に気付いた。 ・
じっとりと身体を濡らす、コレは、血だ。
僕は血溜まりに落ちていた。
上からぽたりと垂れるのは同じく赤い、鉄錆の匂い。
見上げる。
ツンが、垂れ下がっていた。
腕を蔓に縛られて、ダラりと足は伸びきっている。
青黒い痕(あと)がくっきりと首に残っていた。
いや。それより。そんなことよりも。
(#゚;;-゚)『──ッ』
鳥頭の幻物がツンを囲み、それぞれに彼女の薄い腹を、華奢な肩を、細い脚を、嘴で啄んでいた。
最後に見たあの巨大な幻物とは違う、おそらく雛、幼体であろうことがわかる。
44:名無しさん:2023/10/10(火) 12:04:12 ID:rMomP2Sg0
ツンの口からは薄い、薄い、呼吸だけがきこえる。
とっくに致死量の血が流れているだろうに、耐えられぬほどの痛みに苛まれているであろうに、彼女は何故か、生きている。
(#゚;;-゚)(不老不死……まさか、そんな)
幽世の森において、死ねないことがどんなに恐ろしいことか。
もはや、呪いにこそ等しいものだろう。
彼女の声なき声が、頭の中に響き渡る。
痛みに、恐怖に、泣き叫ぶ声が。
(#゚;;-゚)「……」
どうしたらいいのか、自分には、わかる。
今ならば。
彼女の声を頼りに、ぬいぐるみの身体を抜け出した。
凪いだ水面のような暗闇の奥。
泣いて、叫んで、半狂乱になっているツンの魂が見えた。
周りをふわふわと小さな子どもたちが怯えて、怖がっている。
別なるも同一の存在。彼らがきっと、ツンの言う〝わたくしたち〟なのだろう。
ツンは彼らを庇っているのだ。
意識を失えば、きっと〝次〟は彼らの番だから。
そっと近づいて抱きしめた。
(#゚;;-゚)『……交代しよう、ツン』
一瞬、驚いた顔が見えた。
突き飛ばすと、あっという間に姿が見えなくなる。
彼女の身体は、いまや、僕のものだ。
瞬間、とうてい耐え難い凄まじい痛みが全身を貫いた。
……死ねない呪い。魂が、摩耗するのがわかる。
大丈夫、大丈夫だから。
祈るように、囁く。
(# ;;- )『今は、ゆっくり、おやすみ』
疲れ果てたのだろう、ツンの意識が静かに眠りにつくのが分かった。
それでいい。
この痛みは、僕が受けるべき罰だから。
45:名無しさん:2023/10/10(火) 12:09:55 ID:rMomP2Sg0
(# ;;- )(死なないのはツンの〝身体〟だけ。……僕の魂は、きっと、そうじゃない)
だから、だからどうか、僕が持ち堪えていられる間に。
そうして僕は、あの黒い幻物の姿を思う。
僕がツンの頭を撃ち抜き、静かに怒りを向けた闇のような幻物。
僕は、あのとき死んだのだ。
あるいは、今の状況を鑑みるに……ツンを構成する、治す、そういった材料にでもされたのだろう。
本来はきっと、ツンとして、取り込まれるはずのところを、しかし、何かの不都合で中途半端に魂のかたちが残ってしまった。
わかってしまえば、それだけの存在だった。
激痛にゆがむ意識を、それでも、手放さない。
僕が眠ってしまえばツンがまた起きてしまうから。
つらい役目は僕が担うから。
少しでも、罪滅ぼしになれば、いいけれど。
だから早く迎えに来てあげてくれ。
なあ。くるうとかいったろ。おまえは、ツンの。
(# ;;- )(家族なんだろ、う──……)
46:名無しさん:2023/10/10(火) 12:10:21 ID:rMomP2Sg0
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47:名無しさん:2023/10/10(火) 12:18:30 ID:rMomP2Sg0
川 ゚ 々゚)「……」
おかしな時間に酷い悪夢を見ていると思った。
様子を見に夢を渡って来てみれば、トギルツギスの雛に囲まれている。
導の湖畔より先は入ってはならないと、あれほど言い含めておいたのに。
いや、しかし。
それでもここ数十年、彼女は一度として言いつけを破ったことはなかった。
なにか、きっかけがあったのだろうか。
考え込んでいると、雛の一匹がギィギィと喚いた。
つられて、こちらに気付いたのだろう、ぎょろりとした瞳が一斉にこちらを見る。
仕方がないのですべて殺して、中心で縛り吊るされたツンの身体を降ろしてやる。
ξ ⊿ )ξ
……言葉にするのも憚られるようなひどい有り様だった。
ついこの間も酷い目に遭わせてしまったというのに。
川 - 々-)「……」
すぐにでも治してやりたいけれど、あいにく今は手持ちがない。
どうしたものかと辺りを見回して、あれっと思った。
ぬいぐるみが落ちている。
血まみれで薄汚れたそれは、いつだったか、街に降りた日の手土産に持ち帰ったものだ。
何故だか、ツンの気配がそこからすることに驚く。
川 ゚ 々゚)「……まさか」
ぬいぐるみを抱えて、改めてツンの身体を確認する。
〝子どもたち〟は怯え、疲れて、眠っている。
……だが、磨り減ったような形跡はない。
そして、中心にいるのはツンではなく、けれども見覚えのある魂だった。
先日、ツンの頭を撃ち抜いた──そして、その場で殺して魂を抜いた少年──彼の、ぼろぼろに崩れた魂が、かろうじてツンの身体を保たせている。
ぬいぐるみがあることから、思うに、ツンはきっと彼と共にここまできたのではないだろうか。
恐らく、彼には強い自我があったのだろう。
ツンがこうして森の奥深くまで来てしまったのも、彼となにがしかのやり取りがあったのであろうことが窺える。
川 ゚ 々゚)(俺は彼が死ぬよりも早く魂を剥がしてしまったのか。それで、中途半端に意思が残った……?)
目の前でツンを壊されて、焦っていたのかもしれない。
……柄にもなく。
48:名無しさん:2023/10/10(火) 12:21:00 ID:rMomP2Sg0
川 ゚ 々゚)(だが、なぜ彼がツンの身体に)
川 ゚ 々゚)(そんなことをすれば、苦しむのはきみだったろう)
血と汗でべっとりと肌に張り付いた髪を優しく撫でる。
その顔はどこか、満足気に見えた。
川 ゚ 々゚)「……」
川 - 々-)「……」
ひと息ついて、祈りを口にした。
それは、ツンを構成する魂を受け入れる為の魔法。
幽世の森に打ち捨てられた、子どもたちの魂を迎える言葉。
世界に必要とされない者が、どうか、陽だまりに集えるように。
川 ゚ 々゚)「──きみに名前を与えよう」
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49:名無しさん:2023/10/10(火) 12:22:00 ID:rMomP2Sg0
第三幕 ■ 昏き底にて這い蹲(つくば)う 終
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