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(´・_ゝ・`)麻殻に目鼻を付けたようです

224:名無しさん:2023/10/09(月) 21:51:17 ID:UPXMXGIo0

 

 よくデミタスのことを怒鳴ったり足蹴にしたりする叔父が床に頭を擦りつけて謝りたおすので、

 その前に立っている人たちは、よほど偉い人か怖い人なのだろうなと思った。

 

 結果的にはその両方だったらしい。

 何らかの失敗を責められた叔父はその場で散々殴られた末に動かなくなって、

 運びやすいようにか捨てやすいようにか、細かくされていった。

 

(´・_ゝ・`)

 

 デミタスは部屋の隅に座ってそれを眺めていた。

 叔父の、どの部位がどういった状態になったのかは知らないが、

 赤くぼこぼこした内側が目に入って、透明感のないイクラみたいだなとぼんやり考える。

 

 

225:名無しさん:2023/10/09(月) 21:52:26 ID:UPXMXGIo0

 

 作業していた内の一人が近付いてきた。

 同じ目に遭わされるのかもしれないと想像はしつつも、

 もう長いこと体も頭もまともに栄養を与えられていなかったので、逃げる気力がない。

 

 そいつはデミタスの顔を覗き込むと、しげしげと眺めまわした後に振り返った。

 

『ボス』

 

 その声に、ずっと作業を傍観していた肥満気味の男が寄ってくる。

 「ボス」は屈み込んで同じように顔を見つめてきた。

 数秒後、嬉しそうに一声あげる。

 

( ^ω^)『……おっ!』

 

 ──余談だが。

 後に、このとき同行していたのがお面の男でなくて良かったなと誰だったかに言われた。

 彼がいたら、「ボス」に気付かれる前に顔を潰されていただろうとのことだ。

 

 

226:名無しさん:2023/10/09(月) 21:53:46 ID:UPXMXGIo0

 

 風呂に入れられ、着替えさせられ、飯を食わされ、

 気付けば知らない土地に連れてこられていた。

 

 その間、色々と質問されたり他愛ない話題を振られたりしたが、

 先述のとおり頭がろくに回らないので心のままに答えていたら、

 それをいたく気に入られたようだった。じゃあ今後もそうしよう、と思った。

 

 

 アパートの一部屋を与えられる。

 隣人だと紹介されたのは、同年代であろう、

 高校生ほど──デミタスも彼も高校に通っていなかったが──の少年だった。

 

( ^ω^)『隣同士だから、仲良くするんだお』

 

£°ゞ°)『はあい』

 

 少年はへらへら笑いながらデミタスの手を握った。

 

£*°ゞ°)『何歳? へえ、俺の一個上だ。

      わあ、こんなに歳近い友達って初めて! 嬉しいな』

 

 会ったばかりで何も知らない相手が友達なもんか、と思ったし、そう言った。

 

 

227:名無しさん:2023/10/09(月) 21:55:07 ID:UPXMXGIo0

 

 

£°ゞ°)『えー、デミタス君ってテレビ全然見たことないの?

      11時から俺が好きな番組やるから見てよ』

 

 

£*°ゞ°)『ここのコーヒー美味しいんだよ。飲んで飲んで。今日は俺の奢り』

 

 

£*°ゞ°)『ねえねえデミタス君──』

 

 

 友達なもんか。

 

.

228:名無しさん:2023/10/09(月) 21:55:46 ID:UPXMXGIo0

 

 

 

■後編:命乞い

 

 

.

​229:名無しさん:2023/10/09(月) 21:56:47 ID:UPXMXGIo0

 

 ふらふらと202号室に向かう。ドアは開いている。

 

 中に入ると、部屋の真ん中に血まみれの死体があった。

 紫色のツナギに包まれた体はぴくりとも動かない。

 予想どおり、本当に死んでいる。

 

∬´_ゝ`)「……」

 

 そして予想外に、奥の壁にもたれて姉者が座り込んでいた。

 昨夜彼女がとっておきだと自慢していた高級化粧品が辺りに散らばっている。

 

 腹を押さえながらぼうっと死体を眺めていた彼女は、ゆっくりこちらを見た。

 億劫だろうに。今日もデミタスのために解説をくれる。

 

 

230:名無しさん:2023/10/09(月) 21:58:04 ID:UPXMXGIo0

 

∬´_ゝ`)「……昨日あんたたちに落書きしたとき、妙にすっきりして、楽しかったから。

      今日もやってやろうと思って、遊びに来てたの」

 

(´・_ゝ・`)「うん」

 

∬´_ゝ`)「そしたらボスとオサムが来て、あんたのことを私たちに確認し始めて……」

 

(´・_ゝ・`)「うん」

 

∬´_ゝ`)「私とロミスのどっちが嘘をついてるのかってオサムが訊いてきた。

      そのときに私がお腹を蹴られたもんだから、

      ロミスの奴、すぐに全部白状したのよ。……馬鹿な奴」

 

 デミタスは首を横に振った。

 

(´・_ゝ・`)「……元はといえば、僕が、ちゃんとしてなかったせいだ」

 

 姉者も、首を振る。

 

∬´_ゝ`)「あいつが勝手に嘘ついたせいよ」

 

 

 何かの間違いなのではないか。

 いずれ汚れたツナギをまとった体が、ひょっこり起き上がるのではないか。

 そう思ってしばらく待ったが、テーブルの上のデジタル時計が数字を進める以外、室内には何の変化もなかった。

 

 

 

231:名無しさん:2023/10/09(月) 21:58:45 ID:UPXMXGIo0

 

 

 すぐにペニサスの元へ戻った。

 彼女は驚いたものの、デミタスの様子が平生と異なるのに気付くと

 いつものように招き入れてくれた。

 

 

 

 ──ダイニングテーブルを挟んで向かい合う。

 

('、`*川「……あと3日」

 

 制限時間のことを伝え聞いたペニサスは青ざめ、呆然とテーブルを見つめた。

 そのまま唇を震わせていたが、思いついたように顔を上げる。

 

 

232:名無しさん:2023/10/09(月) 21:59:52 ID:UPXMXGIo0

 

('、`;川「ろ、ロミス君。ロミス君に相談できないかしら」

 

(´・_ゝ・`)「……ロミスは……」

 

 迷った末、正直に全てを話した。

 この期に及んで、彼女に嘘も隠し事もするべきではない。

 

 ──聞き終えたペニサスは先ほど以上に呆然として、

 

('、`*川「……そうなの」

 

 それだけ呟き、押し黙った。

 デミタスも次の言葉が出てこない。

 二人とも俯いて、しばらくそうしていた。

 

 

 

 どれくらい経ったろう。

 対面で頭を擡げる気配を感じ、デミタスは視線を上げた。

 

('、`*川

 

 ペニサスの目に力がこもっているように見えた。

 最近のおどおどした瞳でも、以前の演じていた目つきでもない。

 それでも少しだけ潤んではいたが。

 

 

233:名無しさん:2023/10/09(月) 22:01:00 ID:UPXMXGIo0

 

('、`*川「たった3日で、ここから逃げる準備なんて出来ないでしょう。私たち」

 

(´・_ゝ・`)「ああ」

 

 たとえ街から出られたとしても、必ずボスが追っ手を差し向ける。

 それを躱し続ける術もない。

 

 だから、出来ることといったら──

 

(´・_ゝ・`)「引き続き、祖母さんの研究について調べよう。

        何としても『鍵』を突き止めるんだ」

 

 武器を手に入れること。

 

 交渉材料としてか、はたまた別の用途としてかは、見付けてから考える。

 

('ー`*川「私も今、そう思ってた」

 

.

 

 

234:名無しさん:2023/10/09(月) 22:03:24 ID:UPXMXGIo0

 

 そんなわけで、早速話し合いを始める。

 

(´・_ゝ・`)「さっき、初めに僕が来たときに何を言いかけてた?」

 

('、`*川「ええとね、いくつか気になったの。

     まず、そもそも何でおばあちゃんは研究のことを隠したのかしらと思って。

     チームでやってたことなのに急に一人でこそこそ進め出したの、おかしいじゃない?」

 

(´・_ゝ・`)「共有してしまったら、誰かが外部に漏らす可能性が高まるから。とか」

 

('、`*川「それを言ったら、どんな薬であっても同じことだわ。

     なのに何でこの件だけそこまで警戒したのか……。

     おばあちゃんが何を考えてたのか知りたい」

 

('、`;川「それと──……うう、考えることが多くて頭がごちゃごちゃする。

     一旦まとめさせて」

 

 彼女は立ち上がるとキッチンへ引っ込んだ。

 少しして、二人分のマグカップを持って戻ってくる。コーヒーの匂い。

 差し出されたカップを受け取り、息を吹きかけてから一口含んだ。

 

 香りが鼻を抜け、薄甘い苦味が舌に染み、口内がぽかぽかと温まる。

 そこで今さら、自分の体が冷え固まったように強張っていることに気付いた。

 コーヒーでそれを溶かしていくにつれ、視界が少しずつひらけるような感覚。

 

 

235:名無しさん:2023/10/09(月) 22:04:19 ID:UPXMXGIo0

 

('、`*川「いま知るべきなのは、

     おばあちゃん自身のこと。何を考えてたか、とか。

     したらば製薬に行ってみたいところだけど……」

 

(´・_ゝ・`)「会社は別の街にある。ファイナル市から出られない以上無理だ。

        あと、そっちはもう、ボスの手が触れてないところはないだろう」

 

 加えて、これだけ頑なに情報を隠しているならまず勤務先には痕跡を残すまい。

 ペニサスもそこは納得したらしく、「そうね」と首肯した。

 

('、`*川「次。おばあちゃんが市場で買ったものが、どこへ運ばれたか」

 

(´・_ゝ・`)「クックルが言ってたやつだな」

 

('、`*川「ええ。こっちはクックルさんの連絡待ちだから一旦置いとく」

 

 ──クックルといえば。

 

(´・_ゝ・`)「あの男は何か詳しい分野とかあったのか?

        手切れ金を受け取ったからゲームは仕掛けられてないだろうが、

        もし金を断っていたら、あいつも知恵比べを挑まれてた可能性は高いわけだろ」

 

 

236:名無しさん:2023/10/09(月) 22:05:16 ID:UPXMXGIo0

 

('、`*川「そう、それ、それも伝えなきゃいけなかったわね。

     クックルさん、海が好きだった。

     お父さんが船に乗ってたからだと思う」

 

(´・_ゝ・`)「泳ぐのが好きだったのか」

 

('、`*川「それもあったけど、どちらかというと『中』に興味があったみたい。

     海中の環境とか生態系とか、そういうの。

     たしか大学を受験するときも、そっち系に強いところを選んでたはず」

 

 一旦、二人とも口を閉じて噛み砕く。

 しかしその情報が今すぐ何かに繋がることもない。

 時間を惜しんでか、ペニサスが話を切り替えた。

 

('、`*川「──他に一度考えておくべきなのは、なおるよさんのこと」

 

(´・_ゝ・`)「なおるよ?」

 

('、`*川「……4人目の恋人で、事故で亡くなった人」

 

 

237:名無しさん:2023/10/09(月) 22:06:19 ID:UPXMXGIo0

 

 ペニサスはスマホを操作し、デミタスの手元に置いた。

 一人の男の写真が映っている。

 

 

[ ('(゚∀゚∩ ]

 

 

 目が丸い、と真っ先に思ってしまったのは、昨夜の喫茶店でのことがあったからか。

 

('、`*川「長岡君の言うとおりね。

     こういう顔で、頭のいい人に惹かれちゃうんだわ」

 

 自嘲めいた笑みを浮かべて彼女が言う。

 

('、`*川「内面で好きになったんだと思ってた。

     私、本当にちゃんと彼らのことを見てたのかしら。

     ──おばあちゃんの代わりみたいに、思ってなかったかしら……」

 

(´・_ゝ・`)「あんたが誠実に向き合ってたから、

        長岡とクックルは今もあんたに好感を持ってるんじゃないのか」

 

 その「好感」の性質が今では違うにしろ、少なくともペニサスに敵意は持っていない。

 ミルナも伊藤クールの影に怯えこそしていたが、

 当時はペニサスと真っ当に付き合っていたようだったし。

 

 取っ掛かりが何であれ、彼らと彼女は真剣に愛し合っていたはずだ。

 

 ペニサスは「ありがとう」と薄く薄く微笑んだ。

 

 

238:名無しさん:2023/10/09(月) 22:07:22 ID:UPXMXGIo0

 

('、`*川「──なおるよさんとは3年前、

     おばあちゃんの忘れ物を職場に届けに行ったときに出会ったの。

     彼は研修医で、その日はしたらば製薬に呼ばれたお医者さんの付き添いとしてたまたま来てた」

 

('、`*川「優しくて楽しい人だったわ。

     あと、星座占いが好きだった」

 

 手を伸ばしてきて、メッセージアプリを起動する。

 表示されたのはなおるよとのトーク画面。

 

 日付は3年前の冬だ。

 デートの約束をしていたらしく、朝から待ち合わせ場所の確認をとっている。

 その中で、ニュース番組内の占いコーナーの話題が出ていた。

 

『今日の僕の運勢は最下位だって』

 

『じゃあ出かけるのやめる?』

 

『あなたは一位だったから会えば中和できるかも』

 

 そのような、ゆるゆるとした応酬だった。

 

 

239:名無しさん:2023/10/09(月) 22:08:24 ID:UPXMXGIo0

 

 少し間があいて、なおるよからのメッセージ。

 

『ごめん。待ち合わせ、一時間後ろにずらせる?』

 

『お店で時間つぶすから大丈夫。まだ忙しかった?』

 

『ありがとう、本当にごめんね。忙しくはないけどちょっとした用が入っちゃって』

 

 それから、調整した後の待ち合わせ時間が近付いた頃。

 

『今から向かうね』

 

 ──以降、なおるよの発言はない。

 約束の時間を過ぎて、心配するペニサスのメッセージや発信履歴ばかりが続き、

 トーク画面の末尾に辿り着く。

 

('、`*川「……なおるよさん、この日に交通事故で亡くなったの。

     居眠り運転してたんですって」

 

('、`*川「出かけるの、ほんとにやめておけば良かった」

 

 図書館のカフェで占いの話題を振られた彼女が脳裏を過ぎる。

 悔いるような目をしていたペニサスが、我に返った様子でスマホをしまった。

 

 

240:名無しさん:2023/10/09(月) 22:09:29 ID:UPXMXGIo0

 

('、`*川「──占いが好き、っていうのとも、ちょっと違ったかも。なおるよさん。

     そんなに信じてるわけでもなかったし」

 

(´・_ゝ・`)「何だそりゃ」

 

('、`*川「西洋占星術そのものに興味があったのよ。

     占星術、分かる?」

 

(´・_ゝ・`)「よく知らない」

 

('、`*川「あらゆるものは天体の影響を受けている──っていう考え方でね、

     天体の位置や動きで吉凶を占ったりするの。星座占いもこれ。

     ……ごめんなさい、私も詳しいわけじゃないからちゃんと説明できないけど」

 

('、`*川「大昔には医術にも活用されてたんですって。

     それが面白かったみたいで、なおるよさん、学生のときに色々調べてたらしいの」

 

 興味があったにしても、単純な好奇心の類だったわけか。

 デミタスは顎をさすりながら今の話を反芻した。

 

(´・_ゝ・`)「天体……」

 

 ──ファイナル。ルナ。イアフ。

 月。

 

('、`*川「ね、気になるわよね」

 

 

241:名無しさん:2023/10/09(月) 22:10:44 ID:UPXMXGIo0

 

 伊藤クールは、ペニサスのかつての恋人たちにまつわる何かが「鍵」に繋がったと語った。

 おそらくジョルジュにおいては宗教学、ミルナは語学。それらが示したのは月という単語。

 なおるよが関心を持っていたのは天体と密接な関わりのある西洋占星術──

 

 でも、そこからどう考えればいいか分からないのだとペニサスが首を振った。

 

('、`*川「ネットであれこれ見てみたんだけど、それもなかなか……。

     こう、目当てのものがはっきりしない状態で漠然と広く情報が欲しいときって、

     ネットより本の方がいいのかもって気分になるわよね」

 

 デミタスはインターネットも本もよく見る方ではないので、同意を求められても

 へえ、としか返しようがない。

 

(´・_ゝ・`)「書斎に占星術の本は?」

 

('、`*川「なかった。だから、その……

     図書館に行きたいなって」

 

(´・_ゝ・`)「……あの?」

 

('、`*川「あの。市内で一番大きいし……」

 

 まあ。この際、好き嫌いは言っていられない。

 そうと決まれば、と二人は腰を上げた。

 

 

242:名無しさん:2023/10/09(月) 22:12:17 ID:UPXMXGIo0

 

( ´_ゝ`)「お、また行く? 今日は車ないからタクシー呼ぶか」

 

 

 間。

 

 

('、`;川「え!?」

 

 咄嗟に、デミタスは叫ぶペニサスの前に飛び出していた。

 ペニサスも縋るようにジャージを掴む。

 

 ダイニングの入口にしゃがみ込む兄者が、にかっと笑った。

 

( ´_ゝ`)「別に刺客とかじゃありませんて」

 

(´・_ゝ・`)「何でいる」

 

( ´_ゝ`)「ボスがずいぶん心配してたぞ。お前らのこと見張っとけってさ」

 

(´・_ゝ・`)「何で、中に、いる」

 

( ´_ゝ`)「玄関の鍵を、こうね。ちょちょいと。ロミス君仕込みのピッキング」

 

 何かをつまんで回すような仕草をする兄者。

 デミタスとペニサスは顔を見合わせ、溜め息をついた。

 

 

 

​243:名無しさん:2023/10/09(月) 22:13:25 ID:UPXMXGIo0

 

 

 図書館に着く頃には日が暮れ始めていた。

 閉館時間が近い。急いで中に入る。

 

 どの書架を見るべきかと3人で案内図の前に立っていると、

  _

( ゚∀゚)「ペニサス!」

 

 背後から声。

 初めもこんな感じだったなと思いながら振り返る。

  _

(*゚∀゚)「今度はどうしたんだ?

     もしかして今日こそ俺に会いに……」

 

(´・_ゝ・`)「案内図を見てる奴らを前にしてよく言えるな」

 

( ´_ゝ`)「3日ぶりだが相変わらずだあ」

 

 喜色を浮かべる彼を視界に入れて──

 こいつのアホ面に安心させられるのも癪だな、と思った。

 

 来る前はうんざりしていたというのに。

 兄者の言う「相変わらず」がそうさせるのかもしれない。

 

 

244:名無しさん:2023/10/09(月) 22:14:53 ID:UPXMXGIo0

 

('、`*川「昨日はありがとう、長岡君。

     西洋占星術の本を借りに来たの」

  _

( ゚∀゚)「あ、そう……。

     また変なとこ突いてきたな。

     占星術なあ……具体的に何が知りたいんだ?」

 

('、`*川「具体的にって言われると、よく分からない。

     これが知りたいというより、その中に知りたい情報があるかもっていう感じで……。

     とにかく急いでるの。色んな情報が載ってるような本ないかしら」

 

 目を眇めたジョルジュは「ちょっと待ってな」と言って踵を返した。

 これもまた3日前みたいだ。

 おとなしくソファに座り、彼を待つ。

 

 

 ──数分後、いくつもの本を抱えてジョルジュが戻ってきた。

 近くのテーブルにそれらを置く。

  _

( ゚∀゚)「ほら」

 

 比較的薄くて新しい感じのする本がペニサスに手渡された。

 ぱらぱらとページをめくるのを覗き込むと、文字が大きく、イラストが頻出している。

 

 読みやすいが──軽い、という印象だ。

 デミタスが不満の目を向けると、ジョルジュは同じような目で見返してきた。

 

 

245:名無しさん:2023/10/09(月) 22:15:57 ID:UPXMXGIo0

  _

( ゚∀゚)「まずはこれを読むといい。

     西洋占星術のことを幅広く、分かりやすくまとめてある。

     その代わり、一つ一つの解説は浅めだ。まあかなり初心者向けだしな」

  _

( ゚∀゚)「で、読んでる内にもっと深く知りたい場所が出てきたら

     こっちの、より専門的な方で調べるんだ」

 

 と、分厚い本たちを指差す。そちらはいかにも厳めしい雰囲気のものが多い。

 

 具体的な目的も分からないままとっつきにくい方に手を出しても、目が滑るし頭に入らない。

 まずは分かりやすいところから足がかりとなるものを見付けるべきだ。

 ──ジョルジュはそう言う。

  _

( ゚∀゚)「時間があるなら、また別のやりようもあるだろうけどな。

     急いでるんだろ。これが一番手っ取り早くて確実だと思うぜ」

 

('、`*川「長岡君……」

 

( ´_ゝ`)「まるで図書館の職員みたいなことするじゃないか」

  _

( ゚∀゚)「『これでも』、頭が良くてかっこいい、評判の司書さんなもんで」

 

 べ、と兄者に向かって舌を出す。

 本を閉じたペニサスは彼の顔を見上げて「あのね」と声をかけた。

 感謝を期待したか、にやけながらジョルジュが視線を返す。

 

 

246:名無しさん:2023/10/09(月) 22:16:54 ID:UPXMXGIo0

 

('、`*川「私、長岡君とやり直すつもりはないんだけど」

  _

( ゚∀゚)「ヴッ」

 

('、`*川「でもたしかに昔、こういうところが好きだったわ。

     難しい話でも私に分かりやすいようにしてくれるの」

 

('ー`*川「……ありがとう」

  _

( ゚∀゚)

 

 ──ジョルジュは口をひん曲げ、腕を組んで遠くの天井を睨んでいたが。

 

 ふと、何かを諦めたように苦笑した。

  _

( ゚∀゚)「おう。頑張れよ」

 

 

.

 

 

247:名無しさん:2023/10/09(月) 22:18:17 ID:UPXMXGIo0

 

 ペニサスの名義でカードを作成し、本を借りた。

 重たい本を3人で分担して抱える。

 

 退館する間際、ペニサスに「また何か困ったら言えよ」と優しい言葉をかけたジョルジュが

 何故かデミタスには複雑そうな顔をして背中を叩いてきたので、脛を蹴ってやった。

 

( ´_ゝ`)「いやあ、なかなか酷い女だなあ」

 

 兄者がそう言って笑う。デミタスとペニサスは首を傾げた。

 そうしたら「引くわー」と追撃を受けた。何なのだ。

 

 

 

​248:名無しさん:2023/10/09(月) 22:18:57 ID:UPXMXGIo0

 

 

 家に戻ると、さっそくペニサスはジョルジュに勧められた本を開いた。

 デミタスは彼女に断り、キッチンを借りて3人分のコーヒーを淹れる。

 ドリップバッグ式は不慣れなのでやや手間取ったが、まあ何とかなった。

 

 ダイニングテーブルにカップを置く。

 二人から礼を言われて、何だかむず痒い。

 

 手持ち無沙汰のデミタスと兄者も分厚い方の本をめくっていると、

 ペニサスのスマホが着信を知らせた。

 発信者名を見た彼女は、慌てたような顔をする。

 

('、`;川「クックルさんから!」

 

 身を乗り出した兄者が勝手に画面をタップして、

 さらにテーブルの真ん中にスマホを置いた。

 

 

249:名無しさん:2023/10/09(月) 22:20:18 ID:UPXMXGIo0

 

『ペニサス、今いいか?』

 

('、`;川「は、はい、もちろん」

 

『すまん。あれから頑張ったんだが……』

 

 その入り方で、結果に期待できないことが分かってしまった。

 

『伊藤さんが市場を利用した日すら特定できなかった。

 そもそも俺の確認できる情報の範囲にも制限があってな』

 

('、`*川「……そう……」

 

『申し訳ない……』

 

('、`*川「いえ、仕方ないことだもの。ありがとうございます、クックルさん」

 

 こつん。

 兄者の指が、テーブルを弾いた。

 

 早々に通話を打ち切られそうな空気が滲み始めるも、ペニサスがそれを引き留める。

 

 

250:名無しさん:2023/10/09(月) 22:21:25 ID:UPXMXGIo0

 

('、`*川「あの、それとは別なんですけど。おばあちゃんにお金を渡されたとき、

     お茶とかお菓子とか出されました?」

 

『うん? まあ、たぶん……──そうだ、出された。紅茶だ。

 いい茶葉が手に入ったからぜひ飲んでくれと、やけに勧められて』

 

('、`*川「別れろって言われる前に?」

 

『ああ。最初は茶を飲みながら世間話をしてた。そしたら突然札束を出してきて……。

 俺がつい手術のことを話したら、驚いたような顔をして、

 それじゃ足りないだろうとさらに金を』

 

('、`*川「受け取った後はどうしましたか」

 

『すぐに帰ったぞ』

 

('、`*川「お金の話をした後、何か飲まされたり食べさせられたりは?」

 

『いや、何も。突然大金を出されて、それどころじゃなかったし』

 

 不可思議そうな目でペニサスがデミタスを見るのと、

 デミタスが同じように彼女を見るのは同時だった。

 

 

251:名無しさん:2023/10/09(月) 22:22:19 ID:UPXMXGIo0

 

('、`;川「……帰ってから、具合が悪くなったりとかしませんでしたか」

 

『それもない。どうしたんだ?』

 

('、`;川「いえ……」

 

 それ以上の進展はない。

 ペニサスは礼を、クックルは謝罪を重ねながら通話を切った。

 

( ´_ゝ`)「最後のはどういうこと?」

 

 ミルナから知恵比べの件を聞いたのはデミタスとペニサス、そしてロミスだけだ。

 きょとんとする兄者へ手短に説明を施すと、「ひえー」と棒読みのリアクションがあった。

 

('、`*川「……クックルさんは解毒剤を渡されないまま帰ったけど、何ともなかった」

 

( ´_ゝ`)「父親のために絶対に金を受け取るだろうと予想できてたから、

       そもそもゲームとやらをする予定もなかったとか。

       だからそもそも毒を入れてなかった。どう?」

 

('、`*川「さっきの話が正しいなら、おばあちゃんは

     クックルさんがお金を必要としてることを知らなかったと思います」

 

(´・_ゝ・`)「ならやっぱり、ゲームをする羽目になる可能性も考えてたよな」

 

 

252:名無しさん:2023/10/09(月) 22:22:54 ID:UPXMXGIo0

 

('、`*川「執拗にお茶を勧めたのも、それに備えた布石よね、きっと。

     おばあちゃんは紅茶が好きな方だったけど茶葉にこだわりはなかったし、

     珍しいお茶だからって嬉々として人に飲ませたがる人でもないし……」

 

 今となっては、あくまで可能性の話ではないが。

 諸々を踏まえると、やはり取引の前に何かしらを飲食させて、

 万が一の際に「毒を盛った」と脅すことは織り込み済みだったろう。

 

 であれば──

 

('、`*川「兄者さんの『そもそも毒なんて入れてなかった』っていうの、合ってるかも。

     理由は違うけど……」

 

('、`*川「長岡君やミルナ君にあんなこと言ったのは、

     ただゲームに乗ってもらうためのハッタリだったんじゃないかしら」

 

(´・_ゝ・`)「まあ冷静に考えると、本当に毒を飲ませた上で

        もしも相手が乗ってこなかったら、祖母さんの方が困るもんな」

 

 家の中で死なれても、家を飛び出して病院か警察に駆け込まれても、どちらにせよ。

 

 ペニサスはスマホを見つめながらコーヒーを啜る。

 

 

253:名無しさん:2023/10/09(月) 22:24:19 ID:UPXMXGIo0

 

('、`*川「……あまり考えたくなくて、無視しちゃってたんだけど。

     私、なおるよさんはあの日おばあちゃんに呼び出されたんじゃないかと思うの」

 

 初耳の名前に首を捻る兄者に、ペニサスの元恋人であることだけ言っておく。

 

(´・_ゝ・`)「待ち合わせの時間をずらしたときにか」

 

('、`*川「ええ。それでたぶん、彼も私と別れるように言われた……」

 

( ´_ゝ`)「金を渡して、断られたら毒で脅して知恵比べ?」

 

('、`*川「なおるよさんに同じことしようとしても

     そんなハッタリ通じないと思う。お医者さんだもの。

     おばあちゃんも分かってただろうから、毒のくだりは省いたはず」

 

('、`*川「でも、もしかしたら……」

 

 デミタスは、このダイニングテーブルで向かい合う老婦と青年の姿を幻視する。

 

 ──恋人の祖母に手切れ金を提示され、それを断れば次はゲームを持ちかけられる青年。

 いずれも乗ってやる謂れは彼にない。

 さらに断って席を立つ。あるいは乗ってやった上で勝ったかもしれない。負けたかもしれない。

 

 彼が出ていった後、そこには口をつけたティーカップが残される。

 過去三回においては文字どおり混じりっけなしの紅茶が入っていたそのカップに、

 今回だけは──

 

 

254:名無しさん:2023/10/09(月) 22:26:29 ID:UPXMXGIo0

 

('、`*川「……事故があったのって、大きい通りだったの。

     街頭の防犯カメラには運転席でうとうとするなおるよさんが映ってて」

 

('、`*川「それでただの居眠り運転として処理されたから、

     事件性はなしってことで司法解剖まではされなかった」

 

( ´_ゝ`)「もし解剖されてたら、薬の痕跡でも見付かってたかね」

 

(´・_ゝ・`)「……」

 

 ここまで全て、ただの憶測だ。

 これも今さら確かめる術はない。

 

 だが、もし真実だったなら。

 そこまでしてペニサスの恋人を排除しようというのは──異常だ。

 

 室内が静寂で満たされる。

 兄者がコーヒーを一気に飲み干した。

 

( ´_ゝ`)「さて。改めて祖母さんが本気でヤバい奴だったと分かったわけだが。

       その上で、次はどうするんだ?」

 

(´・_ゝ・`)「……とりあえず、この本に目を通さないと」

 

('、`*川「いえ」

 

 ペニサスが再びスマホに手を伸ばした。

 

('、`*川「──母に、おばあちゃんのことを聞いてみる」

 

 

255:名無しさん:2023/10/09(月) 22:28:25 ID:UPXMXGIo0

 

 なるほどと頷いた兄者が腰を上げた。

 

( ´_ゝ`)「じゃあ頑張りな。コーヒーごちそうさん、帰るよ」

 

(´・_ゝ・`)「見張りは?」

 

( ´_ゝ`)「俺はやらなきゃいけないことが出来ただろ、さっき」

 

 キーボードを打つように指を動かして、笑う。にかっ。

 見覚えのある仕草。

 

('、`;川「まさか市場のデータを?」

 

( ´_ゝ`)「いやあ、市場だけじゃなくて出入りの運送業者まで調べにゃ。重労働だ」

 

 さっさと立ち去ろうとする兄者の腕を掴んだ。

 

(´・_ゝ・`)「……無理な頼みだとは分かってるが。

        もしデータが手に入っても、ボスには」

 

( ´_ゝ`)「報告するなってんだろ、分かってるよ。

       大事な武器になるかもしれないんだもんな」

 

 ──本当に無理を言っていると思ったので、その返答に驚いた。

 

 

256:名無しさん:2023/10/09(月) 22:29:42 ID:UPXMXGIo0

 

(´・_ゝ・`)「何で」

 

( ´_ゝ`)「姉者からロミスのこと全部聞いて、もう、どうでも良くなったよ俺は」

 

(´・_ゝ・`)「……」

 

( ´_ゝ`)「……父親がリストラに遭ったのを皮切りに、どんどん悪いことが重なってな。

       うちはめちゃくちゃになっちまった。

       そこをきょうだい3人だけでも拾ってもらえて、正直助かったんだ」

 

( ´_ゝ`)「ボスにはそれなりに恩を感じてたさ。

       前みたいな生活に戻りたくなかったし、粗相さえしなきゃ可愛がられるしな。

       だからまあ、どんなに嫌な仕事でも頑張ってきたが」

 

 そこで俯く。

 数秒後に上げられた顔は笑みを浮かべていたが、いたく穏やかで、ひどく悲しげだった。

 

( ´_ゝ`)「本当はずっと、姉者にはお洒落も化粧も普通に楽しめるように生きてほしいと思ってたよ。

       俺の気が紛れるように、俺が『その気』になれるようにって……

       別人に思えるようにって理由で化粧を覚えてほしくなかった」

 

 ──弟だって、下らない理由でいなくなってほしくなかった。

 言って、彼は歩き出す。

 

( ´_ゝ`)「俺ら、何のために我慢させられてたんだろうな」

 

 

 

​257:名無しさん:2023/10/09(月) 22:30:36 ID:UPXMXGIo0

 

 

('、`*川「母は高校生──16歳のときに私を産んだの」

 

 兄者が去った後のダイニング。

 夕飯であるおにぎりを片手に、ペニサスは語った。

 

 今回は焼いていない真っ白な米だ。中にはマヨネーズで和えたツナが入っている。

 忙しいからと申し訳なさそうに言われたが、数日前の焼きおにぎりといい、

 だいぶ手間はかけてくれていると思う。

 

 マヨネーズの塩梅が、とかまた色々感じるところはあったが、

 空気を読んで「美味い」「ちょうどいい」とだけ感想を告げた。

 

(´・_ゝ・`)「16。若いな」

 

('、`*川「父は近所に住んでた大学生だったって。

     その後どうなったかは知らないけど、

     母は学校を辞めたし、父は遠くに引っ越して……ともかく結婚はしなかったみたい」

 

('、`*川「そういうことがあったからか、母とおばあちゃんは仲が悪かったわ。

     母は私にあまり興味がない感じで、逆におばあちゃんがよく面倒見てくれてた」

 

 

258:名無しさん:2023/10/09(月) 22:31:42 ID:UPXMXGIo0

 

('、`*川「いつの間にか母は出ていっちゃって、

     時々お金の話をする以外には連絡をくれなくなった……」

 

 顔を合わせたのも、伊藤クールの葬式後、遺産の話をしたのが最後だったという。

 

 その母親にこれから電話をかける。

 他県に住んでいるので会いには行けないし、呼びつけることも難しいだろう。

 ペニサスへの関心が薄くクールとは険悪だったという母親と、画面越しにどれだけ話せるかは怪しい。

 

 躊躇いが咀嚼に表れたかのようにゆっくりと食事を終えたペニサスは、

 お茶を飲んで一息つくと、先ほど兄者がそうさせたようにスマホをテーブルに置いた。

 

 アドレス帳から目当ての名を探し、発信。

 画面には、伊藤ツン──と他人行儀に文字が並んでいる。

 

 案外、反応は早かった。

 2コール鳴りきる前に発信音が途切れる。

 

『なに』

 

('、`*川「お母さん。ごめん、いきなり」

 

 ぶっきらぼうな声は、少し若い印象だった。

 

 

259:名無しさん:2023/10/09(月) 22:32:21 ID:UPXMXGIo0

 

('、`*川「あのね、おばあちゃんのこと知りたくて」

 

『……』

 

 さっそく切ろうとしている気配を感じる。

 引き留められないかとデミタスが口を開くが、

 それより先にペニサスが声を張った。

 

 

('、`*川「──おばあちゃんに、毒を飲むように言われてたの。私」

 

 

 返事はない。

 だが、通話は切られていない。

 

261:名無しさん:2023/10/09(月) 22:33:51 ID:UPXMXGIo0

 

('、`*川「おばあちゃんが死んだら、毒を飲んで私も死ねって……。

     はっきり言われたわけじゃないけど、そう仕向けるようなことを」

 

 アピールのためか、ペニサスはポケットから取り出した小瓶を

 わざとらしく音を立てるようにして置いた。

 

 先の会話が頭を過ぎって、その瓶の中身は本当に毒なのだろうかと疑心が湧いた。

 

 実はそれも孫娘を怯えさせるための嘘だったとか。──そんなわけがない。まるで意味がない。

 なおるよに睡眠薬を盛って殺したかもしれない女だ。

 用意さえ出来れば、孫に自害用の毒を持たせたっておかしくはない。

 

 それでも偽物であればいいと思ってしまうのは、

 母に話すペニサスの声が辛そうに震えていたからだろうか。

 

 

 ──笑い声が響いて、デミタスの意識がスマホに戻る。

 

『そこまでしたの、あの女』

 

 互いの顔なんか見えていないのに、合わせるようにペニサスも口角を上げた。目は笑っていない。

 母とも暮らしていたとき、よくそうやって機嫌を窺っていたのかもしれないなと思う。

 親相手ではないがデミタスも子供のときにそうした覚えがある。

 

 

262:名無しさん:2023/10/09(月) 22:34:48 ID:UPXMXGIo0

 

('、`*川「それと、今まで私の恋人にお金渡したりして私と別れさせてたみたい」

 

 また笑い声。

 ──何を今さら、と言いながら。

 

 

『昔から似たようなことしてたよ』

 

 

 小瓶に添えられていたペニサスの指が、ぴくりと揺れた。

 

『あんたが小学生のとき、男の子連れてきたでしょ。で、うちでご飯食べてった』

 

('、`*川「……うん」

 

『あの子が帰った後に食器片付けてたら、台所に何か零れてたの。粉みたいなの。

 調味料っぽくないし何だろうと思って見てたら、あの人が来て、ささっと拭いて戻ってったんだけど──』

 

『その後に例の子がお腹壊して寝込んだって聞いて、ああ、あの子の皿に何か混ぜてたんだろうなって』

 

 

263:名無しさん:2023/10/09(月) 22:36:44 ID:UPXMXGIo0

 

('、`;川「あの子は、食べすぎただけだったって」

 

『病院行くほどの症状じゃなかったから親がそう判断しただけでしょ。

 もし医者にかかってたら、もっと違うこと言われてたんじゃない?

 食べすぎってほど食べてなかったし』

 

『それでご飯作った私が疑われてたらどうすんだって腹立ったけど、それ以上に、

 孫にもそういうことするんだって引いたな』

 

 一拍置いて、ペニサスが問う。

 

('、`*川「──お母さんにも同じことを?」

 

『そこまでえげつないことはされなかったけどさ。

 昔から、私が男の子と仲良くすると怒るわけ。

 酷いときは相手に向かって「娘に近寄るな」とか。あのヒスババア』

 

『一回すっごいムカついてさ。

 こっそり子供作ってやったらどんな顔するんだろって思って……』

 

 ──それで、ペニサスの父親と?

 

 ペニサスは絶句している。

 娘の様子に気付いているのかそもそもどうでもいいのか、母親は続ける。

 

『ひッどかった、あの女の顔。

 堕ろさせられるかな、いっそ殺されるかなって思ったけど、意外とそこまではやんなかったな』

 

 

264:名無しさん:2023/10/09(月) 22:37:35 ID:UPXMXGIo0

 

 そうしたくなったので、小瓶に添えられたままの手をデミタスの手で覆うと

 彼女は頼りない目つきでこちらを見た。

 唇を軽く噛み締め、震えを止める。

 

('、`*川「……どうして、そんなに私たちに男の人を近付けさせたくなかったのかな」

 

『どうしてって、大層な理由なんかない。嫉妬してただけだよ』

 

('、`*川「嫉妬?」

 

『私が子供の頃にパパ……あんたのお祖父ちゃんね。

 パパが心臓の病気で死んでからおかしくなったの。

 二人とも仲良かったから、まあだいぶショックだったんじゃない?』

 

『だから私たちが男と仲良くするのが許せなかったんでしょ』

 

 けろりと言い放つ母親だったが、すぐに声音を変えた。

 

 

265:名無しさん:2023/10/09(月) 22:38:59 ID:UPXMXGIo0

 

『……や、パパが死ぬ前からもうおかしかったのかな。よく分かんないけど。

 たしか一回、知らない人とすっごい喧嘩してた気がする』

 

('、`;川「喧嘩? どんな人?」

 

『中学生か高校生ぐらいの……パパって小学校の先生やってたらしいから、元教え子だったんじゃないかと思うんだけど。

 お見舞いに来たその人と、あの人が病室の外で言い合いしたんだ。

 パパのこと取っただの裏切られただの嘘つきだの……元カノとの修羅場かって』

 

『変な喋り方する人だったから、ちょっと覚えてた。

 「お」って。語尾につけるの』

 

 

(´・_ゝ・`)

 

 今度は、デミタスの手が揺れた。

 

.

 

 

266:名無しさん:2023/10/09(月) 22:40:35 ID:UPXMXGIo0

 

('、`;川「ほ、他、覚えてることない?」

 

『別に。大した思い出ないし。

 ていうか、これから仕事行かなきゃなんだけど』

 

('、`;川「……分かった。ごめん、こんな時間に……」

 

 これ以上は引き延ばせないだろう。

 向こうが電話を切るのを待って二人はスマホを見つめる。

 

 間際、何かを思いついたようで、向こうの声が軽く跳ねた。

 

『ああでも、あんたに男を寄せつけたくなかったのは違う理由だったかもね』

 

 

『隔世遺伝っての? あんた、パパにちょっと似てるもん。

 目がそっくりだって、あのひと何回も何回もしつこく言ってたくらい。

 だからあんたを独り占めしたかったのかもよ』

 

 

 言いたいだけ言って満足したのか、娘の返事を待たずに通話は終了した。

 

('、`*川「……」

 

 ペニサスは黙っている。

 たくさん思うことがあるだろう。

 それでも言わなければならないことがあって、デミタスは彼女の手を握りしめながら口を開いた。

 

 

267:名無しさん:2023/10/09(月) 22:42:18 ID:UPXMXGIo0

 

(´・_ゝ・`)「祖母さんと喧嘩してたっていう男」

 

('、`*川「……うん? ああ、変わった口調だったって人」

 

(´・_ゝ・`)「──ボスも、ああいう喋り方をする」

 

 16歳のときにペニサスを産んだのなら、今の伊藤ツンは42歳。

 彼女が子供のときだというから、その出来事があったのはおよそ30年以上は前だろう。

 

 ボスの歳は知らない。顔も声も、若いようなそうでないようなといった感じで年齢不詳だ。

 だが、当時10代だったと言われても納得は出来る。

 

 伊藤クールと面識があった?

 それも、およそまともではない形で。

 

 だとしたら、もしかするとペニサスのことも以前から知っていたのではないか。

 そう考えたとき、突然違和感が込み上げた。もっと早く気付くべきだった。

 

 

   ( ^ω^)『実際この女も、何人もの男を騙して殺して、金を奪ってきた人でなしだお。

          ──挙げ句、遺産のために自分の祖母さえ殺した』

 

 

 ボスが寄越したペニサスの情報は、結局全て間違っていた。

 

 殺す相手くらい下調べはしたはずだ。

 ボスの部下の仕事は細かく正確でそつがない。

 であれば、あれが根も葉もない噂だったことも分かっていただろう。

 

 

268:名無しさん:2023/10/09(月) 22:43:16 ID:UPXMXGIo0

 

 

   ( ^ω^)『やっぱりあの家の女は駄目だお。全部持っていこうとする。

          人の大事なものを奪って食い散らかしていく売女ども』

 

 

 彼には。

 明確な敵意がある。

 

 

 

('、`;川「……あなたの『ボス』と私のおばあちゃんが、喧嘩を……」

 

(´・_ゝ・`)「祖父さんは心臓の病で死んだって?」

 

('、`;川「え、ええ。言ってたわね。どんなのか分からないし、母も知らないでしょうけど」

 

(´・_ゝ・`)「祖母さんの研究は……ボスが欲しがってる資料は、心血管疾患に効く薬についてだ」

 

 

 

 伊藤クールは、何から──

 

 誰から、研究資料を隠そうとしていた?

 

 

 

​269:名無しさん:2023/10/09(月) 22:44:48 ID:UPXMXGIo0

 

 

 また考えなければならないことが増えたが、やはりすぐに停滞する。

 

 ひとまず占星術の方に取りかかって、ほとんど徹夜の状態で朝を迎えた。

 

 

 

∬´_ゝ`)「おはよ。今日の見張り兼お届け係よ」

 

 インターホンが鳴ったのでデミタスが警戒しながら応対したところ、

 そこにいたのはタブレットを持った姉者だった。

 

 ダイニングへ通せば、彼女は挨拶もそこそこにタブレットをテーブルに置いた。

 

∬´_ゝ`)「兄者の奴、昨日からずっとわちゃわちゃやって疲れたみたいでね。

      これ届けてくれっつって、さっさと寝ちゃった」

 

('、`;川「あ、ありがとうとお伝えください」

 

 

270:名無しさん:2023/10/09(月) 22:48:17 ID:UPXMXGIo0

 

 では、とペニサスが画面を起動させる。

 すぐに何かの表が映し出された。

 デミタスと姉者が左右から覗き込む。

 

 兄者によるものだろう、表の外に注釈も書き込まれている。

 昨年、市場で伊藤クールが購入したもの、

 それをどこの運送業者に預けてどこに運ばせたかの一覧だという。

 

 二度、まとまった量の品を購入している。

 いずれも夏。そう大きく間はあいていない。

 それぞれはいくつかの工場や研究所に分けて運ばれたようだ。

 

('、`*川「クックルさんの言ったとおり、2回……」

 

(´・_ゝ・`)「待て。まだ続きがある」

 

 兄者の寄越したデータには「三度目」もあった。

 時期は秋口。

 こちらは品数が多くないからクックルの父も気にしていなかったのだろう。

 

 

271:名無しさん:2023/10/09(月) 22:49:07 ID:UPXMXGIo0

 

 海老。イクラ。鮭。鯛。

 この4種が、ばらばらの場所へ運ばれたようだ。

 いずれもファイナル市にある何らかの施設ではある。

 

('、`*川「……この内のどれかが『鍵』だったのかしら。それとも全部?」

 

∬´_ゝ`)「4ヶ所回ってみれば? 市内とはいえ時間かかりそうだけど」

 

 最終手段としてはそうなるだろう。

 だが、デミタスたちにはもうほとんど時間が残されていない。

 出来るだけ決め打ちはしておきたい。

 

∬´_ゝ`)「どれも海鮮物ねえ」

 

 海。──クックルの好きなもの。

 

 ファイナル市をジョルジュとミルナの得意分野でもって言葉遊びをすれば、月。

 

 なおるよが興味を持っていた西洋占星術。

 

 

(´・_ゝ・`)「照応」

 

 

 デミタスが呟くと、姉者が首を傾げた。

 

 

272:名無しさん:2023/10/09(月) 22:50:23 ID:UPXMXGIo0

 

∬´_ゝ`)「しょうおう?」

 

 ペニサスが初めに西洋占星術について説明してくれたときに言っていた。

 「あらゆるものは天体の影響を受けている」──本の中ではそれを照応という言葉で表していた。

 照応、二つのものが互いに対応しあっていること。

 

 たとえば、体の部位ごとに対応する天体が決められている。

 さらには人体だけでなく、植物や金属、鉱物──とにかく色んなものに。

 

 まあ胡散臭い話だとデミタスは思ったし、

 言っていることも本によって(または学派によって)異なっていてますます眉唾物に感じたが、

 ただちょっと面白いなとも思ったのだ。

 

 だって、食べ物にもそれぞれ対応する天体があるという。

 

 

273:名無しさん:2023/10/09(月) 22:52:06 ID:UPXMXGIo0

 

 デミタスは分厚い本を開いて、目当てのページを見せた。

 

 

(´・_ゝ・`)「月と照応する食べ物がある。海産物だと、甲殻類──

        蟹や海老だ」

 

 

 

​274:名無しさん:2023/10/09(月) 22:53:37 ID:UPXMXGIo0

 

 

 運送会社のデータによれば、伊藤クールが購入した海老は

 海辺の工業地帯付近にある研究所へ運ばれていた。

 

 3人で行ってみると、寂れた町工場めいた小さな建物があった。

 「高岡海洋研究所」。看板だけは妙に立派だ。

 

从 ゚∀从「はいはい、伊藤さんのお孫さんね」

 

 事前に連絡したおかげで、所長だという男が研究所の外で待ってくれていた。

 研究員というと白衣のイメージだったが、作業用の合羽にゴム手袋、長靴と

 どちらかといえば漁師のような格好をしている。

 

 

275:名無しさん:2023/10/09(月) 22:54:37 ID:UPXMXGIo0

 

从 ゚∀从「何だっけ、海老? はいはい。去年たしかに、ご依頼受けましたよ」

 

('、`*川「どんな依頼を?」

 

从 ゚∀从「海老の……何だったかな。

     や。僕はよく分からんのですよ」

 

 申し訳ない、と所長は片手を振る。

 

从 ゚∀从「そのとき、別の案件で手が塞がってたんで。

     別の人間に任せたんです。ハローってんですけど」

 

(´・_ゝ・`)「そいつは今いるか?」

 

从´゚∀从「……それがねえ~」

 

 いかにも困ったという顔をして、彼は腕を組んだ。

 

从 ゚∀从「伊藤さんが連れてっちゃったんですよ」

 

('、`*川「連れてった?」

 

 

276:名無しさん:2023/10/09(月) 22:58:07 ID:UPXMXGIo0

 

从 ゚∀从「まず、伊藤さんからここに依頼があったのが計二回だったかな。

     一回目はあんまりな結果だったみたいなんだけど。

     ちょっと置いてからの二回目で、何かいい感じになって伊藤さんに気に入られたらしくて」

 

从 ゚∀从「そんで、研究に協力してもらうために個人的に契約したいってね。伊藤さんが。

     それなら他の所員も貸しますよって言ったんだけど、ハローちゃんだけだって」

 

 結局、引き抜かれるような形でハローという所員はここを辞めてしまったそうだ。

 それ以降、伊藤クールもここへ来ていない。

 

 おそらく彼女が「鍵」を見付けたと喜び、

 製薬会社のメンバーと距離を置き始めた時期だろう。

 

 

277:名無しさん:2023/10/09(月) 22:59:13 ID:UPXMXGIo0

 

('、`;川「その方、今どこで研究を?」

 

从 ゚∀从「さあ……。それきり会ってないしなあ。

     家の住所なら分かりますけど、いります?」

 

('、`;川「ぜひ……あ、そのハローさんが研究していた資料とか残ってませんか」

 

从 ゚∀从「ないない、全部持ってっちゃった」

 

 どうも全体的に雑というか緩い所長のようだ。

 研究所に一度引っ込んだ彼は、すぐにメモ用紙を持って戻ってきた。

 汚い字で住所と電話番号が記されている。それがファイナル市内であることにほっとした。

 

从 ゚∀从「伊藤さんのお手伝い終わったら戻ってきてって伝えといてくださいよ。

     人手足りんくて困ってんです」

 

 伊藤クールがとうに亡くなっていることを告げると、

 所長は「あらっ」と頓狂な声をあげた。

 

.

 

 

278:名無しさん:2023/10/09(月) 23:02:22 ID:UPXMXGIo0

 

 

 ──まずは電話をかけてみたが誰も出なかった。

 仕方がないのでそのまま住所を辿る。

 

 

 そうして到着したのは、町外れにぽつんと建つ小さな一軒家だった。

 

 もう昼なのだが、窓という窓にカーテンが引かれている。

 インターホンを鳴らすも反応なし。

 そのまま待機してみる。物音も、人の気配もない。

 

∬´_ゝ`)「出かけてんじゃないの」

 

('、`*川「かもですね……デミタス君、出直しましょ」

 

 もう一度インターホンを鳴らしたデミタスは、ふと鼻をひくつかせた。

 デミタス君? とペニサスが再度呼びかけてくる。

 

(´・_ゝ・`)「臭い」

 

('、`*川「え」

 

 それを聞き、姉者がデミタスを押しのけた。

 数秒ほどドアの方へ顔を寄せてから、ドアノブを捻ろうとする。回らない。

 

 

279:名無しさん:2023/10/09(月) 23:03:59 ID:UPXMXGIo0

 

 すぐにしゃがみ込み、どこからか針金のようなものを取り出すと

 それを鍵穴に差し込んで動かし始めた。

 

(´・_ゝ・`)「何を……」

 

∬´_ゝ`)「ピッキング。ロミスから教わった」

 

 兄者といい姉者といい、何をしているのだあいつは。

 

 どうも上手く行ったらしい。次に姉者がドアノブを捻ると、すんなり開いた。

 

('、`;川「う……!」

 

 途端、鋭い臭いが鼻を突いた。大量の虫が飛んでいる。

 

 おおよそ繰り広げられている惨状の予想はつきつつも、

 ここで帰るわけにも、警察を呼ぶわけにもいかない。

 靴を履いたまま家に上がる。

 

 臭いや虫の発生源は分からないが、何となく家の奥へ向かってみれば

 正しくそこが目的地だったらしい。

 

 家の奥に一際広い部屋があって、よく分からない機械が複数置かれている。

 それと数冊のノートと──パソコンと──他には──

 ──ひどい臭いと虫の群れで、観察の目が鈍る。

 

 床にあるのは、人であったろう何か。

 

 

280:名無しさん:2023/10/09(月) 23:05:24 ID:UPXMXGIo0

 

(´・_ゝ・`)「ペニサス、外で待ってろ」

 

 涙目で嘔吐いている彼女に指示を出し、さらに姉者の名を呼ぶ。

 それで理解してくれたようで、姉者はペニサスに付き添う形で踵を返した。

 

 デミタスだって平気なわけではない。こんな現場は初めてだ。

 左腕を鼻と口に押し当てながら進む。

 パソコンや謎の機械たちの電源は入らない。

 

 机の上、ノートをめくってみる。アルファベットや数字がごちゃごちゃ。分からない。

 読もうとするそばから虫が紙や手にまとわりついて邪魔をする。

 持ち出してから外で見た方がいいだろう。

 

 そう思って抱え上げようとしたとき、床の上に開きっぱなしのノートを見付けた。机から落ちたのだろう。

 こちらは日本語ばかりが並んでいる。

 

 気になったので初めのページから追ってみると、

 元々は軽いメモ代わりに使っていたようだが、合間合間に日記のような記述が増えていった。

 後半、デミタスの手が止まる。

 

 

281:名無しさん:2023/10/09(月) 23:07:35 ID:UPXMXGIo0

 

 「また死んだ。伊藤さんの言ったとおりだ。」

 

 「行方不明。二件目。どうせ死んでいる。

  こんなもののために?」

 

 「また死亡事故。事故じゃなくて殺人だろう。

  いつか私の番が来るのか。」

 

 「燃やしたい。

  良くない。いざというときの取引材料がなくなる。

  そしたら惨たらしく殺される。

  彼女の言ったとおりに。」

 

 「こんなものおしつけて あのばばあ」

 

 「ほんとにのんでやろうかな」

 

 「燃やしてなんかやるもんか

  ざまあみろ」

 

 改めて机を見ると、いくつか新聞記事が置かれていた。

 いずれも、したらば製薬の社員に関する記事が小さく載っている。

 事故死。行方不明。最新は一ヶ月ほど前のものだ。

 

 

282:名無しさん:2023/10/09(月) 23:08:31 ID:UPXMXGIo0

 

(´・_ゝ・`)「……」

 

 一通りノートを抱え、部屋の出口へ向かう。

 

 途中、ぐずぐずの人体の成れの果てを見やると、傍らに空っぽの小瓶が転がっていた。

 ペニサスが祖母に渡されたのと同じ色形をしていた。

 

 

 

283:名無しさん:2023/10/09(月) 23:11:16 ID:UPXMXGIo0

 

 

 3日目。

 自分が初めてこの家を訪れたときからなら、12日目。

 まだ2週間も経っていない。

 

 ダイニングには朝日が差し込んでいる。

 

 見張りという名目で一緒に夜を明かした姉者は、

 今度はボスに報告しに行くという名目で家を後にした。

 

   ∬´_ゝ`)『さすがに結構出歩いちゃった分、

         あんたたちが何か掴んだんだろうってのはボスにバレてると思うわ』

 

 家を出る前、彼女はそう言った。

 「お気に入り」たちの大まかな居場所は常にボスに筒抜けだ。

 服かスマホに何か仕掛けられているのか、街を出ないように遠くから監視の目があるのかは知らないが。

 

   ∬´_ゝ`)『悪いけど、私は嘘の報告も隠し事もしてやれない。

         だから私との話が終わったらすぐに連絡が行くと思うわ。

         ……これからどうするのかは知らないけど、頑張りなさいよね』

 

 それでいい、とデミタスもペニサスも頷いた。

 ここで彼女が嘘をついてロミスのようになれば、兄者に申し訳が立たない。

 

.

 

 

285:名無しさん:2023/10/09(月) 23:13:21 ID:UPXMXGIo0

 

('、`*川「……」

 

 回収してきたノートを読み込んでいるペニサスの前に、マグカップを置いた。

 コーヒーの香りに、彼女は無意識に詰めていた息を吐き出す。

 

('、`;川「ありがとうデミタス君。ああ、いい匂い!」

 

(´・_ゝ・`)「またノートに向き合ったときに辛くなるかもしれないが」

 

 テーブルに重なったノートやメモ用紙には持ち主の臭いが染みついてしまっている。

 持ち出した直後よりは多少抜けてきているとはいえ、まだ臭う。

 ペニサスは念のため着けていた手袋を外し、マグカップを持ち上げた。

 

('ー`*川「美味しい。昨日よりもっと淹れるの上手くなったんじゃないかしら」

 

(´・_ゝ・`)「……お湯を注ぐだけのものに、上手いも下手もないだろ」

 

 そわそわして憎まれ口を叩いてしまったが、自分のカップに口をつけてみると、

 たしかに昨日より──大げさに言うと洗練されているように感じた。

 単純なのかもしれない。

 

 

286:名無しさん:2023/10/09(月) 23:14:25 ID:UPXMXGIo0

 

(´・_ゝ・`)「ここ何日か、ろくに寝てないんじゃないか。仮眠をとった方がいい」

 

('、`*川「コーヒーを出しておいてそんなこと言うのね」

 

(´・_ゝ・`)「……たしかに。もう飲むのやめろ」

 

('、`*川「嫌」

 

 一気に半分ほどを飲んで、ペニサスはカップを置いた。

 手袋をはめ直してノートを拾う。

 

('、`*川「……ちゃんと覚えないと」

 

 手伝ってやれたらいいが──

 駄目だ。

 デミタスは、その資料に目を通してはいけない。

 

('、`*川「ごめんねデミタス君、お腹空いたでしょ。冷蔵庫にあるもの、適当に食べて」

 

(´・_ゝ・`)「うん」

 

 ペニサスの手料理は、全てが終わってからだ。

 何なら自分が作るのもいい。コーヒーのようには行くまいが。

 

.

 

 

287:名無しさん:2023/10/09(月) 23:15:52 ID:UPXMXGIo0

 

 

 ──昼。

 デミタスのスマホが鳴り響いた。

 

 二人は身を固くさせる。

 一呼吸置き、デミタスは電話に出た。

 

(´・_ゝ・`)「はい」

 

『やあ、デミタス。調査の方はどうだお?』

 

 また、一呼吸。

 

 

288:名無しさん:2023/10/09(月) 23:16:27 ID:UPXMXGIo0

 

(´・_ゝ・`)「……全て分かりました」

 

『おっお。良かった、相変わらず素直なデミタスで。

 昨日のことは姉者から聞いたお。残念ながら彼女は中身を知らないというから、

 お前の方から報告してもらいたいのだけど』

 

 今度は二呼吸。

 汗で滑りそうになって、スマホをきつく握り直す。

 

 

 これからいくつか、賭けをしなければならない。

 

.

 

 

290:名無しさん:2023/10/09(月) 23:17:28 ID:UPXMXGIo0

 

(´・_ゝ・`)「ボス」

 

『うん?』

 

(´・_ゝ・`)「……最初にペニサスを殺しに来たとき、

        僕は彼女にゲームを挑まれました。

        彼女の作る飯が美味かったら一晩見逃せと」

 

『そうらしいね。でも、今はもう取り下げたんじゃなかったかお』

 

(´・_ゝ・`)「いいえ。休止としただけです。約束はまだ生きてる」

 

『……それで?』

 

(´・_ゝ・`)「今日は、ボスが彼女とゲームをしてやってくれませんか。

        彼女の料理を食べて、それがボスの口に合ったなら見逃してやってほしいんです」

 

『……。

 美味しいものを食べさせてもらえたとして。一晩見逃して、どうするんだお?

 また次の日に手料理を食えって?』

 

 

291:名無しさん:2023/10/09(月) 23:18:46 ID:UPXMXGIo0

 

(´・_ゝ・`)「いいえ。今回は一晩に限った話じゃなく。

        今後一生の話です」

 

 しばし沈黙。

 

 ──デミタス、と呼びかける声が低く響く。溜め息が混じったように。

 

『僕がそれを聞いてやる義理が、どこにあるのかな』

 

(´-_ゝ-`)

 

 目を閉じ、三呼吸。

 瞼と口を開く。

 

(´・_ゝ・`)「義理はなくとも、意地はあるでしょう」

 

 

 

(´・_ゝ・`)「あなたが、『伊藤クール』の孫に売られた喧嘩を買わずにいられますか」

 

 

.

292:名無しさん:2023/10/09(月) 23:21:30 ID:UPXMXGIo0

 

 

 ハローという女は、とにかく気になったことを書き留めておく癖があったらしい。

 研究者気質によるものか、彼女個人の性質かは知らないが。

 

 持ち帰ったノートやメモや手帳には、彼女が伊藤クールとの会話から得たあれこれが記されていた。

 その断片的な記録を組み合わせていくと、うっすらとだが浮かんでくるものがある。

 繋ぎとして多分にデミタスたちの憶測も含まれはするが、以下の通りだ。

 

 

 何があったのか、伊藤クールの夫にえらく懐いていた教え子。

 

 伊藤夫妻が婚約したと知ったとき、小学生だった彼は病的なまでに怒り狂った。

 大好きな先生を裏切者だ何だと罵り続ける少年にすっかり参ってしまった夫に頼まれ、

 伊藤クールは少年にある提案をする。

 

「君と私でゲームをして、私が勝ったら『先生』は私がもらうよ」

 

 斯くして伊藤クールは少年に勝利する。

 

 少年は腹の内の執心を自ら殺す前に、これだけはと一つのお願いをした。

 

「先生のことを幸せにしてあげて」

 

 

 

 

293:名無しさん:2023/10/09(月) 23:23:29 ID:UPXMXGIo0

 

 

 最初の賭けは成功した。

 

 通話から数時間後。デミタスは、ダイニングの窓から夜空を見上げた。

 月はひどく痩せている。

 

 ノートから部屋に移ってしまった腐敗臭を消臭剤で何とか誤魔化し終えたペニサスが

 窓辺に立つデミタスの隣に並んだ。

 

('、`*川「最初にロミス君がうちに来たとき、デミタス君のことを麻殻に例えてたじゃない?」

 

 急にそんなことを言う。

 そうだな、とデミタスは頷いた。

 

 

294:名無しさん:2023/10/09(月) 23:24:30 ID:UPXMXGIo0

 

('、`*川「麻殻ってね、色んな用途があるんだけど……

     神社で火祭りをするときの松明とかにも使われたりするの。

     魔除けやお清めの効果があるんですって」

 

('、`*川「それでね、どこかのお祭りでは燃え残った麻殻を参拝者に配るのよ。

     災難除けのお守りになるらしいわ」

 

(´・_ゝ・`)「お守りか。なら、そう悪いもんでもないな」

 

 不意に圧迫感。

 ペニサスが抱きついてきている。

 

('、`*川「……だから大丈夫。

     私、デミタス君がいたら怖くないわ」

 

 ──その知識も、きっと。

 誰かさんから過去に聞いたものなのだろう。

 

 その由来などどうでもいい。

 全て積み重ねて、今のペニサスがいる。

 こうしてデミタスの横に立ってくれている。

 

 言葉に反して震える体を抱き返した。

 

 

.

 

 

295:名無しさん:2023/10/09(月) 23:26:10 ID:UPXMXGIo0

 

 

 そこからさらに一時間後。

 

 デミタスたちが並んで待つ玄関の前に、一台の車が停まった。

 後部座席から二人の男が降りてくる。

 

( ^ω^)

 

【+  】ゞ゚)

 

 覚悟を決めていたのか、ペニサスは一切の動揺を隠して彼らをまっすぐ見つめた。

 ボスはちらりとデミタスを見てから、ペニサスに一礼する。

 

 

296:名無しさん:2023/10/09(月) 23:27:32 ID:UPXMXGIo0

 

( ^ω^)「やあやあ、伊藤ペニサスさん。はじめまして、こんばんは。

       僕がデミタスの『ボス』の内藤だお。

       こっちのお面のは、オサム。付き人みたいなものだお。いいおね、一人くらい増えても」

 

 むしろ御の字だ。運転席にいる部下は降りてこない。

 人数が増えるのは好ましくない。これでいい。

 また一つ、賭けに勝つ。

 

( ^ω^)「そうだデミタス。忘れ物、部屋から持ってきてあげたお」

 

 と、リュックサックを差し出されて、一瞬身が竦んだ。

 受け取る。がちゃりと金属が擦れ合う。重い。

 じとりと見つめられる。ありがとうございます、と言葉を絞り出した。

 

('、`*川「……ご飯の準備は出来てます。ダイニングへどうぞ」

 

 

.

 

 

297:名無しさん:2023/10/09(月) 23:29:23 ID:UPXMXGIo0

 

 

 ──テーブルの上に海老フライとキャベツの千切りが乗った皿が置かれると、

 ボスは楽しそうに言った。

 

( ^ω^)「おっ。いいね、好きだお」

 

('、`*川「良かったです」

 

 続けてデミタスが、皿の横にスープボウルとカトラリーを並べる。

 野菜とベーコンのクリームスープ。

 

 ボスは白米もパンも夜には食べない。

 だからメニューはこれだけだ。

 

 ボスが座る椅子の斜め後ろをおずおず見ながら、ペニサスが訊ねる。

 

('、`*川「そちらの方は」

 

( ^ω^)「オサムは、人前で食事をさせるのはちょっとね。

       お面の下に酷い怪我があるもんで」

 

 三つ目の賭けも上手く行く。

 といっても、ボスがオサムのお面を外させたがらないのは

 デミタスたちの間では周知の事実だったから、賭けと言えるほどのことでもない。

 

 

298:名無しさん:2023/10/09(月) 23:30:39 ID:UPXMXGIo0

 

 もったいつけるつもりはないようで、ボスはフォークを取ると、

 いきなり海老フライにかぶりついた。

 ざくざく、揚げたての衣が砕ける。

 

( ^ω^)「うん。美味しいじゃないかお」

 

 次にスープを一口、二口。

 

 デミタスやペニサスに毒見を命じることもなく、警戒する素振りも見せず、

 彼はごくごく普通のペースで食事を続けていく。

 

 四つ目もあっさり成功してしまった。

 

(;´・_ゝ・`)「……」

 

 ペニサスと共にテーブルの隣に立つデミタスは、

 自身の表情が変に歪まないよう、顔に力を入れた。

 

 ──脳裏を過ぎるのは、今頃キッチンに転がっている、空っぽの小瓶。

 

.

 

 

299:名無しさん:2023/10/09(月) 23:33:14 ID:UPXMXGIo0

 

 ハローの記録によれば。

 

 伊藤クールは肺を患って以降、急激に弱っていった。

 死期を悟ったのか、ある日ハローに粉末入りの小瓶を渡して、こう言ったらしい。

 

   『研究が完成する前に私が死ねば、「彼」は血眼になって資料を探すだろう。

    きっとなりふり構わない。たくさんの人が死ぬし、たくさんの人が惨たらしい目に遭って苦しむ』

 

   『あなたの存在はそうそうバレるまいが、彼は執拗だ。いずれは見付かる』

 

   『もしも薬の完成より先に私が死んでしまったら、資料を全て燃やした後にこれを飲むといい。

    苦しまずに、あっという間に逝けるから』

 

 そうしてクールの死後。

 予言どおりに人々が死んでいくのを目の当たりにし、ハローは恐慌に陥った。

 それが、あの一軒家でデミタスが見付けたページだ。

 

 独り善がりな老婦に振り回された哀れな研究者。

 しかし彼女の死によって一つ確信できたことがある。

 「あの小瓶の中身は本物だ」。

 

 

 

 スープに毒を忍ばせる役目は、デミタスが引き受けた。

 ペニサスにはさせたくなかったのだ。

 それでもスープを作ったのは私なのだから共犯だと、そう呟いた彼女の言葉が嬉しく、申し訳なかった。

 

 

300:名無しさん:2023/10/09(月) 23:34:25 ID:UPXMXGIo0

 

 信じられないほどさっくりと、何の疑いもなくボスは海老フライとスープを完食した。

 量自体多くない。せいぜい10分かそこらの食事だった。

 

 どくどく、デミタスの心臓が跳ねまわる。

 

 どれくらいだ。

 どれくらいで効く。

 すぐだ、とクールはハローに言ったらしい。すぐとは、何分だ。

 

 キッチンにて、体の大きさによって致死量は変わるものだとペニサスが不安げに話していた。

 ボスは肥満体だ。大きい。

 もしあの小瓶でぎりぎりペニサスに効果がある程度だとしたら、足りないだろう。

 

 焦燥で目眩がする。息が乱れそうになる。

301:名無しさん:2023/10/09(月) 23:35:20 ID:UPXMXGIo0

 

 

( ^ω^)「甘いお」

 

 

 落ちてきた一言に、胸がひやりとした。

 

('、`*川「……あまい」

 

 ペニサスが鸚鵡返しにする。声は、もう少しで引っくり返りそうだ。

 テーブルの上で両手を組んで、ボスはペニサスの顔を見上げた。

 

 

302:名無しさん:2023/10/09(月) 23:37:08 ID:UPXMXGIo0

 

( ^ω^)「伊藤クールが死んだ直後くらいにね。

       僕の部下がこの家を調べたんだお」

 

('、`;川「……聞いて、ます」

 

( ^ω^)「そしたら、君の部屋で変な粉が入った瓶が見付かったっていうから。

       もしかして例の薬かと思って調べさせたら、そうじゃなくて

       どうも体に良くないやつだというじゃないかお」

 

 ただでさえ速まっていた鼓動が、一層強く。

 

( ^ω^)「間違えて君が口にしたら危ないから、中身を砂糖に替えさせといたんだお」

 

 ふふ。

 いたずらっ子のように笑って、ボスは手を組み替える。

 

 手のひらが痛んで、知らず、両手を握りしめていたことに気付いた。

 

( ^ω^)「まあ、そのことと、今のスープがやけに甘かったことが関係あるとは思わないけども」

 

('、`;川「……」

 

 

( ^ω^)「──お嬢さん。申し訳ないけど、あのスープは僕の口に合わなかったお」

 

 

 五つ目と六つ目の賭けに負ける。

 毒は不発に終わり、ゲームに勝つことは叶わなかった。

 

 

303:名無しさん:2023/10/09(月) 23:38:59 ID:UPXMXGIo0

 

 硬直するペニサスを眺めまわした後、ボスの視線はデミタスの方へと注がれた。

 

( ^ω^)「ほら、デミタス」

 

(;´・_ゝ・`)

 

( ^ω^)「彼女の負け。見逃してあげることは出来ないお。

       ──下手に躊躇うからますますやりづらくなるんだお。

       さくっと殺して、こんなところを出て、ゆっくり資料の話をしよう」

 

 細い目をさらに細めたボスは、身を屈めると

 デミタスの足元に置かれたリュックを開いた。

 様々な工具や刃物。それらの内いくつかを適当に掴んで、テーブルに放る。

 

 デミタスは唾液を飲み込もうとしたが、いつぞやみたいに口の中がからからで、上手くいかなかった。

 

 

 さあ、最後の賭け。

 

 

304:名無しさん:2023/10/09(月) 23:40:46 ID:UPXMXGIo0

 

(;´・_ゝ・`)「──出来ません」

 

( ^ω^)「……デミタス」

 

(;´・_ゝ・`)「資料の話は、僕には出来ません。

        ……僕は研究の中身を見てないから知らないんです」

 

 ボスが片眉を上げた。

 次に、ペニサスが声を発する。

 

('、`;川「け。研究をまとめたノートやメモは、今はどこにもありません。

     あなたが来る前に全て燃やしました」

 

('、`;川「おばあちゃん、祖母は、いざというときにデータを復元不可能な形で処分できるよう、

     紙にだけ結果をまとめるようにと協力者に言っていたそうです」

 

 

305:名無しさん:2023/10/09(月) 23:42:37 ID:UPXMXGIo0

 

 

('、`;川「だから。ノートの中身は、研究結果は、もう、私の頭の中にしかありません」

 

 

 ──しん、と部屋が静まり返る。

 ボスはただ瞬きをするのみで、何も言わない。

 

 ペニサスは再び口を開こうとして、きちんと声を出せなかったのか、すぐに閉じた。

 深呼吸。今度こそ言葉を落とす。

 

('、`;川「……どんなに痛めつけられても、私、喋りません。

     でも。私の……私とデミタス君の身の安全を保証してくれるなら、

     ちゃんと全てあなたに教えます」

 

 自身の顎を撫でさすり、ボスは「ううん」と唸った。

 

( ^ω^)「一丁前に、取引したいのかお?

       それには少し材料が足りない気がするけど」

 

('、`;川「……」

 

 

306:名無しさん:2023/10/09(月) 23:45:40 ID:UPXMXGIo0

 

( ^ω^)「その資料の中身が、どれほどのものなのかが分からないと。

       どうしても僕が欲しいと思えるようなものでないと、意味がないお。

       たとえば『試したけど駄目でした』なんてものばかり並んでちゃ、僕には価値がない」

 

('、`;川「きっと、あなたは欲しがると思います」

 

( ^ω^)「どうして?」

 

 

('、`;川「──祖母の研究は、あと少しで完成するという段階でした」

 

 

 

 瞬間。

 ボスの瞳が子どものように輝いた。

 

 

.

307:名無しさん:2023/10/09(月) 23:47:48 ID:UPXMXGIo0

 

 

 

 ──夫妻が無事に結婚し、子をもうけてから数年後。

 

 夫が心臓を患い、床に臥せった。

 当時の技術では効果的な治療を見込めず、あっという間に余命幾許かという状況へ陥る。

 

 とうに小学校を卒業しており、その情報を得るのが遅れてしまった少年は急いで恩師の元へ向かう。

 そこで「先生」の有様を目撃し、彼はまたも荒れ狂った。

 

 幸せにすると言ったのに。幸せになると言ったのに。

 嘘つき。あんな嘘つきに騙された「先生」も悪い。ああ、また裏切られた。

 

 夫妻への憎悪と、並列する「先生」への執着を再発させる彼に

 伊藤クールはもう一度ゲームを持ちかける。

 

 

 最愛の夫を自分のもののように言う彼に、彼女も内心怒り狂っていた。

 いや。いっそ怒りも抜きにして。

 彼女だって、窶れ衰えていく夫を見続けて、いつの間にか狂っていた。

 

 たかだか10代の少年に、薬学者は大人げない提案をする。

 

 

308:名無しさん:2023/10/09(月) 23:48:54 ID:UPXMXGIo0

 

 

 

「『先生』を治せるほどの薬を先に作った方の勝ちだ。

 君は薬に詳しくないだろうから、誰かに作らせるのでもいい。

 とにかく、『先生』はこのゲームに勝った方のものだよ」──

 

 

 

 それが発端。

 

 

 彼と彼女の、およそ30年に及ぶ争いのオープニング。

 

 

 

 

 

309:名無しさん:2023/10/09(月) 23:50:34 ID:UPXMXGIo0

 

 

 伊藤クールの研究はあと少しで完成というところだった。

 それを横取り出来るなど、彼にとっては願ってもないことのはずだ。

 

 デミタスとペニサスの予想は当たっていた。

 

 だが、予想しきれていないこともあった。

 

 

(*^ω^)「そうなのかお!!」

 

 ボスは椅子を倒さん勢いで立ち上がった。

 ほぼ同時にペニサスの右腕を引っ掴み、彼女の手のひらをべちんとテーブルにつけさせる。

 

 そして卓上に散らばっていた工具の中から迷いなくペンチを選び取ると、

 無造作にペニサスの小指の爪を掴んで、一気に引っこ抜いた。

 

 一瞬の静寂があった。

 

 ──悲鳴。

 先ほどまで血の気の失せていたペニサスの顔面が一気に赤く染まる。

 

 

310:名無しさん:2023/10/09(月) 23:52:30 ID:UPXMXGIo0

 

(;、;*川「あっ、ああ!! あああ!!」

 

(;´・_ゝ・`)「ペニサス!!」

 

 二人の間に割り込もうとしたデミタスだったが、

 瞬時にペンチからナイフへと持ち替えたボスによって太ももを刺され、一気に足の力が抜けた。

 がくりと膝をつき、身を支えていられず倒れる。

 

(;´ _ゝ `)「うっ! ぐ……!」

 

(*^ω^)「デミタス、デミタス、ちょっと待ってなさい、

       この女から全部聞き出したら病院に連れてってやるから!」

 

 足元に倒れたデミタスを邪魔に思ったか、ボスは彼を蹴り転がすと、

 再度ペニサスの方へ取りかかろうとした。

 

 

311:名無しさん:2023/10/09(月) 23:53:28 ID:UPXMXGIo0

 

 

 そのときだ。

 

 

 

【+  】ゞ゚)

 

(*^ω^)「、お、?」

 

 

 

 ずっと黙っていた男が、懐から取り出したナイフでボスの脇腹を刺した。

 

 

312:名無しさん:2023/10/09(月) 23:55:12 ID:UPXMXGIo0

 

 肉厚な手がペニサスとペンチから離れる。

 自身の横っ腹から飛び出ている柄を見て、振り返った。

 

( ^ω^)「オサム?」

 

 膝をつき、呆然としながら彼のことをそう呼ぶボスを見て。

 

 ──いい加減、デミタスも理解した。

 

 ああ。本当に「そう」なのだ。

 これでは兄者も姉者も、ほとほと愛想が尽きよう。

 

 

【+  】ゞ゚)

 

 オサムと呼ばれた男はお面に手をかけた。

 

 ──その爪に塗られたオレンジ色は、もはや所々が剥げてしまって、不格好だ。

 

.

 

 

313:名無しさん:2023/10/09(月) 23:56:16 ID:UPXMXGIo0

 

 お面を放り投げる。

 ずっと露出していた方──顔の左側をスーツの袖でごしごし擦り、

 さらに目からカラーコンタクトを外した。黒目が大きくなる。

 

 化粧というと、顔のパーツを大きく見せたり、より派手に飾るだけのものだと思っていた。

 その逆も出来るのだとは、つい先日まで知らなかった。

 

 

£°ゞ°)「……ボス、全然気付いてくれなかったね」

 

 

( ^ω^)「……ロミス……」

 

 

 ようやく気付いたボスが、彼を正しい名で呼ぶ。

 

 ようやく。

 本当に「ようやく」だ。

 

 

314:名無しさん:2023/10/09(月) 23:57:02 ID:UPXMXGIo0

 

 

 ロミスとオサムの顔が元から結構似ていた、というのは──

 わざわざ説明していなくとも、一目で理解いただけていたことと思う。

 

 

 それでも。化粧でさらに近付けたといっても完全に瓜二つとまでは言えなかったし、

 そもそも声と体格が違う。

 オサムのスーツなど、ロミスにはやや寸足らずだ。

 

 デミタスだって2日前、彼が202号室から出てきた瞬間に気付いた。

 何故かロミスがオサムの服と面を着けている、と。

 

 まさかボスが気付かないわけがない。

 だから彼を「オサム」と呼んだとき、意味が分からなかった。

 

 

315:名無しさん:2023/10/09(月) 23:58:34 ID:UPXMXGIo0

 

 現実を直視できない己の幻覚かとさえ考えたが、

 202号室にあったのはツナギを着せられたオサムの死体だったし、

 姉者もあのスーツを着た男がロミスだと認めた。

 オサムの顔に寄せるよう化粧を施して、やり方も教えてやったと。

 

 結局今日までそのまま傍に置いていたようだったので、

 そういう趣向として受け入れたのかもしれないと思っていたが──

 

 

 ──そうではなかったらしい。

 

 

316:名無しさん:2023/10/10(火) 00:00:47 ID:LMjVEIVk0

 

 座り込むボスを見下ろしていたロミスの目から、ぽろりと雫が落ちた。

 

£;ゞ;)「……俺らの何を見てたんだよ。

      せめて、せめて顔ぐらいは区別つけろよっ、

      あんだけ褒めてた目も鼻も、所詮あんたにはおんなじ記号みたいなもんだったのかよ!」

 

£;ゞ;)「オサムの奴ずっと薄々気付いてたよ、だからもう疲れたんだってよ、

      代わってくれって言われたよ! 自分の考えすぎだったらいいって!

      ……その賭けも、あいつの負けだったけど……」

 

 彼も立っていられなくなったか、ボスの前にくずおれる。

 胸倉を掴み、さらに叫んだ。

 

£;ゞ;)「あんたのためになんべんもなんべんも手汚して嫌われ役やって、

      なのにあんたはあいつのことちゃんと見てやらなかった!」

 

£;ゞ;)「たかだか好きな記号の寄せ集めが何考えてるかなんて、どうでもいいもんな!

      俺らがどんなに嫌で辛い思いしてようがお構いなしだ!

      ……何でこんな奴のために俺らが苦しめられなきゃなんないんだよ!!」

 

 ──常に同じ服を着るようにと指示を出していたのも。

 分かりやすく「見分けがつく」ようにするためだったのだろう。

 

 

317:名無しさん:2023/10/10(火) 00:02:39 ID:LMjVEIVk0

 

 怒鳴りつけるロミスをじっと見つめていたボスの手が、ぴくりと揺れる。

 

 視認した瞬間、その手が脇腹からナイフを抜き取り、ロミスの腹を刺した。

 

 続けてロミスの首を掴むと、力任せに彼を引き倒して馬乗りになる。

 とてもナイフを突き立てられた人間の動きとは思えなかった。

 

( ^ω^)「ロミス。二度も僕を裏切ったのかお」

 

£;ゞ;)「ぅ……、……っ!」

 

( ^ω^)「僕は忙しいんだお。あの女から話を聞かなくちゃいけない」

 

 太く厚い十指が首に食い込む。

 もがく体を重たい脂肪が押さえ込む。

 ロミスの顔色がひどいものになっていき、目が上向いていく。

 

 

318:名無しさん:2023/10/10(火) 00:03:59 ID:LMjVEIVk0

 

 (;´・_ゝ・`)「やめろ!」

 

 立ち上がろうとしたが、太ももに激痛が走って、がくんと体が揺れるだけだった。

 

 一番近くにいたペニサスがボスを押しのけようとしたが、彼女の体躯では

 なりふり構わない男に敵わない。

 

 

 やがて。

 口から唾液を零しながら、ロミスが掠れた声を落とした。

 

£ ゞ )「……ヒール……」

 

 それは、彼がいつも泣きじゃくりながら呼ぶ名前だった。

 

 

319:名無しさん:2023/10/10(火) 00:05:45 ID:LMjVEIVk0

 

 動かなくなったロミスから手を離したボスは、

 ペニサスの頭を鷲掴みにすると思いきりフローリングに叩きつけた。

 

(;、;*川「ひぐっ、う!」

 

( ^ω^)「さあ、続きだお、お嬢さん」

 

 しゃがみ込んだまま、手探りで卓上の工具を掴んでいる。

 ペニサスはぼろぼろと涙を零しながらも強く唇を噛んでいた。

 

 同じ泣き顔ではあるはずなのに、痛いのが嫌だ死にたくないと喚いていたときとは

 明確に違う意思がそこにあった。

 絶対に喋ってやるものかと睨み上げてくる目を見下ろし、ボスは眉間に皺を作る。

 

( ^ω^)「……あーあ……」

 

 ふいとペニサスから顔を逸らして立ち上がる。脇腹から血を流したまま。

 

 なぜ平気なのだ。

 その疑問は、こちらへ歩み寄ってきた彼の顔を見てすぐに解消された。

 

 重たそうな瞼の下でぎらぎらと瞳が輝いている。

 彼は今「それどころではない」状態にある。

 

 伊藤クールに勝てるチャンスを前にして、痛みに構っている暇などないのだ。

 

 

320:名無しさん:2023/10/10(火) 00:07:45 ID:LMjVEIVk0

 

(;´・_ゝ・`)「……」

 

( ^ω^)「デミタス。

       ああいう手合いはちょっと厄介でね。手伝ってくれるかお?」

 

(;´・_ゝ・`)「……は……?」

 

 彼はデミタスの太ももに突き刺さっていたナイフを握ると、ゆっくり引き抜き始めた。

 ぞりぞりと刃が肉を削っていく感触に、デミタスの喉から濁った音が出る。

 

(;、;*川「で、でみたすくんっ」

 

( ^ω^)「代わりにお前が痛い思いをすれば、たぶん、彼女の口が軽くなってくれると思うんだお」

 

(;´ _ゝ `)「う、ぉえ、っは……!」

 

( ^ω^)「大丈夫。顔は傷付けないし、死なないようにするから。

       その分すごく辛いとは思うんだけど」

 

(;´ _ゝ `)「あ゛、ああっ、ぐ、」

 

 すっかり抜けた刃を、傷口にほど近い場所へ再び指していく。

 ゆっくり、痛みが染み込むように。

 

 いくら叔父やオサムに何度も殴られたり蹴られたりしたとはいえ、

 ここまでの痛みは未知のゾーンで。

 混乱したデミタスの体が胃液を逆流させた。目の前がちかちかする。

 

 

321:名無しさん:2023/10/10(火) 00:08:43 ID:LMjVEIVk0

 

 カラーとモノクロを行き来する視界の中、ペニサスが口をわななかせている。

 

 言うな。言うな。

 構うな。

 逃げろ。

 

 

(;、;*川「……え……」

 

 

 加虐の手が止まる。

 

 ペニサスはひどく悔しそうな顔をして、涙と言葉を床へ落とした。

 

 

322:名無しさん:2023/10/10(火) 00:09:35 ID:LMjVEIVk0

 

 

(;、;*川「えびの、から、ですっ」

 

( ^ω^)「……海老?」

 

 

 ──ああ、言ってしまった。

 

 しかし彼女を責める気にはなれなかった。

 デミタスだって、同じ立場ならそうしている。

 

 

323:名無しさん:2023/10/10(火) 00:11:11 ID:LMjVEIVk0

 

(;、;*川「海老の殻や、蟹の甲羅には……あ、アスタキサンチンという、成分が、入ってます。

     か、加熱したときに赤くなるのは、このアスタキサンチンの作用で……

     ……これにはっ、他にも色々な作用がありますっ」

 

(;、;*川「……し、心血管しっか、んの、治療効果も期待されてる……みたいで……」

 

( ^ω^)「それで?

       そんなの別に、つい最近になって判明した事実ではないおね」

 

(;、;*川「とうきょ、湾は、ここ数年で、温度上昇でサンゴが増えたり熱帯魚が見付かったり、外来種が混じったり──

     環境に、い、色々な変化がありました」

 

 

325:>>324修正:2023/10/10(火) 00:14:11 ID:LMjVEIVk0

 

(;、;*川「おそらくそのせいで、か、殻が変質した海老が出てきたんです。

     特定の──ファイナル市近辺で獲れる海老の殻にだけ認められる、あたらし、い、成分が発見されました……。

     見付けたのは祖母に協力してた研究者でっ、……その人も、もういません……」

 

(;、;*川「つ……通常のアスタキサンチンより、さらに強い効果が望めます……。

     ただ、効率よく抽出する方法がまだ見付かってなくて……」

 

(;、;*川「それに甲殻類アレルギーを持つ患者に、と、投与する際のリスクもあります、

     そこを解決する前に、祖母も協力者も亡くなりました」

 

 

 言い終えて、ペニサスは嗚咽を漏らした。

 

 

326:名無しさん:2023/10/10(火) 00:15:17 ID:LMjVEIVk0

 

 

   ( ^ω^)『孫の方はそっちの才能はなかったみたいで、

          祖母と二人暮らしをして家事手伝いをやってたようだけど』

 

 

   ('、`*川『おばあちゃんがすごい人なのに私はさっぱりだから、馬鹿にされるっていうか』

 

 

 ──嘘だ。

 

 たしかに伊藤クールは研究者としては優れた人だったのだろう。

 それのすぐ傍にいたから、比較してペニサスが劣っているかのように見られていただけだ。

 

 ごちゃごちゃ乱雑に書かれたノートの内容を一晩で理解し、

 噛み砕いて自身の頭に覚え込ませられる人だ。

 集まった情報から、都度的確な推理が出来る人だ。

 

 彼女だって立派な人間なのだ。

 

 いいや、たとえそうでなかったとしても。

 こんなところで、こんな思いをして、むざむざ死んでいいわけがない。

 

 

327:名無しさん:2023/10/10(火) 00:17:48 ID:LMjVEIVk0

 

( ^ω^)「うん……うん。ありがとう。よく頑張ってくれたお」

 

 ボスは深く頷きながらペニサスに向かっていく。

 途中にあるリュックを拾って、ちょうどいい刃物を探しだした。

 

( ^ω^)「本当はデミタスに殺してほしかったけど……

       しばらく動けないだろうし、今回は仕方ないおね。

       それはまた今度、別の仕事で」

 

 ペニサスは逃げようともせずに悲痛な声で泣いている。

 きっと自分自身を責めている。

 

(;´・_ゝ・`)「やめ、ろ……!」

 

 床に両手をつき、這いずるようにしながらデミタスは言う。

 足を引きずった瞬間、半端に埋め込まれた刃が揺れて、また力を奪う。

 

 

328:名無しさん:2023/10/10(火) 00:18:38 ID:LMjVEIVk0

 

 ──何をしている。

 

 数年前とは違うはずだ。

 散々まともな物を食ってきた。ここ数日は特にだ。

 栄養なら充分にとっているだろう。

 

 考えろ。

 考えろ。

 

 

329:名無しさん:2023/10/10(火) 00:19:18 ID:LMjVEIVk0

 

 

 

 そうして、思いついたことがあった。

 

 

 

 一度何かをひらめいたら、思慮をすっ飛ばして実行してしまう癖がある。

 

 

.

 

 

330:名無しさん:2023/10/10(火) 00:20:25 ID:LMjVEIVk0

 

(;´・_ゝ・`)「おい!」

 

 渾身の力で、今の自分に出せる最大の声をあげた。

 ボスが振り返る。

 

 右手で足からナイフを引っこ抜いて、まとわりつく血をジャージで拭う。

 左手で自身の鼻先をつまんで、固定する。

 右手に持ったナイフの刃を、口の上、鼻柱の付け根に当てる。

 

 こちらに向けられた二人分の細い目が、かっと見開かれた。

 

 

 それを確認すると、デミタスはにやりと笑って。

 

 刃を、思いきり上へ滑らせた。

 

.

 

 

331:名無しさん:2023/10/10(火) 00:21:39 ID:LMjVEIVk0

 

 一瞬ひやりとした。遅れて熱。さらに遅れて、激痛。

 左手で顔を押さえる。吹き出した血が指の間から垂れていく。

 

 ボスはリュックを放り投げるとこちらに突っ込んできて、

 四つん這いになりながらデミタスの鼻尖を拾い上げた。

 

(;゚ω゚)「あ──ああああっ、何を! 何てことを!」

 

(;゚ω゚)「戻せ! 戻せお!! これがなきゃ駄目だお!! デミタス!!

      低かったら駄目だお! ドクオ先生になるな! 僕を裏切るな!!

      ふざけるなっ、何でっ! 何で!!」

 

 掴みかからん勢いで喚く男。

 その首の位置を確認し、デミタスは右手のナイフを握り直して──

 

 

332:名無しさん:2023/10/10(火) 00:22:34 ID:LMjVEIVk0

 

 ──彼の背後に一瞬、気を取られた。

 

 

 騒いでいた声が止み、暴れていた体が動きを止めた。

 

 

£°ゞ°)

 

 

 目を血走らせたロミスが、ボスの首を突き刺していた。

 先ほどまで自身の腹にあったナイフで。

 

 

333:名無しさん:2023/10/10(火) 00:23:51 ID:LMjVEIVk0

 

 ロミスが手を捻る。ナイフが肉を抉る。

 ボスの喉から空気の固まりが零れ落ちるような音がした。

 

 何かを言ったのかもしれなかったが、それを理解する前に大きな体がフローリングに倒れ込んで、

 とうとうぴくりとも動かなくなった。

 

 しばらく誰も声を発せなかった。

 また怪我など忘れて起き上がってきやしないかと、

 怪物の死体を眺めるような心持ちでそれを見つめていた。

 

 瞬きもしなければ胸も上下しない。

 それをたっぷり確認して、ようやくデミタスは息を吐き出した。

 

 

334:名無しさん:2023/10/10(火) 00:26:04 ID:LMjVEIVk0

 

 直後、ロミスもその場に倒れる。

 

 ──ロミス。

 呼びかけて、デミタスは彼へ駆け寄った。

 駆けるといっても、膝をにじることしか出来なかったが。

 

 腰が抜けたらしいペニサスも、同じように。

 

(;、;*川「ロミス君っ」

 

 ロミスの目は既に焦点が合っていない。

 ややあって、胃袋を満たしたのであろう血が口の端から垂れた。

 

£°ゞ°)「……海老フライ、俺も食べたかったな」

 

 呑気な一言だったが、声は弱々しい。

 

(;、;*川「ま、また作るから、やだ、死なないで」

 

 救急車、と言って立ち上がろうとしたペニサスの服をロミスの手が掴む。

 もう一方の手をぱたぱた揺らしている。デミタスを探しているのだろう。

 その手に触れてやると、ほうと彼の口から小さな息が落ちた。

 

 

335:名無しさん:2023/10/10(火) 00:27:34 ID:LMjVEIVk0

 

£°ゞ°)「もし姉者ちゃんに会うことがあったらさ、20円もらっといて。

      デミタス君にあげる」

 

 そして。

 彼は眠たそうに瞼を下ろして。

 

 吐息と一緒に、囁くような声を零していく。

 

 

£-ゞ-)「天気予報でさ……明日、雨だって……」

 

£-ゞ-)「出かけるなら、傘忘れないでね……」

 

 

 うん。

 上手く発声できなくて、聞こえなかったかもしれない。

 しかしロミスが満足そうに微笑んだので、何とか届いたのだろう。

 

 その顔をよく見たいのに、自分の血と涙を垂らしてしまうのが嫌で、出来なかった。

 友達の顔を汚したくなかった。

 

 

336:名無しさん:2023/10/10(火) 00:28:29 ID:LMjVEIVk0

 

 

 ごめん。ありがとう。

 いつか言えなかった──

 ずっと言えていなかった言葉を絞り出す。

 

 

 

 これも、届いていればいいのに。

 

 

 

.

 

 

337:名無しさん:2023/10/10(火) 00:29:25 ID:LMjVEIVk0

 

 

 

◆時の用には鼻を削げ

 …緊急時には手段を選んでいられないということ

 

 

.

338:名無しさん:2023/10/10(火) 00:30:09 ID:LMjVEIVk0

 

 

 

 

 

.

 

 

339:名無しさん:2023/10/10(火) 00:32:57 ID:LMjVEIVk0

 

 

 

(´・_#・`)「……」

 

 デミタスは眉根を寄せながら、顔の中心に貼られたガーゼに触れた。

 ペニサスがその手を下ろさせる。

 

('、`*川「触っちゃ駄目よ」

 

 でも痛くないし、と言うと、今はね、と返された。

 

 

 ──病院の一室。

 ベッドの上、顔と太ももにひとまずの処置を受けたデミタスが横たわっている。

 その横、右手の小指に包帯を巻かれたペニサスが椅子に座っている。

 

 室内にはこの二人だけだ。

 

 窓の外の空は雲が増えてきてはいるが、明るく、穏やかだ。

 数時間前の騒ぎが嘘のように。

 

 

340:名無しさん:2023/10/10(火) 00:34:21 ID:LMjVEIVk0

 

 「騒ぎ」、もとい惨劇の直後。

 

 異常を感じた運転手が家に飛び込んできて、

 ダイニングの様子を一目見ると、頭を押さえながらどこかへ連絡をとり始めた。 

 

 すぐにでも懐から拳銃を取り出してこちらに向けてくるのではと警戒していたが、

 そういった気配はなかった。

 むしろ、邪魔だから失せろという空気すら感じる。

 

 思ったよりもデミタスたちは彼らにとって木っ端でしかなく、

 思ったよりもボスはかけがえのない存在でなかったらしい。

 

 

341:名無しさん:2023/10/10(火) 00:35:46 ID:LMjVEIVk0

 

 ペニサスに支えられながら家の外に出て、少し離れた場所で救急車を呼んでもらって。

 で、今に至る。

 

 ペニサスの家に帰れば、たぶん、あれが夢だったのではと思えるほど

 綺麗さっぱり、全ての痕跡が消え去っているのだろう。

 

 下手をすると、アパートの203号室も空っぽになっているかもしれない。

 何せボスがいない以上、こちらに住処を提供し続ける義理など奴らにはない。

 

 姉者と兄者はどうなるだろうか。

 デミタスがこれだから、彼らも消されることはないとは思うが。

 

 まあ、何がどうなったって、あの二人は受け入れるだろう。

 でなければボスを裏切ってデミタスたちを助けるような真似はしない。

 

 どこかで会えたらいい。20円の件もある。

 

 

342:名無しさん:2023/10/10(火) 00:37:16 ID:LMjVEIVk0

 

(´・_#・`)「今後は平らな顔になるな」

 

('、`*川「あなた、ほとんど意識なくしてて聞いてなかったのかもしれないけど

     手術である程度は復元できるって話よ。

     まったく元通りかは置いておいて」

 

(´・_#・`)「匂いは感じられるんだろうか。今は何が何だか分からない」

 

('、`*川「嗅覚を感じるのは鼻のずっと奥の方だから、大丈夫だと思うけど」

 

(´・_#・`)「良かった。

        あんたの作る飯が味気なく感じるようになったらどうしようかと思った」

 

 であればおおよそ、今後の大きな──あくまで大きな──不安要素はないに等しい。

 

 ペニサスが拗ねたような、変な顔をして唇を尖らせているので

 「どうした」と訊いてみれば、「何でもない」とすげない返事。

 頬が少し赤い。

 

 

343:名無しさん:2023/10/10(火) 00:38:47 ID:LMjVEIVk0

 

('、`*川「……はあ、引っ越さなきゃな。さすがにもうあそこに住んでらんない。

     ああでも、その前にしたらば製薬に研究の話をしに行かないと。

     やることいっぱいあるわ」

 

(´・_#・`)「頑張れ」

 

('、`*川「他人事。まあデミタス君は療養に専念しておいてちょうだい。

     ……ねえ、住みたい場所とかある?

     私、海が近いところがいいわ」

 

 今度は不安そうな、期待するような、窺うような顔。

 

(´・_#・`)「あんたがいるならどこでもいい」

 

 答えてから、一緒に住むことが前提なんだなと気付いたが、

 別にそれでいい──それが良かったから、つっこまないでおいた。

 

 ほっと息をついたペニサスが、椅子を引きずるようにしてベッドに近付く。

 

 

344:名無しさん:2023/10/10(火) 00:40:10 ID:LMjVEIVk0

 

('ー`*川「私も、デミタス君がいればどこだって怖くないわ」

 

 そう言って、顔をくっつけてきた。

 

 鼻がぶつかりにくい今の内に──なんて笑うので、

 ならしばらく手術しなくてもいいかな、と少し思ってしまった。

 そのまま言葉にしたら怒られそうだけど。

 

 

345:名無しさん:2023/10/10(火) 00:41:06 ID:LMjVEIVk0

 

 

 

 目も鼻も口も、どんな形をしていたってどうでもいい。

 自分も彼女も。

 

 

 ただ一緒に話して、一緒に何かを食べて、一緒に生きてくれたら、それでいい。

 

 

.

 

 

354:名無しさん:2023/10/11(水) 05:47:03 ID:QfVmXMZY0

 

 デミタスの腹が、ぐうと鳴る。

 ペニサスが目を瞬かせてくすくす笑う。

 

 あれこれ教えてくれたお節介な友達はもう隣にいない。

 

 だから腹を満たして頭に栄養を回したら、

 彼女を前にすると胃袋ではないどこかが無性に物欲しがるようなこの気持ちを

 どう言葉にして伝えたものか、自力で考えるとしよう。

 

.

 

 

346:名無しさん:2023/10/10(火) 00:42:16 ID:LMjVEIVk0

 

 

 

 

 

(´・_#・`)麻殻に目を付けたようです(今のところは)

 

 

 

 

 

■完

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