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03

(´・_ゝ・`)麻殻に目鼻を付けたようです

​中編

105:名無しさん:2023/10/04(水) 20:40:43 ID:dUBhmJ4o0

 

( ^ω^)「それで?」

 

 指先まで分厚い手がカウチの肘掛けを撫でる。

 感情の窺えない声で言って、ボスは目の前、膝をつくデミタスを見下ろした。

 

(´・_ゝ・`)「追い詰めると、パニックになってまともに話せません。

        むしろリラックスさせた方が、祖母との思い出を回想しやすい傾向にあったと思います」

 

 それを聞くと手を止め、今度は肘をつく。

 手の甲に丸い顔を預けながら続きを促した。

 

( ^ω^)「それで?」

 

 同じ言葉、同じ声色。

 いつもどおりの笑顔。

 人を褒めるときも責め立てるときも、この顔をする。今はどちらだ。

 

 口内から喉までが乾ききって張りつくような錯覚をおぼえながら、デミタスは口を開く。

 つっかえたらその時点で何も言えなくなりそうだったから、まくし立てるように言葉を紡いだ。

 

 

106:名無しさん:2023/10/04(水) 20:41:50 ID:dUBhmJ4o0

 

(´・_ゝ・`)「伊藤クールの言葉を信じるなら『鍵』はファイナル市の中にある。

        僕とペニサスの二人で、その鍵を見付けてきます」

 

(´・_ゝ・`)「発見次第、ただちにボスに譲るとペニサスは言ってます。もちろん無償で。

        その条件では却って信用ならないというなら、好きな額で買い取ってくれ、とも」

 

( ^ω^)「金を受け取ると言ったのかお?」

 

 なのに、続けようとした言葉はボスの発言によって止められてしまった。

 

( ^ω^)「どうせ死ぬのに?」

 

(´・_ゝ・`)「……」

 

 交渉する予定だったものが、潰れる音がした。

 

 やはり一度止まってしまうともう駄目で、口が動かない。

 ぎしり。カウチを軋ませながら姿勢を変えたボスが、デミタスの鼻先をつまむ。

 

 

107:名無しさん:2023/10/04(水) 20:43:36 ID:dUBhmJ4o0

 

( ^ω^)「ねえデミタス。薬のことも大事だけれど、それより僕は

       お前に早く人を殺してほしいんだお」

 

(´・_ゝ・`)「……はい」

 

( ^ω^)「お前は顔の造りも素直な性格も、全部完璧に出来てる。

       きっと僕に嘘をつかない。僕のことを裏切らない。

       その証明が早く欲しいんだお。分かるかお?」

 

(´・_ゝ・`)「分かります」

 

( ^ω^)「なのに僕は今、恐ろしいことを思いついてしまったお。

       ──もしかしてお前は女に絆されて、

       どうにか殺さないで済む道を僕に提案しようとしてるんじゃないかって」

 

(´・_ゝ・`)「……」

 

 

108:名無しさん:2023/10/04(水) 20:48:02 ID:dUBhmJ4o0

 

( ^ω^)「デミタス。僕がお前にしたのは、どんな頼みだったかお?」

 

(´・_ゝ・`)「……どんな手を使っても女から薬の情報を引き出して、それから殺せ、です」

 

 うん──と頷いて、ボスはデミタスの鼻をさすった。

 その指がぬるぬるとぬめって、自分が汗をかいていることを自覚する。

 

( ^ω^)「暑かったかお。すまないね、最近めっきり涼しくなって、冷房を使ってなかったから」

 

(´・_ゝ・`)「いえ……」

 

( ^ω^)「そうかお。──『どんな手を使っても』と言ったからには、

       情報の探り方は好きに決めて構わないお。女と協力するのもいい。

       その後の始末だけ、決して間違わないように」

 

 はい。

 からからの口で、何とかそれだけ答えた。

 

 

109:名無しさん:2023/10/04(水) 21:00:19 ID:dUBhmJ4o0

 

( ^ω^)「ちなみに、鍵とやらにどうアプローチするかの考えはあるのかお?」

 

(´・_ゝ・`)「……市内で、伊藤クールがよく行っていたという場所を回ろうと思います」

 

( ^ω^)「それならとっくに調査済みだお。何も得るものはなかった」

 

(´・_ゝ・`)「ペニサスがいれば、また新しい見え方があるかもしれません」

 

( ^ω^)「ふむ。どう思う、オサム」

 

 背もたれを挟んだ後ろ、黙って突っ立っていたオサムに声をかける。

 オサムは苛立ちを孕んだ左目でデミタスを睨みながら、それに反して落ち着いた声で答えた。

 

【+  】ゞ゚)「……好きにやれというのがボスのご意向ですから、それでいいかと。

        ただ、こいつはまだボスに忠誠の『証明』を出来てません。

        念のため、街をうろつく際には見張りをつけた方がいいのでは」

 

( ^ω^)「うん……疑うようで少し悲しいけど、そうかもしれないおね」

 

 鼻から指が離れて、知らず、長い吐息が漏れた。

 

( ^ω^)「それじゃ任せたお、デミタス」

 

(´・_ゝ・`)「はい」

110:名無しさん:2023/10/04(水) 21:01:05 ID:dUBhmJ4o0

 

 

 

■中編:命乞い観光

 

 

.

111:名無しさん:2023/10/04(水) 21:02:56 ID:dUBhmJ4o0

 

('、`*川「お話し、どうなったの……?」

 

 ──伊藤クールの書斎。

 書類の束をめくりつつも一切その中身は頭に入っていないのだろう、

 ペニサスがそわそわしながら訊ねた。声は弱く、表情も情けない。

 

(´・_ゝ・`)「好きにやれと言われた」

 

 机の引き出しを引っこ抜きながらデミタスは答える。

 

('、`*川「もし見付けられたとして、その後は?」

 

 手が止まる。

 小一時間前の、ボスのオフィスでのやり取りがぐるりと頭の中を回った。

 ペニサスは不安げな、しかし少し期待の籠もった目を向けてくる。

 

 

   ( ^ω^)『どうせ死ぬのに?』

 

 

(´・_ゝ・`)「……その暁には、殺さなくていいって」

 

 バレないように唾液を飲み込んでから、そう言った。

 ペニサスの顔が──まだ強張ってはいるが、それでも多少──綻んだ。

 

('ヮ`*川「じゃあ頑張らなきゃ」

 

 喉から胸元にかけてがぎゅっと狭まったような息苦しさを覚えて、

 今すぐ自身の発言を訂正したくなった。

 

 

112:名無しさん:2023/10/04(水) 21:04:54 ID:dUBhmJ4o0

 

 昨夜散々泣きわめいてからというもの、彼女はすっかり素直な振る舞いをするようになった。

 いっそ若干の無垢さすら──もっと明け透けに言うなら、幼稚で甘えたな性分が覗いている。

 

 それ以前の、いちいち誘いをかけてくるような態度は

 何かの小説で見た「老若男女を手玉にとる強い女」の真似をしていたのだという。これならナメられるまいと。

 ただ男に飢えているのかと思った、とデミタスが感想を述べてやったら、真っ赤になって睨まれた。

 

 

£°ゞ°)「そういうことなら、ちゃっちゃと調べようね」

 

 二人の横。

 紫のツナギの袖をまくり、本をばさばさ揺らしてロミスが言う。

 

 ──今日は一旦、家の中に手がかりがないかを探すことになった。

 なので見張りは必要ない。ここにロミスがいるのは、単純に人手を増やすためだ。

 既にペニサスとは顔を合わせているし、彼の人当たりもあるので、そう無闇に警戒させないだろうという人選。

 

 

113:名無しさん:2023/10/04(水) 21:06:28 ID:dUBhmJ4o0

 

£°ゞ°)「この間はごめんねえ。いきなり二人も来ちゃ怖かったよね」

 

('、`*川「ううん、いいのよ。たくさん話してくれて楽しかったのも本当だから」

 

 数日前の夜道でロミスが「デミタス一人でいい」と言ったのは、

 二人では彼女を過剰に怯えさせてしまうと理解していたからなのだろう。

 何歩も先を行かれているのが悔しく、デミタスの手付きが少しだけ荒くなる。

 

 それにしても、とペニサスが言葉を続けた。

 

('、`*川「デミタス君、家の中を漁ろうとしないのが不思議だったの。

     拷問で喋らせるより、まずはおばあちゃんの部屋を見たがるものなんじゃないかって……」

 

(´・_ゝ・`)「それはもう、ボスの部下が調べたと言ってたから」

 

('、`*川「え?」

 

(´・_ゝ・`)「家捜しなら、祖母さんが死んだ直後に

        あんたが留守にしてるタイミングを見計らって何度かやったらしい」

 

('、`*川「……全然気付かなかった」

 

 気付かれるようなヘマはしないだろう。

 ボスの部下(デミタスたち『お気に入り』とは違う)の仕事なら細かく正確で、そつはない。

 

 だから今、改めて書斎を調べることにもあまり意味はないのだが。

 ボスに言ったように、ペニサスになら気付けるものがあるかもしれないということで、

 念のため物色している次第だ。

 

 

114:名無しさん:2023/10/04(水) 21:09:23 ID:dUBhmJ4o0

 

£°ゞ°)「──お祖母さん、ペニサスちゃんのために毒を渡してたんだよね?」

 

 ロミスが急とも思える発言をした。

 頷き、ペニサスは答える。

 

('、`*川「おばあちゃんが病気してから、度々言われるようになったの。

     おばあちゃんがいなくなれば、私、きっと殺されるはずだって」

 

('、`*川「きっと酷いことをたくさんされて、たくさん痛い思いをするだろうから、

     これを使いなさいって……」

 

 と、ポケットから小瓶を取り出す。

 手にすっぽり隠せるほどに小さいそれの中には、白い粉末。

 

 

115:名無しさん:2023/10/04(水) 21:11:14 ID:dUBhmJ4o0

 

('、`*川「これ一本分で致死量らしいわ。

     即効性なのか遅効性なのか、味や匂いがあるかどうかも分からないけど……」

 

£°ゞ°)「それじゃ使いづらいよねえ。ちゃんと教えてくれればいいのに」

 

('、`*川「正直、私、最初は本気にしてなかったの。

     病気で弱ったおばあちゃんが、……おかしく、っていうか……変に考えすぎちゃったのかと。

     だから追及しなかった」

 

('、`*川「でもお葬式の後、おばあちゃんと一緒に仕事をした人たちが

     事故死したり行方不明になったりってニュースを度々見て、

     ああ本当だったんだって……」

 

 そのときの恐怖がぶり返したのか、ペニサスの声や手が震え始める。

 ロミスが話題に反して殊更明るい声を出した。

 

£°ゞ°)「まあともかく。

      ってことはお祖母さん、資料を狙った奴が来るのを予想してたんだよね。しかも厄介な奴が。

      ならやっぱり、この家には手がかりも残さないと思うな。絶対漁られるもん」

 

('、`*川「……そうねえ」

 

 3人の間に重たい気だるさが降る。

 ロミスがうんざりした目で、壁に固定された大きな本棚を見た。

 

 

116:名無しさん:2023/10/04(水) 21:12:47 ID:dUBhmJ4o0

 

£°ゞ°)「すごい数の本。これ見ていくのも大変そう」

 

 医学書のみならず、数学に語学といった類の学術書、絵画や音楽の専門書に至るまで。

 これらの一冊一冊も、ボスの部下が手間暇かけて調べているだろう。

 

('、`*川「おばあちゃん、いつも本読んでた。図書館にもよく行ってたみたい」

 

(´・_ゝ・`)「図書館か……」

 

£°ゞ°)「行ってみたら? 何かあるかもよ」

 

 ひとまず次の目的が出来て、ほっとした。

 

 

.

 

 

119:名無しさん:2023/10/05(木) 19:42:15 ID:h4Qb44y20

 

 

 ──やはり、家の中からそれらしいものは出てこなかった。

 

 昼前にやって来たのに、もうすっかり真夜中だ。

 食事の時間も惜しんで作業をしていたので全員腹ぺこである。

 一食済ませて、今日のところは帰ることにした。

 

('、`*川「手短に、焼きおにぎりとインスタントのお味噌汁ね。

     ごめんなさい、デミタス君は前にも食べたやつだけど」

 

(´・_ゝ・`)「構わない」

 

£°ゞ°)「ありがとうね、こんな作るのも大変だろうに」

 

 大皿に、丸い焼きおにぎりがたくさん。

 一番上のおにぎりに手を伸ばすと、最初の方に焼き終えたものだったのか

 ほどよく冷めていて掴みやすかった。

 

 ロミスは箸を使って取り皿におにぎりを移しながら、デミタスの顔を覗き込んできた。

 

£°ゞ°)「口に合わなかったら……のやつは有効なの?」

 

(´・_ゝ・`)「休止中」

 

 ボスが取り決めたルールに反するかもしれなかったので、一応これも確認済みだ。

 それも、好きにしろ、とのことだった。

 「お願い」をしてきたペニサスが取り下げたなら問題ないと。

 

 

120:名無しさん:2023/10/05(木) 19:43:15 ID:h4Qb44y20

 

£°ゞ°)「そう、ならいいんだけど。──よし、いただきまあす!」

 

 ロミスが手を合わせると、ペニサスが「召し上がれ」と微笑んだ。

 

(´・_ゝ・`)「……いただきます」

 

 デミタスも呟いてみたが、声が小さく、二人には届かなかった。

 

 おにぎりの表面は焼けたタレによって照りが出て、ぴかぴかして見えた。

 焦げた醤油の匂いが鼻腔を刺激する。口内に涎が滲むのを感じる。

 齧ると、ぱりっと小気味よい音がした。

 

 口の中でばらけた米から、ふわり、熱が広がった。

 さらに噛む。ぴりっとした塩気に、ほんのりと砂糖と米の甘さが溶け合う。

 時おり混じる焦げ目の苦みが舌をはっとさせて、また新鮮に甘じょっぱさを感じられた。

 

(´・_ゝ・`)「美味い」

 

 最終的な感想としては初めのときと変わらないはずなのだが、

 それを分解して、より鮮明な形を得られるのが気持ち良かった。

 舌だけでなく、脳も心地よいというか。

 

 感じたまま全てを伝えようとするとだらだら時間をとるだけになりかねないので、

 特に好ましかった香りと焦げ目のことをピックアップしたら、

 ペニサスだけでなくロミスまで心なしか嬉しそうにしていた。

 

 

121:名無しさん:2023/10/05(木) 19:44:00 ID:h4Qb44y20

 

£*°ゞ°)「うん、ほんとに美味しい。

      ペニサスちゃんって料理上手いよねえ。お祖母さんから教わったの?」

 

('、`*川「ううん、おばあちゃんは料理しない人。

     だからかな、母が、子供の頃からよくご飯作ってたらしくて。料理得意だったのはそっち」

 

('、`*川「……とはいえその母も、私が生まれてからは時々しか作ってくれなくなったみたいでね。

     結局私も子供の内から自分で覚えた」

 

£°ゞ°)「へえ~、えらいねえ。

      それぐらい慣れてるなら、そりゃデミタス君との取引に手料理持ち出せるよね」

 

 感心しきったように頷くロミスを見ながら、ペニサスは小首を傾げた。

 

('、`*川「……前も思ったけど、ロミス君って、ちっとも人を殺しそうに見えない」

 

£°ゞ°)「いっぱいやってるよお」

 

 ペニサスが肩を強張らせる。デミタスはテーブルの下、ロミスの足を軽く蹴った。

 

 

122:名無しさん:2023/10/05(木) 19:44:39 ID:h4Qb44y20

 

£°ゞ°)「でも全然楽しくない。

      やりたくないって言ったらぐちゃぐちゃに殺されちゃうから言えないけど」

 

('、`*川「……そうなのね……ごめんなさい、この話やめましょう」

 

('ヮ`*川「あっ。そうだ、そのネイル! 綺麗な色してるなって思ってたのよ。

     いつも塗ってるの?」

 

 話題を変えたつもりなのだろうが、いかんせん全然変わっていなかった。

 

£°ゞ°)「うん、俺が最初に殺した人が持ってたやつ。忘れられなくて使ってんの」

 

('ヮ`*川「あっ。え。お゛っ」

 

 笑顔のままペニサスがデミタスを見る。物凄く困った目をしていた。

 見られても、デミタスもどうしていいのか分からないので無視して味噌汁を啜った。

 当然ペニサスが作るのと味は違うが、これもこれで美味い。ネギが大きくてしゃきしゃき。

 

 

123:名無しさん:2023/10/05(木) 19:45:30 ID:h4Qb44y20

 

£°ゞ°)「その人、ボスが持ってる会社の一つで働いてたんだけど

      そこのお金使っちゃったんだって」

 

 椀の中を見つめながらロミスが語り出す。

 予想外とはいえ水を向けてしまった手前、ペニサスも箸を置いて聞き入る姿勢に移った。

 

('、`*川「そんなにすごい額だったの? 殺されちゃうほど……」

 

£°ゞ°)「総額は大したことなかったみたい、会社の規模としてはね。

      ただ、何回もちょっとずつ盗む感じだったから、

      そういうやり方が気に食わなかったんだと思う」

 

('、`*川「そう……。その人にも、ご、拷問とかしたの」

 

£°ゞ°)「ううん、ただ殺すだけ。

      そういうことするのは、何か情報が欲しいときとか、見せしめにしたいときとかだから」

 

 

124:名無しさん:2023/10/05(木) 19:46:34 ID:h4Qb44y20

 

£°ゞ°)「──夜中、その人の家に行ったよ。

      結構いい会社に勤めて横領までしてた割に、安っぽいアパートだったな」

 

 そこで一度話を止め、グラスに注がれていた茶を飲んだ。

 

£°ゞ°)「……自分がどうなるかは分かってたみたいで、

      今から殺されるっていうのに悪びれもせず毅然としてたよ。

      俺は何日もかけて覚悟決めて、アパートに着いてもまだ脚が震えてたのにね」

 

£°ゞ°)「それで、死ぬ前に一つだけ言うこと聞いてあげるって言ったら」

 

 

 

 「寝たら殺していいから、寝るまで抱きしめていてほしい」──

 

 

 

 仕出かしたことや応対時の態度からは想像もつかないような、

 ささやかで甘ったるい願いだったという。

 

 

125:名無しさん:2023/10/05(木) 19:47:47 ID:h4Qb44y20

 

 そうして、ロミスたちが住むのよりも狭くぼろっちいアパートの一室で。

 煎餅布団の上、ただ抱きしめて、ぼそぼそと世間話をするだけの一時間。

 たったそれだけで、やられてしまったらしかった。

 

£°ゞ°)「これから死ぬのにさ。明日の天気のこととか言うの」

 

 やがて女が眠ったのを確認し、干してあったタオルでその首を引き絞る。

 自分がいた痕跡を消した後、マニキュアを一つだけ持ち帰った。

 顔よりも爪を飾る方が好きだと女が言っていたのだそうだ。

 

 

 

£;ゞ;)「うー」

 

(;、;*川「ご、ごめん、ごめんね、そんなこと話させて」

 

 味噌汁にロミスの涙がぽたぽたと落ちて、テーブルにペニサスの涙がぼたぼた落ちる。

 

(´・_ゝ・`)「鬱陶しい」

 

£;ゞ;)「うう、デミタス君いっつもその反応」

 

(;、;*川「デミタス君ひどい」

 

 泣きながらブーイングを飛ばしてくる二人。何だかずいぶんと仲が良くなっている。

 もしかしたら、初対面のときから割とそうだったかもしれない。

 

.

 

 

126:名無しさん:2023/10/05(木) 19:48:31 ID:h4Qb44y20

 

 

 ──満腹になったデミタスたちを玄関まで見送って、ペニサスは「また明日」と手を振った。

 

('、`*川「明日は図書館に行くのよね」

 

(´・_ゝ・`)「そのつもりだ。見張りとして一人寄越されると思う。

        とりあえず昼頃に来るから準備しておいてくれ」

 

('、`*川「分かった。……デミタス君とお出かけするの初めてね」

 

 デミタスは帰るために一歩後ずさったが、どうしても頭を過ぎってしまったものがあったので、

 それに従ってペニサスを抱きしめてみた。

 ほんの一瞬の接触。すぐに体を離すと、そこにはきょとんとするペニサスがいた。

 

('、`*川「何で」

 

(´・_ゝ・`)「何となく……」

 

 本当に何となくでしかないので説明は出来ない。

 呆れた声のロミスに「帰るよ」と促され、ようやく家の前を離れた。

 

.

 

 

127:名無しさん:2023/10/05(木) 19:49:49 ID:h4Qb44y20

 

£°ゞ°)「──抱きしめちゃ駄目だって言ったじゃん。

      しかも一回目じゃないでしょあれ」

 

 アパートの外付けの階段を上りながら、ロミスが言った。

 申し開きのしようもない。

 

£°ゞ°)「……『鍵』を見付けたら殺さなくていいっていうの、嘘でしょ」

 

(´・_ゝ・`)「……うん」

 

£°ゞ°)「デミタス君が嘘つくなんて珍しい。

      まあ、どのみち殺しますなんて言ってもお互いに何の得もないだろうけどさ。

      でもどうするの、いざ殺すとき」

 

(´・_ゝ・`)「うん……」

 

 202号室のドアを開けたロミスは振り返って、片手を顔の横に挙げた。

 折り曲げた指先。オレンジ色。

 

 

128:名無しさん:2023/10/05(木) 19:52:00 ID:h4Qb44y20

 

£°ゞ°)「……俺ね、デミタス君にも同じ気持ちになってほしかったけど、

      なってほしくもないんだよ。こんな辛いの」

 

(´・_ゝ・`)「どっちなんだよ」

 

£°ゞ°)「複雑だよねえ人間」

 

 

 

129:名無しさん:2023/10/05(木) 19:53:26 ID:h4Qb44y20

 

 

 翌日、昼。

 玄関のドアを開けたペニサスは、細い目を少しだけ見開いた。

 

('、`*川「デミタス君やロミス君のお仲間の?」

 

( ´_ゝ`)「そうそう。兄者っていうんだ、よろしく。

       二人が駆け落ち……もとい逃げちまわないか見張れって言われた」

 

 デミタスの横、兄者と名乗った男は気さくに手を振って、にかっと笑った。

 

 102号室の住人であり、姉者の弟だ。

 顔も割合と似ていて、彼女同様に口鼻はボスの理想とする形だが目がずいぶんと細い。

 今のように笑うと、ますます。

 

( ´_ゝ`)「悪いね、デートの邪魔するみたいでヴゴッ」

 

 デミタスの拳が兄者の脇腹を打った。

 

 姉者とロミスから盛りに盛った話を聞かされたらしく、

 連れ立ってアパートを出発したときから度々このような揶揄をぶつけてくる。

 「いてー」とまったく効いていなそうな声をあげ、彼は脇腹をさすった。

 

 

130:名無しさん:2023/10/05(木) 19:54:37 ID:h4Qb44y20

 

( ´_ゝ`)「ま、こんな格好の男相手じゃデートって感じでもないか」

 

 デミタスのジャージを指差しながら笑う。

 兄者だって、青いストレッチデニムのブルゾンと、同素材のカーゴパンツという

 傍目には勤務中の作業員のようにも見える格好をしているくせに。

 

('、`*川「そういえばデミタス君、いつもその服ね。ロミス君も」

 

( ´_ゝ`)「俺も毎日これ。ボスに拾われたときに選ばされたんだよ、服。

       そしたら何着も同じもの与えられて、

       あとはずっとそれを着てなきゃいけない」

 

 「拾われた」という部分にペニサスは興味を引かれたようだったが、

 さっさと兄者が歩いていってしまうので、おとなしくデミタスと共にそちらへ向かった。

 

 家の前にはレンタカーが停まっている。

 後部座席のドアを開ける兄者に礼をしてからペニサスが乗り込んだ。その隣にデミタス。

 

( ´_ゝ`)「図書館だっけ? どこの?」

 

 運転席、カーナビを操作しながら兄者が訊ねる。

 

('、`*川「……中央図書館で」

 

 ペニサスの声は、どこか頼りなく揺れていた。

 

 

 

131:名無しさん:2023/10/05(木) 19:55:32 ID:h4Qb44y20

 

 

 ──ファイナル市中央図書館。

 

 出入口のある前面は赤いレンガ造りでレトロな雰囲気だが、

 その後方は真新しいコンクリートとガラスで出来ている。

 

 大昔に工場だったという建物を図書館として再利用したのだが、

 比較的最近になって増築したため、こういった風姿になっている。らしい。

 

 平日の割に駐車場は結構混んでいるように見えた。

 適当な位置に車を停め、3人で入口へ向かう。

 ふと、ペニサスが入口横に掲げられた看板に目を留めた。

 

 

132:名無しさん:2023/10/05(木) 19:57:08 ID:h4Qb44y20

 

('、`*川「ファイナル……」

 

(´・_ゝ・`)「どうかしたか」

 

('、`*川「いえ、おばあちゃんが言ってたなって。

     『ファイナル市は、例えるなら真っ昼間みたいな名前の街だ』とか……」

 

 真っ昼間。今がそんな時間だ。

 

(´・_ゝ・`)「それも去年の秋に?」

 

('、`*川「ううん、結構前。私が大学2年のときだから、もう6年は前よ。

     だから薬とは関係ないかもだけど」

 

( ´_ゝ`)「真っ昼間なあ。むしろ響きとしては真逆じゃないか?

       ファイナルなんて、一日の終わり──夜っぽい感じだ」

 

 兄者の言葉に、たしかにそうだと納得する。

 だが、それにしても。

 

(´・_ゝ・`)「急に思い出したもんだな」

 

('、`*川「……文字が目に入ったから」

 

 市民ならばこの名など、いつでもいくらでも目にするはずた。

 なぜ今このタイミングだったのだろう。

 

 

133:名無しさん:2023/10/05(木) 19:58:11 ID:h4Qb44y20

 

 図書館の中は、インクの他にコーヒーの香りもした。

 

 エントランスは開放的な印象だ。

 テーブルセットや丸いソファが広く間隔をあけて置かれている。

 大きな吹き抜けになっていて、二階や三階に並ぶ書架やインターネットコーナーが確認できた。

 

 児童書のコーナーが近いのか、親子連れがちらほらと目につく。

 なので、図書館らしく静謐な空気が周囲を満たしつつも、うっすらと活気があるように感じられた。

 

( ´_ゝ`)「お、カフェがあるんだとさ。後で寄ってみるか」

 

 館内案内図を指しながら兄者が言う。

 一階の片隅にカフェが併設されていて、軽食も提供されているのだという。

 なるほど、それもあって親子の姿が多いのだろう。

 

( ´_ゝ`)「んで、ここで何するんだ? 祖母さんがよく読む本でも知ってんのかい」

 

('、`*川「ええと……」

 

 

「──ペニサス!」

 

 

 突如飛んできた低い声。

 案内図を眺めていたペニサスが、肩を大きく跳ねさせた。

 

 

134:名無しさん:2023/10/05(木) 19:59:48 ID:h4Qb44y20

 _

(;゚∀゚)「やっぱりペニサスだ!」

 

 本を数冊抱えた男が、大股でこちらへ歩み寄ってくる。

 吊り下げ名札を見るに図書館の職員らしい。──長岡ジョルジュ。

 

 ペニサスは眉をへんにゃり曲げて、男に会釈した。

 

('、`*川「久しぶり、長岡君」

 _

(;゚∀゚)「ずっとメッセージ送ってたろ、何で無視して……

     てか、こいつら誰……いや、ああ、ちょっと待ってて!」

 

 ペニサスとデミタスと兄者と抱えた本を順繰りに見て、

 ジョルジュとかいう男は、再び大股で書架の方へ向かっていった。

 そんなに急いでいるなら走ればいいのにと思ったが、そういえばここは図書館だった。

 

( ´_ゝ`)「知り合い?」

 

('、`*川「……昔の恋人……大学生のときの」

 

( ´_ゝ`)「ああ」

 

 眉を上げた兄者が返答を探すように左右へ瞳を動かして、適当な一言を選ぶ。「それはまた」。

 

 

135:名無しさん:2023/10/05(木) 20:00:45 ID:h4Qb44y20

 

 一方、ペニサスは気まずそうな表情でデミタスを見上げてきた。

 

('、`*川「さっきのおばあちゃんの話ね、私が長岡君にフラれる数日前のことで……。

     それで思い出したっていうのも、あったの」

 

(´・_ゝ・`)「ふうん」

 

 どうしてそんな顔をデミタスに向けるのかは分からないが、

 デミタスはデミタスで、どういう顔をしていいか分からなかったので目を逸らした。

 

 ──とにかく近くにあったソファで待っていると、

 そう経たない内にジョルジュが戻ってきた。

 先よりもいくらか落ち着いた様子で「久しぶり」と改めて声をかけている。

  _

( ゚∀゚)「えっと、この方々は」

 

( ´_ゝ`)「今カレ」

 

 デミタスを指差しながら兄者が答える。

 _

(;゚∀゚)「えっ!?」

 

(´・_ゝ・`)「違う」

 

 即座に訂正すれば、ジョルジュは安心したように息をついた。

 忙しない男だ。

 

 

136:名無しさん:2023/10/05(木) 20:02:45 ID:h4Qb44y20

  _

( ゚∀゚)「……で、今日は何用で? ペニサスがここに来るなんて珍しい。

     もしかして俺に会いに来たり──」

 

('、`*川「ううん、調べたいことがあっただけ」

  _

( ゚∀゚)「はい」

 

('、`*川「……でも、長岡君に会えて良かったかも」

  _

( ゚∀゚)「! それはつまり」

 

('、`*川「ねえ長岡君、本の貸出記録とか見せてもらえないかしら。

     うちのおばあちゃんの……」

  _

( ゚∀゚)「あ……はい……」

 

 腕を組んで二人のやり取りを眺めていた兄者が、肩でデミタスを小突いてくる。

 

( ´_ゝ`)「お前以上に分かりやすい男だな」

 

(´・_ゝ・`)「……」

 

 まあ、いかなデミタスにも、ジョルジュの態度に含まれた意味合いは分かる。

 決して快い感じはしなかったが、だからってデミタスがどうこうする話でもない。静観する。

 

 ジョルジュは頭を掻いて、サービスカウンターの向こうを指差した。

  _

( ゚∀゚)「少ししたら昼休憩に入るから、そこのカフェで話そう。

     先に行って待っててくれ」

 

 

137:名無しさん:2023/10/05(木) 20:04:53 ID:h4Qb44y20

 

 

 ──というわけで、昼食をとりながらジョルジュを待つことになった。

 

 カフェは図書館エリアよりもレンガの風合いが活かされていて、

 海外の通りにあっても違和感がないだろうなと思う。

 本の持ち込みも自由らしく、コーヒーや紅茶をお供にして読書に興じる人々が多いので、余計に。

 

 そういった小洒落た店内にてシーフードカレーを食すデミタスだったが、

 必死すら覗いていたジョルジュの様子ばかりが頭に浮かんで、いまいち味わう余裕がなかった。

 いや、美味いとは思うが。「美味い」が上滑りする。

 

 目のやり場にも困って、開きっ放しのメニュー表を見下ろした。

 シーフードカレー。850円。

 「市場から届いた新鮮な魚介を使用」──

 

('、`*川「市場……」

 

 デミタスの視線を追ったのだろう、隣でハムサンドを食べていたペニサスが呟いた。

 その向かい、ナポリタンをフォークに巻きつけながら兄者が首を傾げる。

 

 

138:名無しさん:2023/10/05(木) 20:05:30 ID:h4Qb44y20

 

( ´_ゝ`)「また何か思い出したか?」

 

('、`*川「思い出したというか、おばあちゃんは市場にもよく行ってたなと」

 

( ´_ゝ`)「なら、ここで何も得られなかったら明日はそこに行くといい」

 

 そんな風な会話をして。

 3人が食事を終えようという頃にジョルジュがやって来た。

 ペニサスの隣と向かいが埋まっていることに一瞬だけ不満げな気配を滲ませつつ、兄者の隣に腰を下ろす。

 

 

139:名無しさん:2023/10/05(木) 20:06:49 ID:h4Qb44y20

  _

( ゚∀゚)「デザート頼んだか?」

 

('、`*川「いいえ」

  _

( ゚∀゚)「ここ、フォーチュンクッキーあるんだよ。占い出来るクッキー。

     今月の運勢とおすすめの本のタイトルを書いた紙が中に入ってんだ。

     お前そういうの好きだろ」

 

('、`*川「……占い、今は好きじゃないの」

 _

(;゚∀゚)「あ。そ、そう」

 

 兄者が哀れむような笑うような、端的に言えば小馬鹿にした顔をする。

 隣で身を乗り出しているジョルジュには見えていない。

 

( ´_ゝ`)「しゃーない、俺が頼んでやろう」

  _

( ゚∀゚)「何でだよ」

 

( ´_ゝ`)「空回ってて哀れだったから」

 

 従業員にハムサンドとコーヒーを頼むジョルジュに便乗して、兄者がクッキーを注文する。

 先に頼んでいたコーヒーで喉を潤し、デミタスの方から本題に入ることにした。

 

 

140:名無しさん:2023/10/05(木) 20:07:31 ID:h4Qb44y20

 

(´・_ゝ・`)「それより貸出記録の件は?」

 

 むすっとしながらジョルジュは答える。

  _

( ゚∀゚)「……個人情報に当たるってんで、うちじゃ、本が返却された時点で記録は消してんだ」

 

('、`;川「え、そうなの? というか、そういうものなの? 個人情報?」

  _

( ゚∀゚)「そういうもんなの。

     何年か前、どっかの図書館が令状もなしに、捜査協力の名目で警察に記録提供してたのがバレて

     問題視されたこともあるんだぜ」

 

 もう一口コーヒーを飲む。美味い。

 ペニサスと会うまで食に興味を持つことがなかったが、コーヒーは昔から好きだ。

 

(´・_ゝ・`)「それを知ってるなら、何でわざわざ待たせたんだ」

  _

( ゚∀゚)「そんなん……」

 

 ジョルジュはこちらへ鋭い目を向けた後、もじもじとペニサスを見た。

 何だこいつ。ふざけるな。帰りたい。

 

 そこに、別の声が差し込まれる。

 

( ´_ゝ`)「消すったって、システムから完全に消えるわけじゃないだろ?」

 

 そう言ったのは、背もたれに寄りかかって足を投げ出すように──要は行儀悪く座る兄者だった。

 

 

141:名無しさん:2023/10/05(木) 20:08:41 ID:h4Qb44y20

 

( ´_ゝ`)「それこそ捜査協力を求められる可能性を考慮して、

       ある程度の期間は残しておくもんじゃないのか」

  _

( ゚∀゚)「……」

 

( ´_ゝ`)「大方、一般の職員が触ることの出来る範囲からは消されるってだけだろう。

       システム管理者のとこにはデータが残ってるはずだ」

 

 ジョルジュは黙っていた。その瞳には強い警戒が窺える。

 ぴりつき出した空気は、運ばれてきた料理によって霧散した。

  _

( ゚∀゚)「……だとして、どうしろってんだよ。

     結局俺にはアクセス出来ないし、令状でも持ってこなきゃ無理だ。

     あんたら、どうせ警察なんて立派なもんじゃないだろ」

 

( ´_ゝ`)「直接見させてもらうさ」

  _

( ゚∀゚)「だからどうやって?」

 

( ´_ゝ`)「そりゃあ」

 

 キーボードを打つように両手の指を動かし、兄者はジョルジュに笑う。にかっ。

 時々ボスから依頼を受ける程度には、彼はそういう方面に強い。

 _

(;゚∀゚)「……ペニサス、マジで何なんだよこいつら」

 

('、`;川「ちょっと色々あって」

 

 

142:名無しさん:2023/10/05(木) 20:10:17 ID:h4Qb44y20

 

 ジョルジュは溜め息をつきながら頭を掻いた。

  _

( ゚∀゚)「でも、どのみち無駄だ。伊藤さんは貸出カードも作ってねえよ」

 

('、`;川「……ほんと?」

  _

( ゚∀゚)「自分じゃ本を返すの忘れちまいそうだからって、館内で読むようにしてたんだと」

 

(´・_ゝ・`)「決まって座る席はあったか」

  _

( ゚∀゚)「さあ。その都度空いてるとこ座ってたかな」

 

(´・_ゝ・`)「じゃあ、どんな本を読んでたかは覚えてないか?」

  _

( ゚∀゚)「んなわけあるかよ、そんなもんいちいち。

     ……まあ、色んなもん読んでたとは思うぜ」

  _

( ゚∀゚)「何でも興味持って、何でも知りたがる人だったからな。

     薬学のことだけじゃなくてほんとに何でもさ。

     宗教学なんかも、下手すりゃ専攻してた俺より詳しかったよ」

 

('、`*川「……そうね」

 

 ペニサスが俯く。

 フォーチュンクッキーを割った兄者が「あちゃ」と声を漏らした。

 デミタスの手元へ紙を滑らせる。

 

 

143:名無しさん:2023/10/05(木) 20:11:26 ID:h4Qb44y20

 

( ´_ゝ`)「大凶だとさ。忖度なしだぞ、この図書館。逆に信用できるな。

       残念だったねデミタス」

 

(´・_ゝ・`)「何で僕が残念なんだよ」

 

( ´_ゝ`)「今おみくじがデミタス君の手に渡ったからです」

 

 互いに紙を押しつけ合う。

 それを呆れ顔で見ていたジョルジュは、咳払いをすると

 卓上にあったペニサスの手を突然握った。

 

 斜交いに座っている状態でそういうことをするので、

 デミタスと兄者の攻防は中断せざるを得なくなる。

 大凶はこちらの手元に留まった。

 

 

144:名無しさん:2023/10/05(木) 20:13:05 ID:h4Qb44y20

  _

( ゚∀゚)「葬式に顔出したときは、お前、消沈してたから声かけられなかったけどさ。

     その後に何回もメッセージ送っただろ」

 

('、`*川「……ええ」

  _

( ゚∀゚)「やり直したいんだよ俺。お前のこと、一度も忘れたことなんてなかった」

 

('、`*川「長岡君の方が私をフったんじゃない」

 

 感情のない声にぴしゃりと打たれて、ジョルジュの手はそっと退散した。

 

('、`*川「私じゃ話が合わなくてつまんないって。

     頭が悪くて、泣き虫で、嫌いだって……」

 _

(;゚∀゚)「あれは! ……だって」

 

 ──用済みのくせしてよく喋る。

 

 デミタスはわざと椅子を大きく引きながら立ち上がった。

 

(´・_ゝ・`)「本を見に行こう」

 

 彼女が頷いて腰を上げる。兄者も。

 ジョルジュは一度呼び止めたが、追いかけてくることはなかった。

 

 

145:名無しさん:2023/10/05(木) 20:13:46 ID:h4Qb44y20

 

 見に行こうといっても、結局伊藤クールがどんな本を見ていたかは判明していない。

 医学書や近しいコーナーで一応粘ってみたが、キリがないし非効率で非現実的だ。

 他の職員に聞き込んでみるも情報はない。

 

 一通りやれることをやった末、諦めた。

 

 

 

146:名無しさん:2023/10/05(木) 20:15:20 ID:h4Qb44y20

 

 

 ジョルジュのせいで──というのは偏見に満ちた主観だが──ペニサスが疲れてしまったようだったので、

 今日は解散という運びになった。

 カフェで話したとおり、明日は市場へ向かう。

 

 彼女を家に送り、レンタカーを店に返し、二人はアパートへと帰った。

 

 

( ´_ゝ`)「明日は姉者がついていくぞ」

 

(´・_ゝ・`)「ああ」

 

( ´_ゝ`)「頼むから、姉者まで面倒事に巻き込むような真似してくれるなよ」

 

( ´_ゝ`)「もう、最後の家族なんだ。

       ……弟者みたいにいなくなっちゃ困る」

 

 103号室のドアを一瞥して彼は言う。

 一年近く前にそこの住人が仕事をしくじってから、ずっと空き部屋だ。

 

 もう一度「ああ」と答えて、デミタスは階段を上がっていった。

 

 

147:名無しさん:2023/10/05(木) 20:16:02 ID:h4Qb44y20

 

 二階、201号室も長いこと空いている。

 デルタという男が住んでいたが、彼は鼻以外のパーツがボスにとっては「お粗末」だったので、

 簡単にボスの機嫌を損ねてしまって──それきり。

 

 以前にもきっと何人もの人間がこのアパートに住んで、そして消えていっている。

 自分たちにもいつかその番は来るのだろう。

 何年後か、あるいは何時間か後にでも。

 

 

 

148:名無しさん:2023/10/05(木) 20:17:05 ID:h4Qb44y20

 

 

 ファイナル市地方卸売市場。

 

 全国から様々な品が集まるこの市場は

 漁港にほど近い位置にあるため、特に獲れたての魚介が多く並ぶ。

 

 昨日の図書館とは打って変わって騒がしい。

 ひっきりなしに誰かが出入りし、運搬用の乗り物が走り、方々で声が張り上げられる。

 

 

∬´_ゝ`)「うるっさいし、くっさい場所ねえ」

 

 

 いつもどおりにワインレッドのワンピースをまとった姉者が、

 市場の真ん前で仁王立ちしながらそう言った。

 

 

149:名無しさん:2023/10/05(木) 20:18:26 ID:h4Qb44y20

 

('、`*川「ええと……兄者さんのお姉さん?」

 

(´・_ゝ・`)「姉者だ」

 

 昼前にペニサスを迎えに行って、タクシーを呼んで、ここに着くまでの間に

 姉者は一切の自己紹介をしなかった。

 

 別に機嫌が悪かったわけではなく、寝起きだったためにぼうっとしていただけだ。

 市場の賑やかさと臭いでようやく目を覚ましたらしい。

 

('、`*川「姉者さん。あれだったら、ここで待っていてくださっても……。

     中はもっとお魚のにおいとかしますから」

 

∬´_ゝ`)「お言葉に甘えたいけど、見張りなのよね。これでも」

 

 言って、姉者はペニサスの前に立つと彼女の顎をくいと持ち上げた。

 まじまじと顔を凝視して、次にデミタスをじとりと睨む。

 

∬´_ゝ`)「あんた、この顔をよく罵倒できたわね」

 

(´・_ゝ・`)「……もういいだろ、その話」

 

 

150:名無しさん:2023/10/05(木) 20:19:37 ID:h4Qb44y20

 

∬´_ゝ`)「なかなか可愛いわ。とびきり美人なわけじゃないとこが却っていい」

 

('、`*川「あ、ありがとうございます……? でも姉者さんこそ、とっても綺麗」

 

∬´_ゝ`)「あらありがとう。メイクの力よ、冗談抜きで」

 

 「私のメイク技術はちょっとしたもんだからね」と胸を張る姉者。

 腕前の是非はデミタスにはちんぷんかんぷんだが、こだわりの強さは度々見受けられる。

 彼女に支給された小遣いは大半が化粧品に消える運命だ。

 

 ひとまずペニサスの顎から姉者の指を引き剥がし、あしらうように片手を振る。

 

(´・_ゝ・`)「なら、その目をデカくしたらどうだ。ボスが喜ぶ」

 

∬´_ゝ`)「そういうのは駄目なのよ、あの人。天然ものがいいんじゃない?」

 

 折よく市場の方から天然がどうだ養殖がどうだと売り文句が聞こえてきた。

 それがおかしかったのだろう、あっはっはと笑いながら姉者が市場へ入っていくので、デミタスたちも続いた。

 

 

151:名無しさん:2023/10/05(木) 20:20:53 ID:h4Qb44y20

 

 足を踏み入れてみれば一層騒がしい。

 外から見るとやたら大きな建物に思えたが、中はどこぞの会社やら商店やらの売場がひしめいて、

 そこを大勢の人間が行き来するのでずいぶんと密度が高い。

 

 デミタスはてっきり、こういうところは業者しか入れないものだと思っていた。

 購入可能な店や立ち入れるエリア等に制限はあるが、一応は一般人も利用していいらしい。

 日によっては一般客向けのイベントもあるとのこと。

 

 場の雰囲気が楽しいらしく、姉者は興味深げに動き回ってはあれこれ覗いていった。

 臭いうるさいと文句を垂れたときの不満顔はどこへ行ったのやら。

 

∬*´_ゝ`)「ね、ね、生きてる生きてる。でっかい!」

 

 ケースの中で髭を蠢かす大きな海老を指差して、最早はしゃぎ放題だ。

 伊勢海老、と書かれた札がケースに貼られている。

 伊勢という割に漁獲量では現在、ここ千葉県がトップらしい。テレビで言っていた。

 

 微笑ましげに姉者を眺めていたペニサスがデミタスの手を引いた。

 伊勢海老の隣、もっと小振りな海老がぎっしり並んだ発泡スチロールを二人で覗き込む。

 

 

152:名無しさん:2023/10/05(木) 20:22:14 ID:h4Qb44y20

 

('、`*川「おばあちゃんが海老フライ好きで、よく新鮮な海老を買って帰ってきてたわ」

 

(´・_ゝ・`)「あれも美味かった。また食べたい」

 

 彼女はデミタスを見上げ、慌てたように海老に視線を戻した。

 

('、`*川「うん」

 

∬´_ゝ`) ウェー

 

 何故か、姉者が不味いものでも食べたかのように舌を出していた。

 

 

 ──買うでもないのに立ち続けていては邪魔だろうとペニサスが言うので

 姉者を引っ張ってその場を離れようとした、そのときだった。

 

 突然、近くにいた男が声をかけてきた。

 

(,,゚Д゚)「あんた、ペニサスさんかい?」

 

 初老の男だった。

 そちらから話しかけてきたくせに、妙に怪訝な目つきをしている。

 

 

153:名無しさん:2023/10/05(木) 20:23:02 ID:h4Qb44y20

 

('、`*川「はい、そうですが……」

 

 ペニサスが頷くと、どこかの業者らしいその男は、あからさまに顔をしかめてみせた。

 

(,,゚Д゚)「やっぱり。よく来れたもんだよ、俺らがよくここにいるの知らなかったのかい」

 

('、`*川「えっと……?」

 

(,,゚Д゚)「ああ、覚えちゃないか。散々馬鹿にしてた男の父親なんか。

     やだね、お祖母さんの方は礼儀正しい人だったのに──」

 

 何を言っているかはさっぱりだが、敵意は見て取れる。

 

 デミタスが口を挟もうとした──ら、それより早く、

 やけに大きな図体が二人の間に割り込んだ。

 

 

( ゚∋゚)「親父、やめろ」

 

.

 

 

154:名無しさん:2023/10/05(木) 20:23:45 ID:h4Qb44y20

 

 こちらは若い男だ。

 若いといっても、およそデミタスやペニサスと同年代だろう。

 

 どうも親子のようで、息子の方が何か言うと、父親はぶつくさ言いながら去っていった。

 息子が振り向き、ペニサスに頭を下げる。

 

( ゚∋゚)「すまない。気を悪くさせたか」

 

('、`*川「いいえ……あの、ありがとう、クックルさん」

 

(´・_ゝ・`)「誰だ?」

 

 ある予感を覚えつつも問うと、ペニサスは口ごもりながら一言答えた。

 

('、`*川「高校のときにお付き合いしてた先輩……」

 

 姉者が口に手を当てながらデミタスを見てくる。やめてほしい。

155:名無しさん:2023/10/05(木) 20:24:35 ID:h4Qb44y20

 

 クックルというらしき男は、少し身を屈めるようにしながらペニサスと目を合わせた。

 

( ゚∋゚)「半年ぶりだな。

     どうしたんだ、買い物か? この辺りのは一般客には売れないんだ」

 

('、`*川「ちょっと調べものをしてて。

     クックルさんこそどうしたんです、いつもは県庁にいるんじゃ」

 

( ゚∋゚)「今日はこっちに用があってな」

 

 と、彼は片手のバインダーを持ち上げた。

 体つきから何となく肉体労働を主としているタイプかと思ったが、違ったらしい。

 

∬´_ゝ`)「優しくて公務員っリストラなしっ逃したのもったいなっ」

 

 デミタスの隣、姉者が潜めた声を弾ませる。

 それを言うなら、昨日のジョルジュだって

 正規職員として働く司書だから公務員だ。ペニサスいわく。

 

 ──なんて話はともかく。

 周囲から頭が飛び出るほど大きなクックルがいるので、どうにも周囲の視線が集まってくる。

 クックル自身も居心地悪そうにしながらペニサスに訊ねた。

 

156:名無しさん:2023/10/05(木) 20:25:21 ID:h4Qb44y20

 

( ゚∋゚)「調べものってのは?」

 

('、`*川「おばあちゃんのことで。……クックルさん、少しお話し出来ませんか?」

 

( ゚∋゚)「……上にレストラン街がある。

     まだ昼を済ませてないなら、飯でも食いながら話そう」

 

∬´_ゝ`)「やった! 奢ってくれる?」

 

 無遠慮に言う姉者と複雑な目をしているデミタスに、クックルは何だこいつらという顔をした。

 致し方なし。

 

( ゚∋゚)「こちらは?」

 

('、`*川「姉者さんと、デミタス君。何というか……」

 

∬´_ゝ`)「今カレ」

 

(´・_ゝ・`)「違う」

 

 姉者の頭にチョップを落とす。この姉弟は本当に。

 

157:名無しさん:2023/10/05(木) 20:26:51 ID:h4Qb44y20

 

 

 上階には飲食店がいくつか並んでいた。

 海鮮を売りにした店もあれば、野菜やら卵やらをメインとした店もある。

 その内の一画にある食堂がクックルの贔屓とのことだ。

 

 ──そういうわけで現在、4人の前には海鮮丼が一つずつ。

 各自で好きに具を選べるというので、デミタスのはイクラを抜いている。

 

∬´_ゝ`)つ

 

 姉者は丼の隅に盛られたわさびの固まりを、そっとデミタスの器に移した。

 具を選ぶのに夢中で、わさびを抜くよう言うのを忘れたらしい。

 

 しばらく誰も本題に入らなかった。

 市場直通の食堂の海鮮丼だ。話より、まずはそちらに集中したいというのは共通認識。

 

 マグロやらイカやら真鯛やら、他にも色々。

 具材は違えど、どうしてもあの日の丼が脳裏を過ぎってしまう。

 たとえばあの日ダイニングテーブルに置かれたのがこれだったなら、

 今頃こんな場所で、こんな顔を突き合わせてはいなかっただろう。

 

158:名無しさん:2023/10/05(木) 20:28:25 ID:h4Qb44y20

 

(´・_ゝ・`)「……美味い」

 

('ー`*川「ええ、本当に」

 

 どれも、あっさりほぐれてはとろとろと口の中で溶けるようだった。

 下に敷かれているのは酢飯ではなく、炊いたままの白米。それがデミタスには嬉しい。

 仮に酢飯を使うんだったら寿司として食べたい──自分がそういうタイプであるのを、今ここで自覚した。

 

 素直にその感想を漏らしたところ、「だからこの店が好きなんだ」とクックルが笑ったので、

 何だか清々しい気持ちで食事に向かうことが出来た。

 

 

 

('、`*川「──おばあちゃんがここによく来てたはずなんだけど、何か知りませんか?」

 

 ペニサスが半分ほど食べ進めた辺りで、ようやく本題が始まった。

 

( ゚∋゚)「俺は何も……」

 

 体同様に一口も大きいようで、クックルはもう完食寸前だ。

 知らないと答えかけたのであろう彼は、いや、と唸った。

 

159:名無しさん:2023/10/05(木) 20:30:21 ID:h4Qb44y20

 

( ゚∋゚)「そういえば、市場の商品を大量に買い回ったことがあったらしい。

     親父がそう言ってた。去年のいつだったか──たしか2回ほど」

 

('、`;川「そ、そうなんですか!?」

 

∬´_ゝ`)「自宅用じゃなく?」

 

('、`;川「違うと思います、そんなにたくさん抱えて帰ってきたことはないですから」

 

( ゚∋゚)「魚介も青果も、手当たり次第といった感じだったそうだ」

 

( ゚∋゚)「それだけの量を自分で運べはしないだろうから、運搬はどこかしらの業者に頼んだはずだ。

     後で確認しておく」

 

('、`*川「ありがとうございます、クックルさん! 何か分かったら連絡ください」

 

 最後の一掬いを口に収め、クックルは箸を置いた。

 それから腕時計を見る。そろそろ仕事に戻らなければならないという。

 

 連絡先を交換するペニサスとクックル。

 そこへ、口いっぱいにマグロを頬張った姉者が訊ねた。

 

160:名無しさん:2023/10/05(木) 20:31:29 ID:h4Qb44y20

 

∬´_ゝ`)「何が理由で別れたのよ? いい人じゃないの、勿体ない」

 

('、`*川「いえ、別れを切り出したのはクックルさんの方で……。

     理由は特に言ってくれませんでした」

 

 スマホをしまったクックルは口を薄く開いた。

 しかし、黙っている。

 

 そのまま仕事を理由に席を立つことも出来たろうに、

 彼は居住まいを正して目を伏せる。

 

 

 ──そして意を決したように、ペニサスに向かって深々と頭を下げた。

 

161:名無しさん:2023/10/05(木) 20:32:10 ID:h4Qb44y20

 

('、`;川「く、クックルさん?」

 

(;-∋-)「金だ」

 

('、`;川「え?」

 

 

(;-∋-)「君のお祖母さんに……伊藤さんに金を渡された。

     手切れ金だと」

 

 

 今度は、ペニサスが口をぽかんと開く番だった。

 

162:名無しさん:2023/10/05(木) 20:34:16 ID:h4Qb44y20

 

(;-∋-)「当時、親父が入院しててな。手術が必要だった。

     あの頃のうちじゃ費用をろくに捻出できなくて……。

     それで、伊藤さんの金に飛びついたんだ」

 

(;-∋-)「……あのときは、金のために君を傷付けてすまなかった」

 

 このテーブルの上にだけ、静寂が広がっていく。

 階下の喧騒が遠くなっていく。

 箸を置く音がいやに大きく響いて、クックルは顔を上げた。

 

('、`*川「……おばあちゃんは……何でそんなことを?」

 

(;゚∋゚)「分からない。ただ別れてくれと言われた。それと──」

 

(;゚∋゚)「……別れるときは、君に非があるように言うことと、

     周囲の人間に君がろくでなしだったと根回しすることも

     条件として出された」

 

 デミタスは眉根を寄せてイカを口に放り込んだ。

 あんなに美味かったのに、ちっとも味がしない。

 

163:名無しさん:2023/10/05(木) 20:35:30 ID:h4Qb44y20

 

∬´_ゝ`)「だからお父さん、あんな態度だったんだ?

      誰のおかげで手術を受けられたかも知らずに。

      あんたが悪口言いふらしたおかげで?」

 

(;゚∋゚)「いや。金を受け取っておいて何だが、それは出来なかった」

 

(;゚∋゚)「約束が違うと返金を求められたら時間がかかっても返す覚悟はしてたが、

     そういうこともなかった。

     ……だが、気付いたら噂が出回ってたみたいでな」

 

∬´_ゝ`)「じゃあ、結局お祖母さんが流したのかしらね。噂」

 

('、`*川「……」

 

 いよいよ時間がないようで、クックルは再び謝罪を口にしてから立ち上がった。

 

( ゚∋゚)「君は穏やかで、優しい人だよ。

     親父たちにも何度もそう言ったんだが、俺じゃ覆せなかった。

     本当にすまなかった」

 

 最後にそう言い切って、去っていった。

 広い背中をじっと見つめていた姉者がペニサスの肩をつつく。

 

164:名無しさん:2023/10/05(木) 20:36:14 ID:h4Qb44y20

 

∬´_ゝ`)「より戻したら? その気がないなら私が行こうかしら」

 

('、`*川「クックルさん、恋人いらっしゃいますよ。

     お葬式のときに言ってました」

 

∬´_ゝ`)「あら残念」

 

 そこでまたペニサスが黙る。

 クックルの話を反芻しているのだろう。デミタスもそうしている。

 

 ──ペニサスは過去に4人の男と付き合った。

 内一人は事故で亡くなったが、他3人とは向こうから言い出す形で別れている。

 

 クックルに関しては今聞いたとおり。

 ジョルジュの方は知らないが、昨日の様子を見るに、彼女に愛想を尽かしたわけではなさそうだった。

 

('、`*川「……長岡君とミルナ君も……?」

 

 ミルナ。そちらの名は初耳だ。

 

165:名無しさん:2023/10/05(木) 20:37:21 ID:h4Qb44y20

 

(´・_ゝ・`)「そいつにも話を聞いてみよう。

        祖母さんのこと知るためにも」

 

('、`*川「でも私、ミルナ君の連絡先知らない。別れたときに番号とか消しちゃったから──」

 

('、`*川「──……いえ、もしかしたら長岡君なら知ってるかも」

 

∬´_ゝ`)「昨日会ったっていう男?

      兄者から聞いたわ、未練たらたら丸出しでキショかったって」

 

 ジョルジュも伊藤クールに言われて別れたのならば。

 今はそのクールがいないのだから、よりを戻すチャンスだと思っている──のかもしれない。

 何にせよ気分のいい男ではないとデミタスは思う。

 

('、`*川「私と長岡君とミルナ君、同じ読書サークルにいたんです。

     長岡君と別れた後、私が彼を弄んで捨てたんだって噂が流れて、大学に行くのが嫌になった時期があって……

     そのときに励ましてくれたのがミルナ君でした」

 

∬´_ゝ`)「それでオチたの? ちょろ~」

 

('、`*川「実際チョロかったと思います……。そのせいで、

     長岡君と付き合ってたときにもミルナ君と関係を持ってたんだ、って噂が悪化したし。

     長岡君にも心変わりが早いって嫌味言われたし……」

 

(´・_ゝ・`)「マジで何なんだあいつ」

 

166:名無しさん:2023/10/05(木) 20:38:54 ID:h4Qb44y20

 

('、`*川「だから長岡君にミルナ君のことを訊くのは、ちょっと怖いんですけど」

 

∬´_ゝ`)「ペニサスちゃん、そんなこと言ってられる立場じゃないのはご存知?」

 

 笑顔で釘を刺す姉者。

 うう、と呻いて、ペニサスは再度スマホを手に取った。

 デミタスとしてはあの男と連絡をとってほしくないが、実際、そうも言っていられない。

 

 メッセージアプリを起動させたペニサスが、いかにも気が乗らないとばかりにもたもた操作する。

 すぐに通知音が響いた。

 またペニサスが操作すると、間をおかずに通知音。

 

 ──それを繰り返して、何とか「ミルナ」の連絡先を入手できたようだった。

 

 その後も一方的にジョルジュのメッセージが複数届いたらしかったが、ペニサスはそれを無視して、

 手に入れた番号に電話をかけ始めた。

 もちろん、姉者に言われてスピーカー状態に切り替えるのを忘れずに。

 

 何度か発信音が鳴った後、それが途切れ、男の声がした。

 

167:名無しさん:2023/10/05(木) 20:40:00 ID:h4Qb44y20

 

『……伊藤さんか』

 

('、`;川「み、ミルナ君。久しぶり。

     突然ごめんね、長岡君からも確認行ったと思うけど……」

 

『何の用だ? そろそろ休憩が終わるから、あまり時間はとれないんだけど』

 

 ペニサスも大概だが、ミルナの声も強張っているように聞こえた。

 

('、`*川「えと、聞きたいことがあって。

     あの。そうだ。長岡君が言ってたけど、今は東京で働いてるんだって?」

 

『うん』

 

('、`*川「電話じゃちょっと話しづらいことでね、その、申し訳ないんだけど

     直接会ってもらうことって出来るかな……」

 

『……』

 

∬´_ゝ`)「こっちは険悪?」

 

 姉者が小声で言う。

 たしかにミルナからは拒絶のようなものを感じる。

 

 ジョルジュのようなのも困るけれど、これはこれでうまくない。

 あくまで、情報収集という目的からすれば。

 

168:名無しさん:2023/10/05(木) 20:41:39 ID:h4Qb44y20

 

『会うって、どこで』

 

('、`*川「ごめんなさい、わけがあってファイナル市を出られないの。

     だからミルナ君に出向いてもらう形になるんだけど」

 

('、`*川「それでも会ってもらえるなら、そっちの都合のいい時間と場所で大丈夫だから……」

 

 ──しばらく互いに無言だった。

 スマホを触っているのか何かしら音はするので、話を切り上げようとしているわけではない。と思う。

 

『……明日の午後5時からなら時間を作れる。

 ファイナル商店街の喫茶店はどうだ?』

 

 ペニサスは何度も礼を言いながら待ち合わせの時間と場所を取り決め、通話を切った。

 

('、`*川「……明日、ミルナ君と会うわ」

 

(´・_ゝ・`)「聞いてた」

 

∬´_ゝ`)「とんだ元カレ行脚になったわねえ」

 

 それなら最後は事故死した元カレのためにあの世へ行くことになるのか。──笑えない。

 

 こちらの気も知らず、姉者は自分の発言にけらけら笑いながら大葉をデミタスの丼に寄せてきた。

 抜け。注文時に。

 

 

 

169:名無しさん:2023/10/05(木) 20:42:42 ID:h4Qb44y20

 

 

 ファイナル商店街は、市のほぼ真ん中、駅前にある。

 東西南北に伸びた道に多様な商店が並び、日々賑わっている。

 ペニサスもよくここで買い物をするそうだ。

 

 今月末にはハロウィンを控えているということで、

 通りや商店の軒先はそれらしい飾りでいっぱい。

 

 ──その中を誰より軽やかな足取りで進むのは、ロミスである。

 

£*°ゞ°)「俺ハロウィン好き。オレンジと紫の組み合わせ多いから」

 

 ツナギの襟を指先でつまんで、その二色をデミタスとペニサスに見せびらかしてくる。

 今日の見張りは彼だ。

 ペニサスの方はすっかり彼と馴染んだようで、にこにこ笑いながら「本当ね」と頷いている。

 

170:名無しさん:2023/10/05(木) 20:43:49 ID:h4Qb44y20

 

 午後6時も近くなり、通りのあちこちでライトが点灯して

 ハロウィンの飾りがますますぴかぴか輝いた。

 

 それらを指差してわいわい言いながら歩いていく彼らに、

 デミタスが一歩遅れてついていく。

 

(´・_ゝ・`)「……」

 

 「鍵」の件についてはまだ何とも言えないが、

 伊藤クールについては、少しずつ迫っているものがある。

 

 これから会うミルナという男からはどんな話が出てくるだろう。

 その内容がもしも「鍵」に通じるものならば──

 

 ペニサスの死期が早まることになる。

 

 それを知ったら、彼女は歩みを止めるだろうか。

 引き返して、家に帰るだろうか。

 そうしてほしいと思う。それでは困る、とも思う。

 

 デミタスは何も言えないまま、ただ二人の後を追う。

 

 

.

 

171:名無しさん:2023/10/05(木) 20:45:03 ID:h4Qb44y20

 

 

 約束の時間より少し早く着いたものの、相手は既に窓際の席で待っていた。

 

( ゚д゚ )「伊藤さん、久しぶり」

 

 スーツ姿の男、ミルナはそう言った。至って普通のサラリーマンといった風情。

 ただ、身につけているものからエリート然とした匂いはする。

 

 訝しげにデミタスとロミスを見てくるので、ペニサスが軽く紹介した。

 関係については、ロミスが特に考えずに発したであろう「友達です」の一言が採用された。

 

 ミルナは手前側の椅子に腰掛けている。

 その反対、壁に備えつけのソファにデミタス、ペニサス、ロミスの順で座っていった。

 奇妙な顔触れの1対3。

 

 彼の手元には一杯のコーヒーがあった。

 カップを持つ左手、その薬指に指輪が嵌まっている。

 3人分の視線に気付いたらしい彼は、ペニサスから目を逸らした。

 

172:名無しさん:2023/10/05(木) 20:46:18 ID:h4Qb44y20

 

( ゚д゚ )「今年結婚したんだ。呼ばなくて悪かった」

 

('、`*川「それは構わないけど。お相手は……」

 

( ゚д゚ )「アヤカ。旧姓の渡辺の方が、君は分かりやすいか」

 

('、`*川「ああ、渡辺さん」

 

 いい子だったわよね。お幸せに。

 そう返す声にジョルジュのような粘り気が滲んでいないかを無意識に探って、

 その気配がないことへ安心する己に、デミタスは気付かない。

 

 

 

 ──数分後。

 運ばれてきたティーカップに角砂糖を落としながら、ペニサスが口を開いた。

 

173:名無しさん:2023/10/05(木) 20:46:55 ID:h4Qb44y20

 

('、`*川「単刀直入に訊くわね。

     私と別れたのって、おばあちゃんに言われたからだったりする?」

 

 ちょうどコーヒーを啜っていたミルナが噎せた。

 

£;°ゞ°)「わーわー。大丈夫?」

 

 ワイシャツにコーヒーを垂らす彼に、ロミスが紙ナプキンを何枚か渡す。

 ミルナはシャツにナプキンを押し当てたが、心ここにあらずといった風で、手付きはだいぶおざなりだ。

 ただ汚れを引きずって広げただけのようになっている。

 

('、`*川「いきなりごめんなさい……。

     そうだったって言う人がいたから、ミルナ君ももしかして、って思って」

 

(;゚д゚ )「……」

 

 最後に自分の口元を拭って、しばし彼はコーヒーカップを睨んでいた。

 不意に両目を閉じ、深く溜め息。

 

 ──瞼と共に顔を上げる。

 

( ゚д゚ )「そうだ」

 

('、`;川「……やっぱり。

     どんな感じだった?」

 

174:名無しさん:2023/10/05(木) 20:47:44 ID:h4Qb44y20

 

( ゚д゚ )「……あの日は夏休み中で……バイトしてたら、君のお祖母さんから店に電話がかかってきた。

     『バイトが終わったらうちに来てほしい。ペニサスには内緒の話がある』ってさ。

     言われたとおり家に行って、出された紅茶を飲んで、少し世間話をして──」

 

( ゚д゚ )「そしたら急に、君と別れてほしいって言われたんだよ。

     最初は金を出されたな。

     つっぱねたら、ゲームを持ちかけられた」

 

(´・_ゝ・`)「ゲーム?」

 

( ゚д゚ )「シンプルな知恵比べだ。

     互いに問題を出し合って、先に三つ間違えた方の負け。

     ジャンルは俺の得意分野で」

 

 何だか、ここにきて祖母と孫の血の繋がりを感じた。ゲームを持ち出す辺りに。

 

('、`*川「ということは……ええと、言語類型論?」

 

(´・_ゝ・`)「げんごるいけい」

 

('、`*川「色んな国の言葉を研究するの」

 

 たぶん、だいぶ割愛された説明なのだろうなというのは察する。

 

175:名無しさん:2023/10/05(木) 20:48:31 ID:h4Qb44y20

 

( ゚д゚ )「ああ。それで、俺が負けたら別れろと言われた」

 

£°ゞ°)「こっちに有利ったって、そんなの乗る必要なくない?

      俺だったら無視して帰るな」

 

 瞬間、ミルナの眉間に深い皺が刻まれた。

 怒り──悲しみ──

 

 違う。

 恐怖だ。

 

 今度は失敗せずにコーヒーを飲み下して、彼は続けた。

 

176:名無しさん:2023/10/05(木) 20:49:07 ID:h4Qb44y20

 

( ゚д゚ )「俺だってそうするつもりだったさ。謝って帰ろうとしたよ。

     そしたらお祖母さんがな」

 

 

( ゚д゚ )「──『君がさっき飲んだ紅茶には、毒が入ってたんだ』と」

 

 

 「どく」。

 ペニサスが呆然とした声で繰り返す。

 

177:名無しさん:2023/10/05(木) 20:49:54 ID:h4Qb44y20

 

( ゚д゚ )「本気で言ってるのかは分からなかった。

     ……逆に、嘘なのかも分からなかった。

     君の方がよく知ってるだろうが、あの人はいつも冷静な顔をしていたから」

 

( ゚д゚ )「その顔で、どんな薬品なのか、どう効果が出るのかを淡々と説明するんだ。

     内容なんかまるで頭に入らなかったけどな。

     ……そして最後に、『勝負を受けるなら解毒剤をやる』って……」

 

('、`*川「……それで応じたの」

 

 ミルナは頷く。

 

( ゚д゚ )「彼女が怖くて仕方なくて、解毒剤と言われたものを飲んだ後も逃げる気にならなかった。

     ……そうして、互いに問題を出していった」

 

( ゚д゚ )「あっという間に負けたよ。

     ラテン語に詳しいのはまだ分かるけど、エジプト語のことまで知ってるんだ、あの人」

 

£°ゞ°)「エジプト語なんてあるの? エジプトで使われるのってアラビア語じゃ?」

 

( ゚д゚ )「いわゆる死語ってやつだよ。もう、とっくに使われてない」

 

178:名無しさん:2023/10/05(木) 20:52:08 ID:h4Qb44y20

 

 ──そのようにしてゲームに負けた後。

 彼はクールに言われるままペニサスをこっぴどく突き放して、

 周囲の人間に対して彼女の悪評を振りまいたそうだ。

 

 そんな馬鹿げた指示にも従ってしまうほど、

 理知と狂気が入り混じったクールの存在が恐ろしかった。

 

 

( ゚д゚ )「酷いことをしたのは分かってるよ。

     申し訳ないとも思ってる。何度も謝りたかった」

 

( ゚д゚ )「でも、あの日のことが怖くて……君に近寄りたくなかった」

 

 カップの残りを呷って、彼は腰を上げた。

 

( ゚д゚ )「俺、コーヒーって好きじゃないんだ」

 

('、`*川「うん……知ってる。だから今日、ちょっと驚いた」

 

( ゚д゚ )「……あの日からしばらく、人が淹れた紅茶を飲めなくなった。

     最近やっと平気になってきたところなんだ。

     でも今日、君に会うことになったら──また飲めなかった……」

 

( ゚д゚ )「本当にごめん。でも、もう俺に関わらないでほしい」

 

 ペニサスは俯いて、何も答えない。

 代金は全部払っておくからと告げ、ミルナはカウンターへと向かっていった。

 

179:名無しさん:2023/10/05(木) 20:53:10 ID:h4Qb44y20

 

£°ゞ°)「ペニサスちゃんは何も悪くないのにねえ」

 

 ロミスが呟く。

 それにも、彼女は何も言わない。

 

 ──直後、ミルナが去ったばかりの椅子に、どっかと座る男がいた。

 

  _

( ゚∀゚)「よう」

 

 

 長岡ジョルジュ。

 

180:名無しさん:2023/10/05(木) 20:55:13 ID:h4Qb44y20

 

(´・_ゝ・`)「げ」

  _

( ゚∀゚)「『げ』って何だよ」

 

(´・_ゝ・`)「つい出た」

 

 初対面であるロミスにジョルジュを紹介してやると、ロミスまで「げーっ」と鳴いた。

 

£;°ゞ°)「え、兄者君が言ってた奴? 何でいんの怖っ! キモ! ストーカー?」

 _

(;゚∀゚)「ミルナに頼まれたんだよ! 別の席から見張っててくれって!」

 

(´・_ゝ・`)「見張るって、何を」

  _

( ゚∀゚)「……ペニサスが、ミルナの飲み物に何か入れたりしないかって」

 

 げえーっ。

 ロミスの声は先ほどより長く、嗄れていた。

 

£°ゞ°)「最悪」

  _

( ゚∀゚)「酷いとは思うけどよ、まあ気持ちは分かるぜ。

     あんなことがあったんだから」

 

181:名無しさん:2023/10/05(木) 20:57:01 ID:h4Qb44y20

 

(´・_ゝ・`)「そういや、あんたは?

        あんたも伊藤クールに命令されてペニサスと別れたのか」

  _

( ゚∀゚)「まあお察しのとおり?」

 

 彼の場合もミルナと同じ流れだったという。

 金を出されて、それを断ったらゲームを提案されて。

 さらに断ろうとしたら、飲み物に毒を入れたと言われて。

  _

( ゚∀゚)「つっても、俺は毒の話は信じちゃいなかったけどな。

     そんな作り話までして必死なんだな、じゃあ相手してやるか、

     俺の得意分野ならイケるしと思って」

 

£°ゞ°)「それでボロ負けしたんだ」

 _

(;゚∀゚)「何で『ボロ』が付くんだよ! ……まあ、ゲームはすぐ終わったけど」

 

(´・_ゝ・`)「惨敗したんだな」

 _

(;゚∀゚)「うっせえな!」

 

182:名無しさん:2023/10/05(木) 21:00:31 ID:h4Qb44y20

 

£°ゞ°)「ていうかミルナ君帰ったんだし、ジョルジュ君ももう用事ないでしょ。帰ったら?」

  _

( ゚∀゚)「ンだよ、伊藤さんのことで思い出したことがあったから伝えに来てやったのによ」

 

(´・_ゝ・`)「それを言えよすぐに」

 

 正直、彼とこれ以上話したくはなかったが。

 そんなことを言われてしまえば、聞かないわけにもいかない。

  _

( ゚∀゚)「ったく、失礼な奴ら。

     ……ありゃ去年の秋頃だったかな。

     うん、ハロウィンの特設コーナーの準備してたから秋だ」

  _

( ゚∀゚)「伊藤さんが図書館に来てよ、俺に声かけてきたんだ。

     何かやけに楽しそうっつうか、テンション高いっつうか……。そんで──」

 

183:名無しさん:2023/10/05(木) 21:01:30 ID:h4Qb44y20

 

  _

( ゚∀゚)「『君たちのことを思い出していたら、鍵に繋がったんだ。面白いね。

     ペニサスと出会ってくれてありがとう』……だったかな。

     細かくは覚えてねえけど、まあ大体こんな感じのことを」

 

 

£°ゞ°)「……どういうこと?」

  _

( ゚∀゚)「さあ。俺てっきり、よりを戻すお許しが出たのかと思ってよ。

     孫娘さんを僕にくださいって言ったら、それは駄目って断られたけど。

     んであの人、本読むでもなくそのまま帰ってったんだ」

 

(´・_ゝ・`)「何でずっと気持ち悪いんだお前。すごいな」

 

 女の引きずり度合いとしてはロミスも大概ではあるが。

 

184:名無しさん:2023/10/05(木) 21:03:21 ID:h4Qb44y20

 

 ──そこで咳払い。

 突然きりっと表情を引き締めたジョルジュは、ペニサス、と真剣な声で名前を呼んだ。

  _

( ゚∀゚)「分かってもらえたと思うけど。

     俺、お前と別れたくて別れたんじゃないんだよ」

 

('、`*川「……」

  _

( ゚∀゚)「むりやり引き裂かれたようなもんだ。

     でも、その原因になった伊藤さんはもういない」

 

('、`*川「……」

  _

( ゚∀゚)「つまり今の俺らの間には何の壁も──」

 

 こいつぶん殴ってやろうかなとデミタスが考えていると、

 ようやくペニサスが顔を上げた。それも勢いよく。

 

('、`*川「長岡君」

 _

(;*゚∀゚)「な、何、やっと俺の言葉届いた?」

 

('、`*川「おばあちゃんが言ったの、間違いない?

     私と出会ってくれてありがとうって」

  _

( ゚∀゚)「あ、うん。はい」

 

185:名無しさん:2023/10/05(木) 21:04:31 ID:h4Qb44y20

 

('、`*川「『君たち』って、じゃあ、長岡君やミルナ君たちのことかしら」

 

(´・_ゝ・`)「まあ、そう考えるのが自然じゃないか。今の話だと」

 

('、`*川「……エジプト語……」

 

 ミルナとのやり取りで茫然自失状態にあったのかと思っていたが、

 どうやら祖母の挙動について考えていたらしい。

 

('、`*川「長岡君、エジプトの神話とかもよく調べてたわよね」

  _

( ゚∀゚)「あ? ああ、まあ。その辺が好きな教授がいたから」

 

('、`*川「だからおばあちゃん、エジプト語なんて知ってたんだわ。

     長岡君と勝負するために勉強してたから……」

 

 

 もしかしたら、そうして学んでいったことが──

 

 「鍵」に繋がった?

 

186:名無しさん:2023/10/05(木) 21:08:19 ID:h4Qb44y20

 

(´・_ゝ・`)「長岡と別れる少し前に、祖母さんが何か言ってたんだよな?」

 

('、`*川「ええ。ファイナル市のこと、『真っ昼間みたいな名前の街』って」

  _

( ゚∀゚)「昼間ァ? むしろ夜だろ、ファイナルなんて言われたら。

     ……たとえばユダヤ暦じゃ日没が一日の終わりに当たるけど、それも真昼とは言えねえしなあ」

 

£°ゞ°)「何にせよ昼じゃファイナルの逆っぽいよねえ」

 

('、`*川「うん、そう、逆っぽいの。

     逆……ファイナルの逆って何?」

 

(´・_ゝ・`)「……ファースト? スタート。オープニング」

 

£°ゞ°)「ルナイアフ?」

 

 奇っ怪な響きに、ペニサスとデミタスは同時に首を傾げた。

 

187:名無しさん:2023/10/05(木) 21:10:05 ID:h4Qb44y20

 

('、`*川「なあに、それ」

 

£°ゞ°)「いや、ファイナルを反対から読んだだけ。

      ファ、イ、ナ、ル。ル、ナ、イ、ア、フ。ね?」

 

 しょうもないことを言うなとデミタスがつっこむ。

 

 直後、ジョルジュが吹き出した。

 くつくつ笑って何度も頷いている。

  _

( ゚∀゚)「ああ。はは、なるほどな? 上手いこと言うわ」

 

('、`;川「どうしたの長岡君、何か分かった?」

 

 必死な表情でペニサスが身を乗り出す。

 その様にどこかしらが満たされたのか、彼はにやけて、得意気に答えた。

 

188:名無しさん:2023/10/05(木) 21:13:00 ID:h4Qb44y20

 

  _

( ゚∀゚)「『ルナ』も『イアフ』も、月にまつわる神様の名前だよ。

     ルナはローマ神話、イアフはエジプト神話に登場する。

     んでどっちも、その名前自体がそれぞれラテン語とエジプト語で月を意味する言葉なんだ」

 

.

 

189:名無しさん:2023/10/05(木) 21:14:30 ID:h4Qb44y20

 

(´・_ゝ・`)「……月……」

 

£°ゞ°)「といえば夜」

 

('、`;川「……その逆だから、真っ昼間」

 

 ソファに座る3人は顔を見合わせる。

 そして、一斉にジョルジュへ視線を戻した。

 ペニサスなどは彼の手を握りしめさえしたが、それを咎める気にはならなかった。

 

('、`;川「あ、ありがとうっ、ありがとう長岡君!」

 

(´・_ゝ・`)「初めて役に立ったな」

 

£°ゞ°)「意外と賢いんだねジョルジュ君」

  _

( ゚∀゚)「3分の2から馬鹿にされてる気がする」

 

('、`;川「これでも本当に頭いいのよ長岡君はっ」

  _

( ゚∀゚)「3分の3になった」

 

 するりと離れていった手を名残惜しげに見つめ、ジョルジュは頬杖をついた。

 拗ねたように眉根を寄せる。

 

190:名無しさん:2023/10/05(木) 21:16:07 ID:h4Qb44y20

  _

( ゚∀゚)「……へーへー。勉強だけは出来ましたよ、俺は。

     だからペニサスも付き合ってくれたんだもんな」

 

('、`*川「え?」

  _

( ゚∀゚)「お前、目が丸くて頭いい男に弱いんだよ。

     自分の祖母さんみたいだからさ。

     読書サークルなんかに入ってたのも似たような理由だろ」

 

 ──ペニサスの周りを漂っていた浮かれた空気が、

 まるで上から押さえつけられたかのように、すとんと沈んだ。

 

 溜め息をつきながらジョルジュは椅子を引く。

  _

( ゚∀゚)「何か俺いいことしたみたいだし、今日はヒーローのまま帰るわ。

     また連絡くれよ」

 

.

 

191:名無しさん:2023/10/05(木) 21:17:19 ID:h4Qb44y20

 

 窓際のテーブルに3人が残される。

 ペニサスは何か考え込むように、あるいは何も思い浮かんでいないかのように

 瞳を揺らしていた。

 

 

 

 ──どうして今だったのかは分からないが。

 

 唐突にデミタスの頭の中に、粉末入りの小瓶が浮かび上がった。

 

 

 

192:名無しさん:2023/10/05(木) 21:18:43 ID:h4Qb44y20

 

 

 あの後、ふわふわした空気のままデミタスたちも店を出た。

 ふわふわ。着地点を見失ったような、居心地の悪い浮遊感。

 

 一人で考えたいというペニサスを家まで送り、二人でアパートに帰ってくる。

 

£°ゞ°)「あ」

 

 アパートの前に停まる黒い車に、ロミスが声をあげた。

 ──ボスが移動する際に使用する車だ。

 

 ちょうどそのタイミングで姉者の部屋、101号室のドアが開いた。

 そこから出てきたのは姉者でも彼女の弟でもなく、

 

( ^ω^)「お。やあデミタス、ロミス」

 

 ボスとオサムの二人。

 ボスはいつもどおりの様相で。一方、オサムは少し乱れた服を整えながら。

 

193:名無しさん:2023/10/05(木) 21:20:16 ID:h4Qb44y20

 

(´・_ゝ・`)「……どうも」

 

£°ゞ°)「こんばんは、ボス」

 

( ^ω^)「うん。今日は進展があったかお?」

 

(´・_ゝ・`)「はい、たぶん」

 

 そう答えてから、はっとした。

 ──ああ、進んでしまったのだ。

 

( ^ω^)「おっおっ、それはそれは。おいでロミス、報告頼むお」

 

£°ゞ°)「分かりました」

 

【+  】ゞ゚)

 

 わざとデミタスに肩をぶつけるようにしながらオサムがすれ違う。

 そして、3人を乗せた車はゆるやかに発進した。

 デミタスはその場に立ち尽くして、車が角を曲がるまで見送って。

 

 振り返り、101号室の前に立った。

 部屋を出てきたときのオサムの仕草が無性に気になったのだ。

 

194:名無しさん:2023/10/05(木) 21:21:44 ID:h4Qb44y20

 

 インターホンに指を伸ばしかけたところ、ドアがうっすら開いていることに気付く。

 ろくに考えもせずにドアノブを掴み、そのまま開いた。

 

 

 ──生々しい匂い。

 

 部屋の奥に置かれたベッド。

 皺くちゃのシーツの上で、姉者が布団に包まっている。

 その隙間から丸い肩が素肌のまま覗いていた。

 

 

∬´_ゝ`)「不躾すぎない?」

 

(´・_ゝ・`)「……いや。……悪い」

 

 それはデミタスにはひどく衝撃的な光景で。

 言葉を失った。

 

 何となく、このアパートにそういうものは無縁だと思っていた。

 

195:名無しさん:2023/10/05(木) 21:22:38 ID:h4Qb44y20

 

 聞こえよがしに溜め息をつく彼女は、億劫だろうに、寝転がったまま

 デミタスのために解説を寄越してくれる。

 

∬´_ゝ`)「たまにボスが見たがるの。

      『お気に入り』たちがべちゃべちゃやってるとこ」

 

(´・_ゝ・`)「……それで……オサムと?」

 

∬´_ゝ`)「あいつ、女抱けるのよ。意外よね。

      ボスのまあるいお尻にしか興味ないのかと思ってた」

 

 品のない冗談を垂れ流してけらけら笑う声は、すぐに止んだ。

 枕に顔を埋める。

 

∬´_ゝ`)「あんた、あの女、いつになったら殺すの」

 

(´・_ゝ・`)「は……」

 

196:名無しさん:2023/10/05(木) 21:24:12 ID:h4Qb44y20

 

∬´_ゝ`)「あいつ嫌い。周りに甘えて暮らして、一時でも優しい人に愛してもらえたくせに

      まだ生き足りないってわがまま言って、泣いたら許してもらえるの」

 

 枕に吸われた声は、くぐもって所々聞き取りづらい。

 デミタスはずっと言葉を見付けられないでいる。

 

∬´_ゝ`)「……嘘。顔褒めてくれたから嫌いじゃない」

 

 鼻をすすって、姉者は頭を上げた。

 目元こそ赤いが涙は出ていなかった。

 

∬´_ゝ`)「やだな。今日はオサムが相手だからマシな方だったのに、最低な気分」

 

 他にも相手をさせられることがあるのか、と思ったが、

 彼女の視線が102号室の方角へ向いたことに気付き、

 馬鹿正直に訊ねるのを寸でのところで堪えた。

 

 布団を被ったまま体を起こして、姉者は床に手を伸ばした。

 落ちていた化粧品を拾い上げる。

 

∬´_ゝ`)「ロミスは?」

 

(´・_ゝ・`)「……ボスのところに行った」

 

197:名無しさん:2023/10/05(木) 21:26:15 ID:h4Qb44y20

 

∬´_ゝ`)「帰ってきたら、あいつ連れてまた来てよ。

      とっておきのメイク道具であいつの顔に落書きしてやるから」

 

 暗に出ていけと言われている──ことにデミタスは気付けなかったが、

 ここに留まる理由もないので、無言でドアを閉めた。

 

 ひどく悲しいような、でもその当事者は自分でないような、そんな気持ちが体中を満たしていた。

 

 

 

 そうして一時間後。発言を真に受けたデミタスがロミスを連れて101号室を訪れると、

 事の名残をすっかり洗い流した彼女はまたけらけら笑って、

 宣言どおりにロミスと、ついでにデミタスの顔に落書きを施して遊ぶのだった。

 

 

 

198:名無しさん:2023/10/05(木) 21:28:10 ID:h4Qb44y20

 

 

 

   『じゃあ頑張らなきゃ』

 

   『俺ね、デミタス君にも同じ気持ちになってほしかったけど、

    なってほしくもないんだよ』

 

   『あの女、いつになったら殺すの』

 

 

 

 ずっと。

 ずっと、色んな人の顔と言葉が頭に浮かんで、代わりに何かが腹に溜まっていく。

 

 

.

 

199:名無しさん:2023/10/05(木) 21:30:01 ID:h4Qb44y20

 

 翌日は特にどこへ行くとも決めていなかったので、昼、単身でペニサスの家へ赴いた。

 

('、`*川「いらっしゃいデミタス君」

 

(´・_ゝ・`)

 

('、`*川「昨日から色々考えたんだけどね、結局

     長岡君が言ってたこと以上のとこまで進まなくて……」

 

(´・_ゝ・`)

 

('、`*川「でも気になるものはあったの。だからそれを、」

 

 玄関先。

 待ちくたびれたとばかりに、デミタスを招き入れることも忘れて

 次々に言葉を紡ぐペニサス。

 

 その口が止まった。

 デミタスが抱きしめたからだ。

 

200:名無しさん:2023/10/05(木) 21:30:50 ID:h4Qb44y20

 

 ペニサスは拒むでもなくそのままの体勢でいてくれて、

 やがて、そろそろとデミタスの背に腕を回してきた。

 

('、`*川「どうしたのデミタス君。あの、玄関じゃ恥ずかしいから……」

 

(´・_ゝ・`)「殺さなくていいなんて嘘だ」

 

 華奢な腕が、急にプラスチックみたいに固まったように感じた。

 

 

201:名無しさん:2023/10/05(木) 21:32:46 ID:h4Qb44y20

 

('、`*川「え?」

 

(´・_ゝ・`)「『鍵』を見付けたら殺せとボスに言われてた。それだけは絶対だって」

 

 何秒か。それとも何分か。

 まさか何時間も経ったわけはないだろうが、だとしてもおかしくないと思える程度には、長い沈黙があった。

 

('、`*川「どうして嘘ついたの」

 

(´・_ゝ・`)「……」

 

('、`*川「そう言わなきゃ、私がやる気を出さないから?

     助けてやるって餌ぶら下げて、私を頑張らせるため?」

 

(´・_ゝ・`)「違う」

 

('、`*川「じゃあ何で。

     ……自分から一生懸命に死にに行こうとする私のこと、笑うため?」

 

(´・_ゝ・`)「違う……」

 

 手を下ろしたペニサスは、今度はデミタスの胸を押し返そうとした。

 離すまいとデミタスの腕に力がこもる。

 

202:名無しさん:2023/10/05(木) 21:34:21 ID:h4Qb44y20

 

('、`*川「なんで……」

 

('、`*川「何で、今、言ったの……」

 

 声は困惑に震えている。

 これからもっと困らせてしまうことは分かっていたが、

 それでもデミタスは言わなければならなかった。

 

(´・_ゝ・`)「あんたの祖母さんと同じになりたくなかったから」

 

 

 ──伊藤クールが何を思って孫の恋人たちを遠ざけたのか、その意図はまるで想像もつかないが。

 ただ、たとえ別れようとも、ペニサスはまた新しい恋人を見付けていた。

 

 そう。

 追い払ったって、いずれ新手はやって来る。

 

 

 それは殺し屋だって同じだ。

 

.

 

203:名無しさん:2023/10/05(木) 21:36:18 ID:h4Qb44y20

 

(´・_ゝ・`)「祖母さんからもらった毒は、あれ一本だけだったか」

 

('、`*川「どうしてそんなこと訊くの」

 

(´・_ゝ・`)「一本だけか」

 

 答えを知っているくせに質問を重ねた。

 先日3人で家の中を漁って回ったとき、あれ以上の毒瓶は出なかった。

 

('、`*川「……一つだけだったけど。それが何?」

 

(´・_ゝ・`)「じゃあ、やっぱりおかしい」

 

 

 刺客を返り討ちにするための毒だというのなら、

 ──何故、一本だけだったのだ。

 

 

 もしもデミタスがまんまと毒殺されたとしても、

 その後すぐに別の人間が差し向けられたはず。

 それはデミタスも1日目に似たようなことを言って釘を刺している。

 

 クールが評判どおりの才人ならば、それくらいの予測は立てられるだろう。

 なのに、あの毒の致死量は小瓶一本分で、ペニサスが持たされたのも一本だけ。

 一人に使ったらもう後はない。

 

 デミタスがそう語るごとに、ペニサスの手からは力が抜けていった。

 

204:名無しさん:2023/10/05(木) 21:38:03 ID:h4Qb44y20

 

(´・_ゝ・`)「祖母さんは、誰に毒を使えって言った?」

 

('、`*川「そんなの……」

 

(´・_ゝ・`)「あんたを殺しに来た奴に使えと言ったか? はっきりと?」

 

('、`*川「誰に、って、はっきり言ったわけじゃないけど。

     『お前を殺しに来る奴がきっといるから、使いなさい』とは」

 

 答える語尾は段々と小さくなっていった。

 彼女も同じ結論に至ったらしい。

 

 

(´・_ゝ・`)「それは、あんたに飲めと言ってたんじゃないのか」

 

 

 あれはたった一人のための毒なのだ。

 

 だから匂いや味の有無も説明しなかった。

 だって、誰かにこっそり飲ませることなど想定していない。

 

 ──殺し屋が来たらきっと怖い思いをするから、と脅して怯えさせて。

 それが嫌なら飲みなさいと。

 

 自分が死んだら、すぐに後を追えと。

 そういう意味の。

 

205:名無しさん:2023/10/05(木) 21:40:04 ID:h4Qb44y20

 

 再び胸を押された。

 先ほどよりずっと弱々しく、もはや添えられた程度でしかなかったが、

 おとなしくデミタスは身を引く。

 

 彼女の顔は濡れていた。

 

(;、;*川「『死ね』って? おばあちゃんが私に?」

 

(´・_ゝ・`)「きっとそういうことだった……んだと思う」

 

(;、;*川「何よ。あなた、私がおばあちゃんのことを殺したみたいなこと、前に言ったくせに。

     次はおばあちゃんが私のこと殺したがってたなんて言うの」

 

(´・_ゝ・`)「でも、あんたも納得したんじゃないのか。今」

 

(;、;*川「……」

 

 ふふ。

 厚ぼったい唇から笑うような声が漏れたが、目も口も、ちっとも笑っちゃいない。

 

(;、;*川「そうね。そうみたい。そうだったんだ。

     ──私、みんなに死んでくれって思われてるのね」

 

(;´・_ゝ・`)「違う!」

 

 珍しく大きな声が出て、ペニサスもデミタス自身も驚いた。

 ただ、その勢いのおかげで淀みなく言葉が落ちていく。

 

206:名無しさん:2023/10/05(木) 21:41:20 ID:h4Qb44y20

 

(;´・_ゝ・`)「僕は違う。

        あんたに生きてほしい。殺したくない。

        だから嘘をついたんだ。──本当に殺さずに済めばいいって思ったから」

 

(;、;*川「……」

 

(;´・_ゝ・`)「……僕は」

 

(;´・_ゝ・`)「生きてるあんたと一緒にいたい」

 

 口にしたら、腑に落ちた。

 ただ生きているだけじゃ物足りない。

 傍にいるのがいい。──たぶん。きっと。

 

207:名無しさん:2023/10/05(木) 21:42:51 ID:h4Qb44y20

 

(´・_ゝ・`)「まだ思いついてないけど……僕が何とかするから。

        どうにかあんたを生かすから。一緒にいてほしい」

 

 言えば言うほど納得がいく心持ちではあるが、

 自分がどのようなことを口走っているのかまでは理解できていない。

 

 とにかくもやもやした思いを分解して、より鮮明な形を得られるのが気持ちいい。

 言葉を乗せた舌だけでなく、脳も心地よい。

 

 ふふ、とペニサスが息を漏らす。

 先よりはもう少し笑みに寄っていた。

 

(;、;*川「今そんなこと言われたら、私、命が惜しくて頷いたみたいになっちゃう」

 

 それでもいいから頷いてほしかった。

 デミタスが傲慢な望みを持て余していると、ぎゅうと抱きしめられた。

 だが、それを知覚するよりも早く体を離される。

 

208:名無しさん:2023/10/05(木) 21:44:06 ID:h4Qb44y20

 

(;、;*川「だめ、私今日、まともに頭回んない。

     せっかく来てくれたのにごめんなさい、また明日来て。

     それからちゃんと考えましょう。生きるために出来ること」

 

(´・_ゝ・`)「うん」

 

 まったくもってこれからどうすべきかの見通しは立っていないが。

 だが、まだ多少は時間がある。

 

 10月半ば。冬までは、まだ遠い。

 

 

 

209:名無しさん:2023/10/05(木) 21:45:29 ID:h4Qb44y20

 

 

 昨夜とはまた違った意味合いでふわふわしたまま帰ると、アパートの前に車があって、ボスがいた。

 階段横に設置された小型の宅配ボックスに浅く腰掛けている。

 

 アパートを連日で訪れるなど珍しい。

 そこにイレギュラーを感じ取り、デミタスの歩みが遅くなる。

 

(´・_ゝ・`)「……こんにちは、ボス」

 

( ^ω^)「デミタス」

 

 ボスが地面を指差すので、彼の前、コンクリートの上に膝をついた。

 ざらついた表面がジャージ越しに脚を刺す。

 

210:名無しさん:2023/10/05(木) 21:46:18 ID:h4Qb44y20

 

 

( ^ω^)「あのね。今日から202号室は空き部屋になるお」

 

(´・_ゝ・`)「……は……」

 

 202号室。

 デミタスの隣。

 

 ロミスの部屋。

 

.

 

211:名無しさん:2023/10/05(木) 21:47:28 ID:h4Qb44y20

 

( ^ω^)「先日、兄者と姉者から報告があったんだお。

       お前がずいぶんとターゲットに入れ込んでるようだと」

 

 

 どうして。

 

 

( ^ω^)「それがロミスの話と食い違ってるんだおね。

       昨日の報告でもそうだった」

 

 

 どうして。

 

 

( ^ω^)「これはどうしたことかと思って僕なりに一晩考えたんだけど、結論が出なくて。

       だから本人に詳しく聞きに来たんだお。

       そしたら、やっぱりどうも僕にたくさん嘘をついていたみたいだったから」

 

 

 どうして。

 

212:名無しさん:2023/10/05(木) 21:48:29 ID:h4Qb44y20

 

( ^ω^)「お仕置きに、あいつが大事にしてた瓶を割ったら

       なんと僕に掴みかかってきたんだお」

 

 

 どうして。

 

 

( ^ω^)「ロミスは僕を裏切った。だから今、オサムに処理を任せてるお」

 

 

 全ての説明が順番どおりになされているはずなのに、頭は理解を拒んで同じ問いを繰り返す。

 どうして。

 

213:名無しさん:2023/10/05(木) 21:50:08 ID:h4Qb44y20

 

 ──二階でドアが開いた。

 

【+  】ゞ゚)

 

 202号室から現れた男の奇妙な面やグレーのスーツには、多量の血が飛び散っている。

 

 目の前の太った男の話も、

 何が起きているのかも、

 さっぱり分からない。

 

( ^ω^)「おつかれ、オサム。どうなったお?」

 

【+  】ゞ゚)「きちんと殺しました。後で片付けさせます。

        案外抵抗が少なかったので、部屋の汚れは大したことありません」

 

( ^ω^)「うん、それは良かった。壁の張り替えもただではないからね」

 

 鼻梁に飛んでいた血を指で拭ってやって、にやけ面はデミタスに向き直った。

 

214:名無しさん:2023/10/05(木) 21:51:51 ID:h4Qb44y20

 

( ^ω^)「……伊藤ペニサス。伊藤。伊藤。伊藤。

       やっぱりあの家の女は駄目だお。全部持っていこうとする。

       人の大事なものを奪って食い散らかしていく売女ども」

 

 デミタスの鼻先をつまむ。

 やはり汚したくはないらしく、血が付いていない方の手で。

 

( ^ω^)「デミタス。悪いけど、お前がこれ以上騙されてしまわないように

       制限時間を短くしようね」

 

215:名無しさん:2023/10/05(木) 21:54:34 ID:h4Qb44y20

 

 

( ^ω^)「あと3日の内に薬のことを調べ上げて、あの女を殺しなさい」

 

.

 

216:名無しさん:2023/10/05(木) 21:55:17 ID:h4Qb44y20

 

 

 

 もう、分からない。何も。

 

 

 

 

 

■中編 終わり

 

217:名無しさん:2023/10/05(木) 21:56:42 ID:h4Qb44y20

 

 

◆鼻糞丸めて万金丹(まんきんたん)

 …薬の原料は意外とつまらないものが多いという例え

 

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