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ξ゚⊿゚)ξ 幽世の森に棲まうようです

20:名無しさん:2023/10/08(日) 18:00:39 ID:/UPF3yKA0

 

 

 

 第二幕 ■ 寸暇の陽だまり

 

 

.

 

 

21:名無しさん:2023/10/08(日) 18:05:27 ID:/UPF3yKA0

 

 

ξ゚⊿゚)ξ「ねえ本当にこちらなの?」

 

(#゚;;-゚)『うん。たぶん、間違いない……はず』

 

 おぼろげな感覚だけを頼りに、バスケットの中から指示を出す。

 家を出てからずっと、ツンは素直に足を進めてくれていた。

 

ξ゚⊿゚)ξ「あいまいでいて、たしかなのね。不思議ね」

 

(#゚;;-゚)『僕もそう思う。でも、確かにこっちなんだ』

 

 そうして二人、奥へ奥へと踏み込んでゆく。

 

 ツンは森の探索には随分と慣れた様子だった。

 ひょいひょいと木の根を踏み越え、垂れ下がる枝は適宜折っては取り除く。

 獣の気配がすればそっと息を潜めてやり過ごし、目ざとく木の実を見つけては食べられる、食べられないと即座に見分けてバスケットに放りこむ。

 

ξ゚⊿゚)ξ「あ、ここにも」

 

 ぽい、と今もまた鮮やかな果実が放り込まれた。

 受け止めて横に置く。

 

(#゚;;-゚)『なんか、意外だな』

 

ξ゚⊿゚)ξ「どうしたの?」

 

(#゚;;-゚)『ツンはなんというか、やたらに慣れてるたろ。森の探索というか、なんというか』

 

ξ゚⊿゚)ξ「そうねえ。もうずっと、くるうさんに教わっているから」

 

(#゚;;-゚)『……ふうん』

 

 くるうの名前が上がり、思わず言葉を引っ込める。

 てっきり、飼い殺しにでもされているのかと思ったいたのだ。

 

 くるうというバケモノに愛玩としてさらわれた美しい少女。

 そんなイメージだったのだが、ツンは彼から生きる術を学んでいるのだと言う。

 

(#゚;;-゚)(……いよいよわかんないな。二人の関係が)

 

 思えば、家を出るのに迷いがなかったのも、その支度の手際がやたらに良かったのも、森での暮らしが彼女にとって日常であることを示していた。

 

 いつから。どうして。なぜ。

 

 疑問に思うことは山ほどあったが、ここまでくると何から聞いたらよいのやら。

 ただでさえツン自身にも謎が多い。

 

 

22:名無しさん:2023/10/08(日) 18:09:18 ID:/UPF3yKA0

 

 

(#゚;;-゚)(そういえば)

 

             ・・・・・・

 結局、彼女の裡(うち)の別なるも同一の存在について、聞けていない。

 そんなことを思っていると、不意に開けた場所に出た。

 

ξ゚⊿゚)ξ「……大変。こんなところまで来ちゃったのね」

 

 そう呟く目線の先には、底まで青く透き通る小さな湖が広がっていた。

 よくよく見れば反対の縁に白い獣が群れている。

 

 羽の生えたうさぎ。

 銀角の鹿。

 湖畔の中心で煌めくのは、ほとんど虫のような大きさの鳥。

 

(#゚;;-゚)『おいアレ……』

 

 それらは、どう見ても幻物(まもの)の群れだった。

 思わずバスケットの中に頭を引っ込める。

 

ξ゚⊿゚)ξ「そんなに怯えなくても大丈夫」

 

 対し、ツンは平然としていた。

 リュックを下ろし大きな木の根に腰掛けると、バスケットもそっと地面に下ろした。

 

ξ゚⊿゚)ξ「この場所はね、くるうさんが〝導(しるべ)の湖畔〟と呼んでるの」

 

(#゚;;-゚)『導の湖畔?』

 

 ツンは「そう」と静かに返す。

 

ξ゚⊿゚)ξ「安全なのはここまで。ここから先は、くるうさんと一緒じゃなきゃ入っちゃいけないのよ」

 

ξ゚⊿゚)ξ「幽世(かくりよ)に近付きすぎてしまうから」

 

 風がざあざあと木々を揺らした。

 ツンのやわらかな髪もまた風に撫ぜられて、きらきらと木漏れ日を反射する。

 

ξ゚⊿゚)ξ「でもね、ここまでは大丈夫なの。あの子たちだって、こちらから手を出さなければ大人しいわ」

 

(#゚;;-゚)『幻物だぞ、そんなわけ……』

 

ξ-⊿-)ξ「あるのよ。ほら、なんにせよ腹ごしらえしなきゃだわ。もう、お昼すぎだもの」

 

 そう言いながら荷物を探ると、ツンはてきぱきと釣具の用意を始めた。

 手入れの行き届いた道具を見るに、事実、彼女はしばしばこの場所を訪れているのかもしれない。

 

 

23:名無しさん:2023/10/08(日) 18:12:28 ID:/UPF3yKA0

 

 それはそれとして。

 ひとつ、このままでは重大な問題が発生する。

 

(#゚;;-゚)『……もしかして、魚を食べようとしてんの』

 

ξ゚⊿゚)ξ「そうよ! 新鮮なお魚は生でも食べられるんだから」

 

 自慢げな反応にうんざりした気持ちになる。

 

(#゚;;-゚)『朝、トースト食べてたろ。あのときは僕がツンのなかにいたからか、僕にも味が伝わってたんだ』

 

ξ゚⊿゚)ξ「? 今だって、私のなかにいるわよ」

 

(#゚;;-゚)『ハァ?』

 

ξ゚⊿゚)ξ「ほら。声が聞こえているでしょう?」

 

ξ゚⊿゚)ξ「体こそ分けたけれど、わたくしには僕(わたくし)……じゃなくて、ええと、でも……ディが裡(うち)にいるのと変わらないの」

 

(#゚;;-゚)『……』

 

 ツンが気まずそうに言い直すのを聞きながら、ぽてりとまるい両手で顔を覆う。

 バスケットの中でずるずると座り込んだ。

 

 問題はそこではない。

 

(#゚;;-゚)『つまり、つまりさ、僕が聞きたいのは、その』

 

(#゚;;-゚)『……ツンが魚をたべたら、その味覚って僕にも共有されるのかって、ことなんだけど』

 

ξ゚⊿゚)ξ「?」

 

 きょとんと見返す。

 「どうしてそんなことを?」とまんま顔に書いてあった。

 一拍おいて、こくりと頷く。

 

ξ゚⊿゚)ξ「わたくしのなかにディがいるのなら、わたくしが食べたものはディが食べたことになるわよね」

 

(#゚;;-゚)『じゃあ釣りは今すぐ止めだ。中止だ。それ以外のものにしよう』

 

 食い気味にそう言うと、今度は面白いぐらい目をまん丸にした。

 

 

24:名無しさん:2023/10/08(日) 18:30:47 ID:/UPF3yKA0

 

ξ;゚⊿゚)ξ「どうして! おいしいじゃない、お魚」

 

(#゚;;-゚)『無理。絶対ヤダ。食べたくない』

 

ξ-⊿゚)ξ「好き嫌いはよくないのよ」

 

(#゚;;-゚)『おいやめろくるうの真似をするな。僕はあいつもイヤなんだ』

 

ξ;゚⊿゚)ξ「ま! なんてひどいこと言うの、取り消してちょうだい」

 

(#゚;;-゚)『いやだね』

 

ξ゚、-)ξ「じゃあお魚もやめません」

 

 プイ、と顔を背けてそのまま準備を続けるツンを見て、慌ててバスケットから這い出した。

 もはや幻物に怯えている場合ではない。

 

 とはいえ。

 奮闘虚しく、小さなフワフワの体ではツンの指先の動きひとつ止められなかったのだが。

 二匹、三匹とあっという間に魚が釣り上げられていくのを横目に草をぶちぶちと引っこ抜く。

 

(#゚;;-゚)『最悪だ……せっかく、うまいものが食べられると思ったのに』

 

 あーあ、と何度目かもわからないため息をついたところで、ひょいと身体をもちあげられた。

 

ξ゚⊿゚)ξ「もう、汚れちゃうでしょ。そんな拗ねないの」

 

(#゚;;-゚)『拗ねてなんか』

 

 ツンはそのまま木の根元までいくと腰を下ろし、大きな幹に背中を預けた。

 僕は膝の上に乗せられる。

 そうして近くに置いていたバスケットから木の実をかき分けて、布に包んだサンドイッチを取り出した。

 

(#゚;;-゚)「……いつの間に」

 

ξ゚⊿゚)ξ「家を出るときにね。いつも食べているものだから、特別おいしいわけじゃないかもしれないけど」

 

(#゚;;-゚)『……』

 

 見れば、茹で卵のスライスとたっぷりの野菜、加えてパリッと焼いてタレを絡ませたであろう鶏肉がミチミチに挟まっている。

 ぐう、と間抜けな音が鳴ってツンを見上げた。

 

ξ;*゚⊿゚)ξ「い、今のはわたくしじゃないわ。ディのお腹の音でしょう」

 

(#゚;;-゚)『ぬいぐるみがどうやって腹を鳴らすって言うんだよ』

 

 そのまま顔を見合わせると、どちらからともなく吹き出す。

 穏やかな時間だった。

 遠くで湖面を囲む小さな幻物も、今だけはただ愛らしいだけの生物に見える。

 

 

25:名無しさん:2023/10/08(日) 18:33:43 ID:/UPF3yKA0

 

ξ゚⊿゚)ξ「あ、そうだ」

 

 ちょっと待ってね、とそう言うとツンはサンドイッチを僕に預けて片手を開いた。

 

 小さく何事か呟く。

 すると。

 

(#゚;;-゚)『えっ』

 

ξ*゚⊿゚)ξ「どう、すごいでしょう」

 

 ぼう、と小さな音と共に炎がツンの手の上に現れた。

 ほんのりとあたたかく、風に吹かれても多少揺れるだけで消えそうにない。

 

(#゚;;-゚)『それ、魔法だろ。どうしてツンが使えるんだ』

 

ξ゚⊿゚)ξ「くるうさんに教わったのよ」

 

 またそれか、と思う。

 あえて触れずに聞き返した。

 

(#゚;;-゚)『教わると言ったって、魔法自体がそもそも幻物しか使えないはずだろ』

 

ξ゚⊿゚)ξ「それは、少し違うわね。幻物しか使い方を知らないだけよ」

 

 小さな炎でサンドイッチを軽く炙る。

 途端にこうばしさがあふれてきて、目を見開くような心地になる。

 

ξ゚⊿゚)ξ「ひとりで食べるときはわざわざこんなことしないのよ。そのまま食べたっておいしいんだから」

 

(#゚;;-゚)『それってどういう……』

 

ξ*゚ー゚)ξ「ディがいるから特別ってこと!」

 

 にんまりといたずらっぽく笑う顔がなんだかくすぐったくて、目を逸らす。

 

ξ゚⊿゚)ξ「それじゃあいただきましょうか」

 

 こくりと頷く。

 といっても僕の口に運ぶわけにはいかないので、ツンが口を大きく開けるのを眺めているだけではあるのだが。

 

 ぱくり。

 

(#゚;;-゚)『!』

 

ξ*-⊿-)ξ「んふ、ふふふ」

 

 ツンが一口、また一口と食べすすめるたび、シャキシャキとしてみずみずしい野菜が、甘辛く肉厚な香ばしい肉が、もちもちとして柔らかなパンが、まるで自分自身で食べているかのようにはっきりと感じられた。

 身体中を満たすように、あたたかな何かがじわじわと広がっていく。

 

 

26:名無しさん:2023/10/08(日) 18:41:10 ID:/UPF3yKA0

 

(#゚;;-゚)『……』

 

ξ゚⊿゚)ξ「ディ?」

 

 不意に黙り込んだ僕に気付いたのか、ツンが心配そうに声をかけた。

 

ξ゚⊿゚)ξ「大丈夫? やっぱり、なにか、苦手なものとかあった?」

 

(#゚;;-゚)『いや、違う。そうじゃない、そうじゃないんだ……』

 

(#゚;;-゚)『ただ、幸せで』 

 

 口をついた言葉に自分でも驚く。

 

 幸せ。そうか、幸せ、幸せなのか。

 いま自分自身をいっぱいに満たしている、このあたたかな感覚が。

 

(#゚;;-゚)『なんというか、こんなに幸せなのは、生まれて初めてかもしれない』

 

(#゚;;-゚)『こんなにおいしいものをお腹いっぱい食べられて、僕は……』

 

(#゚;;-゚)(でも、それじゃあ、まるで)

 

 ぽつぽつと口に出しながら、いまだに思い出せない僕自身のことを思う。

 この幸福は、この感動は、あまりに深くて、そうであるが故に空恐ろしかった。

 

ξ゚⊿゚)ξ「俺(わたくし)はね、ずっといやぁな顔をしているの」

 

 ぽつりとツンが言った。

 俺(わたくし)はお野菜が嫌いだから、と付け加える。

 

(#゚;;-゚)『へっ?』

 

ξ゚ー゚)ξ「……ディには、わからないのね」

 

 それはどこか寂しそうで、何かを諦めたような曖昧な笑顔だった。

 なにだか声をかけ難くて次の言葉をジッと待つ。

 ゆっくりと時間をかけて最後のひとくちを食べ切ると、ツンはようやく口を開いた。

 

 

27:名無しさん:2023/10/08(日) 19:13:19 ID:/UPF3yKA0

 

ξ゚⊿゚)ξ「わたくしのなかには、わたくしたちがいるの」

 

(#゚;;-゚)『別の人格があるってこと?』

 

ξ-⊿-)ξ「ううん、そうではないの……わたくしたちは、おんなじ、だから」

 

 ツンは僕ごと、自分のからだを大切そうに抱きしめた。

 身を捩って見上げると、愛おしげに彼女の頬がすり寄せられる。

 

ξ-⊿゚)ξ「わたくしとおんなじで、わたくしとは違って、わたくしが、わたくしであるために必要なわたくしたち」

 

ξ゚⊿゚)ξ「けれど、それ以上に……わたくしにはかけがえのない存在なのよ」

 

(#゚;;-゚)『……ふうん』

 

 ツンの言葉の意味は、正直、よくわからない。

 ただ、優しく、愛おしく、大切に想っているその気持ちだけは伝わった。

 

ξ*-ー-)ξ「わたくしたち、すこし、わがままだけどねっ」

 

ξ*゚⊿゚)ξ「ふふ、ふふふ、あははは!」

 

 ツンが一人で笑っているのに、なぜだか笑い合うさざめきに見える。

 それは不思議な感覚だった。

 目には見えないけれど、確かに、微かに、彼女の中に何がしかの存在を感じる。

 

 僕は僕であり、ツンではない。

 けれども、やはり、彼女とつながっているということもまた確かなのだ。

 

 そしてそれは、今の僕の不可解な状況を解く鍵になるかもしれない──。

 

ξ゚⊿゚)ξ「さて、あとはこっちも食べちゃいましょうか!」

 

 僕を木の根に下ろすと、ツンはいつ捌いたのか丁寧に切り分けられた魚を持ってきた。

 見れば、持ち帰るつもりなのだろう、既に何匹かは凍らせている。

 

 炎が出せるなら凍らせもするか、と妙な得心を覚えつつ思わず後ろに飛び退いた。

 

(#゚;;-゚)『ハ、ハアァア!!? いやもう食べない流れだったよね』

 

ξ*゚⊿゚)ξ「流れもなにもないわ。お魚は私(わたくし)の大好物なの、みんな平等に好きなものを食べるべきだわ」

 

(#゚;;-゚)『嘘つけ! そんなこと言って、ただお腹が空いてるだけだろっ』

 

ξ゚⊿゚)ξ「それならそれでいいじゃない」

 

 開き直ってそんなことを言うから手に負えない。

 ツンはためらいなく、透き通ったきれいな刺身をつまんで口に運ぶ。

 

 

28:名無しさん:2023/10/08(日) 19:46:53 ID:/UPF3yKA0

 

(#゚;;-゚)『うっ、うえ、うぅ……』

 

ξ*゚⊿゚)ξ「ほらおいしい! って、あれ?」

 

 ほころぶように笑うツンとは対象的に、僕はなにも吐き出せやしないぬいぐるみの身体でむせていた。

 もう完全に受け付けない。

 ツンを通じてあの独特の触感を覚えた瞬間、反射的に拒絶していた。

 

ξ゚⊿゚)ξ「好き嫌いはだめなのよ? くるうさんに叱られちゃうわ」

 

(#゚;;-゚)『げ。またあの黒いのの話してる』

 

ξ-⊿-)ξ「とっても大事な人なの。そんなふうに言わないで」

 

 食べる手を止めて真剣に言うものだから、おもわずたじろいだ。

 悪かったよ、と小さな背をまるめて返す。

 

(#゚;;-゚)『ツンはさ、その……くるうとどういう関係なわけ?』

 

ξ゚⊿゚)ξ「どういう関係って、うーん、くるうさんはわたくしを作ってくれた人で、ご飯を一緒に食べる人で、とっても大切で、大好きな人よ」

 

(#゚;;-゚)『作った? なんか、変な言い方をするな……まあいいや。要はあんなんと家族なんだ』

 

 また言ってしまった。

 あんなん、はダメか。ダメだろうな。

 失言の自覚があり、なんとか取り繕えないかと慌ててツンの顔を見上げる。

 

ξ゚⊿゚)ξ「家族?」

 

 意外にも、きょとんとした反応だ。

 あるいはそちらの単語の方が気になったのだろう。

 

(#゚;;-゚)『違った? ツンのいう、一緒にご飯を食べるような、とっても大切な人のことだと……思うんだけど』

 

 だんだん自信がなくなってきて尻すぼみになる。

 ツンは宙を見て、なにごとか考えているようだった。

 

ξ゚⊿゚)ξ「くるうさんはくるうさん、わたくしはわたくしだと思っていたけれど……」

 

 やがて、パッと華やいだ顔で僕を抱き上げた。

 

 驚いたけれど彼女の顔を見ると何も言えない。

 本当に嬉しそうなのだ。

 もしかしたら、ただ無意識でぬいぐるみ扱いをしていのかもしれない。

 

ξ*゚⊿゚)ξ「家族、家族! ふふ、なにだか嬉しい。くすぐったくて、すてきな気持ちね」

 

 そうやって素直に喜ぶものだから、少しだけ呆れてしまう。

 やれやれと思いつつ、そのまま好きにさせた。

 

 

29:名無しさん:2023/10/08(日) 20:10:05 ID:/UPF3yKA0

 

(#゚;;-゚)『うらやましいね。僕にはそういうの、居なかったから』

 

ξ゚⊿゚)ξ「え?」

 

(#゚;;-゚)『……あれ、うん。多分、そうだ。ずっと一人で生きてきた。そういう確信が、ぼんやりある』

 

 相変わらずハッキリとは思い出せないが、どうやら少しづつ記憶が戻ってきているようだった。

 思えば、魚に対する拒絶もまた、忘れている自分自身に紐づくことだろう。

 

 時間の経過なのか、森に深く入ってきたからか。

 あるいは、自分の本当の身体に近付いているのかもしれない。

 

ξ゚⊿゚)ξ「ならわたくしと家族になりましょうよ」

 

 そうやって考え込んでいたから、ツンの言葉に反応するのが一拍遅れた。

 

(#゚;;-゚)『ハアァァアァア!!?』

 

ξ*゚⊿゚)ξ「弟にしてあげる!」

 

(#゚;;-゚)『そ、そういうことか。びっくりした。勘弁してくれよ』

 

ξ゚⊿゚)ξ「安心して! くるうさんにもわたくしからちゃんとお願いするわ」

 

(#゚;;-゚)『僕はそのくるうさんとやらが怖い…というか、なんだろう……受け付けない、おぞましいというか……イヤなんだけど………』

 

ξ゚⊿゚)ξ「どうして?」

 

 ツンは気分を悪くするでもなく、自然とそう問い返したようだった。

 本当に不思議なのだろう。

 何故、くるうがこんなにも恐れられているのか。

 

(#゚;;-゚)『どうしてって……まずどう見たって人間じゃないし。アレって実際なんなの? 幻物にしてはヒトすぎるしさ』

 

ξ゚⊿゚)ξ「人間じゃないっていうなら、わたくしも人形だし、ディだってぬいぐるみじゃない」

 

(#゚;;-゚)『僕は人間だ!!』

 

ξ-ー-)ξ「ふふ。そうね、失礼しました」

 

 

30:名無しさん:2023/10/08(日) 20:32:56 ID:/UPF3yKA0

 

 反射的にそう言ってから、あれっと思う。

 ツンの様子を見るに、言い間違いではなかったようだが。

 

(#゚;;-゚)『……ねえ、人形ってなにさ』

 

 思い切って聞き返す。

 ツンは、ああといった様子でなんでもないことのように答えた。

 

ξ゚⊿゚)ξ「あはは、そうよね。……わたくしはね、幻物でも、人間でもないの。歳を取らないし、死ぬこともないわ」

 

(#゚;;-゚)『どういう意味?』

 

ξ-⊿-)ξ「そのまんまの意味よ。くるうさんと一緒に生きていくためには、そうでないとならないの。だから、そういうふうに作ってくれたんだわ」

 

ξ*゚ー゚)ξ「こう見えて不老不死なんだからっ」

 

(#゚;;-゚)『……ツンの言うことは時々よく分からない』

 

 自慢げな彼女には悪いが、あまりにも突拍子がなく、現実味を持って捉えられない。

 だが、ツンが魔法が使えることも、幻物のようなくるうと共に暮らしていることも、確かな事実なのだ。

 

(#゚;;-゚)(僕のこの身体もまた……)

 

 不老不死。

 歳を取らず、老いて死ぬこともないのであれば、今の僕も〝そう〟なのだろうか。

 言いようのない不安に駆られて黙り込む。

 

 そんな僕を知ってか知らずか、ツンはあっけらかんと続けた。

 

ξ゚⊿゚)ξ「それでもこうして家族になれるんだからいいじゃない」

 

(#゚;;-゚)「ハァ?」

 

ξ*゚⊿゚)ξ『一緒にお昼を食べたわ。それにわたくし、ディのこと大好きよ』

 

 そういって、ぎゅうと抱きしめる。

 なにだか胸が詰まって苦しいような、それでいて心地よいような気がするのを、中の綿が寄っただけだと誰にともなく胸中で言い訳をした。

 

 この気持ちをまっすぐに受け止めるには、まだ少しこわくて、こそばゆかった。

 

ξ゚⊿゚)ξ「さ、そろそろ片付けて行きましょうか。お夕飯までには帰りたいもの」

 

(#゚;;-゚)『……そうだね』

 

 

31:名無しさん:2023/10/08(日) 20:58:46 ID:/UPF3yKA0

 

 荷物をまとめるツンの背中を見ながら、ふと考える。

 

(#゚;;-゚)(僕は、僕の身体を見つけたらどうするんだろう)

 

 すべてを無事に思い出して、きっと元の、本当の僕の居場所に帰ろうとしていた。

 それがどうだ。

 記憶を辿れば辿るほど、こんな、幽世の森の奥深くまで来てしまって。

 

 冒険者だったのだろうか。

 あるいは、探索隊だったのだろうか。

 

 そうでなければ、あるいは。

 

(#゚;;-゚)(もし、こんなところまで、ひとりで来ていたのなら)

 

 ツンはわかっているのだろうか。

 僕が、どのような人間なのか。

 ある程度の想定をして、それで。

 

(#゚;;-゚)(……いや)

 

 彼女はただ、僕が僕を思い出すために付き合ってくれているのだろう。

 

(#゚;;-゚)(これは……僕の、覚悟の問題だ)

 

 やがて、やたらに身軽な姿でツンが駆け寄ってきた。

 荷物のほとんどはなぜか腰掛けていた木の洞(うろ)にうまいことしまい込んである。

 

ξ゚⊿゚)ξ「お待たせ!」

 

(#゚;;-゚)『荷物、もってかないのか?』

 

ξ゚⊿゚)ξ「危ないからね、最低限にするわ。帰りに回収するのよ」

 

 見ていて、と言って目を瞑る。

 祈るように胸の前で手を握ると、ツンの姿がほんのりと発光した。

 

ξ-⊿-)ξ「《 とばり とばり とばりよ、かくして/うつくしいみどりのなかに/わたくしたちが とけこむように》」

 

 そのきらきらとした光は、ツンだけでなく僕のことも包み込んだ。

 きっとこれも何がしかの魔法なのだろう。

 

(#゚;;-゚)『呪文?』

 

ξ゚⊿゚)ξ「複雑な魔法には必要なの。わたくしまだ、半人前だから」

 

ξ゚⊿゚)ξ「……でも、ほら」

 

 

32:名無しさん:2023/10/08(日) 21:29:27 ID:/UPF3yKA0

 

 そう言ってこっそりと茂みにいた野うさぎに近づく。

 息のかかるような距離まで近付くけれど、逃げられない。

 

ξ゚⊿゚)ξ「……」

 

 人差し指を口に当てながら、ツンが優しく背中をつつくとと飛び上がって駆け出した。

 触れられるまではさっぱりツンの存在に気がついてなかったように見える。

 

(#゚;;-゚)『それは……』

 

ξ゚⊿゚)ξ「わかった? この魔法はね、周囲の生き物に気付かれにくくするの。一部の幻物も狩りの時に使っているのよ」

 

(#゚;;-゚)『これで危険な幻物から身を隠しながら進むってこと?』

 

ξ*゚⊿゚)ξ「そう! なんだか冒険みたいで、ワクワクするわね」

 

 くすくすと笑い合う。

 奥に進もうと導の湖畔の反対に回ると、先程まで群れていた小さな幻物たちはいなくなっていた。

 

ξ-⊿゚)ξ「さてと。くるうさんに怒られるかもしれないけど、きっと大丈夫。たくさん謝ったら許してくれるわ」

 

(#゚;;-゚)『悪い子だ』

 

ξ゚⊿゚)ξ「ディに似たのかも!」

 

(#゚;;-゚)『こいつ』

 

 荷物は腰に巻いたポーチだけ。

 すっかり身軽になったツンの肩によじ登る。

 

(#゚;;-゚)(すべてを思い出して、帰る場所なんか始めからなくって、どうしようもなかったら)

 

 そのときは。

 

 すぐ近くで見てもハッとするほどきれいに整った横顔。

 やわらかな金髪が頬を撫でる。

 

(#゚;;-゚)(……ツンと一緒に、帰ってもいいかも)

 

 

33:名無しさん:2023/10/08(日) 21:30:03 ID:/UPF3yKA0

 

 二人は気付かない。

 遙か後方、木々の高くからにわかに飛び立った鴉(からす)の群れが、穏やかに滲む夕闇の気配を黒く濁して広がる景色を。

 

 日が高く高く昇ってゆく時間は終わり、後はもうゆっくりと沈むばかり。

 宵の気配が、足音を隠して忍び寄る。

 

 

 

 

 

 

 第二幕 ■ 寸暇の陽だまり 終

 

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