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03

(´・_ゝ・`)麻殻に目鼻を付けたようです

 

  【注意】暴力描写を含む作品です。

2:名無しさん:2023/09/30(土) 00:02:03 ID:KE1dk0R20

 

 十五夜をとっくに通り過ぎて、月も痩せてきた夜のことだ。

 

('、`*川「私のことを殺しに来たの?」

 

 その女は細く開けた玄関ドアから、チェーン越しに問いかけてきた。

 

(´・_ゝ・`)「うん」

 

 デミタスは正直に頷いてから、こういうときは適当な言葉で安心させて

 油断させるべきだったのかもしれない、と思い直した。

 ので、

 

(´・_ゝ・`)「ううん」

 

 首を横に振った。

 そうしてから、無駄なことしたな、とも思い直す。

 どうにも、一度何かをひらめいたら思慮をすっ飛ばして実行してしまう癖がある。

 

 女はドア同様に細く開いた目でデミタスの顔をじっと見上げた。

 案の定信用されていない。騙すのは諦めた。

 

3:名無しさん:2023/09/30(土) 00:02:50 ID:KE1dk0R20

 

(´・_ゝ・`)「……僕は何も、ただ無為にあんたを殺すつもりはない」

 

('、`*川「というと?」

 

(´・_ゝ・`)「殺す前に、何でも一つ、言うことを聞いてやる。

        そういう決まりなんだ」

 

 最悪のセールストークである。

 口にしたら、背負ったリュックサックの重みが急に増した気がした。

 

('、`*川「殺さないでってお願いは聞いてもらえるの?」

 

(´・_ゝ・`)「それ以外で」

 

('、`*川「『何でも』って言ったじゃない」

 

(´・_ゝ・`)「あんたが死ぬことは確定事項だし、僕に危害を加えるような命令も無しだ」

 

('、`*川「『何でも』っていうの、取り消したら?」

 

 ──そのとき、ぐうう、間抜けな音が響いた。

 デミタスの体からだ。

 朝から何も食べていない。現在、午後11時。そりゃあ腹も鳴る。

 

 女は細い目をさらに細めて笑った。

 チェーンを外し、ドアを押し開ける。

 

4:名無しさん:2023/09/30(土) 00:03:21 ID:KE1dk0R20

 

('ー`*川「決まった。ゲームしましょ?」

 

(´・_ゝ・`)「ゲーム?」

 

 寝る前だったのか、ネグリジェを着ている。

 ひらひらと装飾が多い割に、襟ぐりは大きく開いていてガードが薄い。

 数多の男をたぶらかしてきた「毒婦」というイメージに違わない。

 

 

('ー`*川「あなたにご飯を作ってあげる。

     それが口に合ったなら、『今晩は』見逃して」

.

5:名無しさん:2023/09/30(土) 00:03:50 ID:KE1dk0R20

 

(´・_ゝ・`)「……だから、見逃せという希望は聞けない」

 

('、`*川「明日また来てくれたら、同じことするから。

     美味しくないと思ったときに殺してくれればいいわ」

 

 ──「一生殺さないで」というお願いではないからいいでしょ?

 女はくすくす笑う。

 

 そうしてデミタスの右腕を両手で掴み、彼を家へと引き入れた。

 抵抗せずに足を踏み入れながらデミタスは考える。

 

 絶対に今晩中に殺せ、という命令ではなかったはずだから、問題ないだろう。多分。

 

 ちゃんと頭で考えて出した結論だったのか、空っぽの胃袋が早まったのか、

 どちらだったかは判断が難しいところだ。

6:名無しさん:2023/09/30(土) 00:04:42 ID:KE1dk0R20

 

 

 

(´・_ゝ・`)麻殻に目鼻を付けたようです

 

 

 

■前編:命乞いご飯

 

 

.

7:名無しさん:2023/09/30(土) 00:05:40 ID:KE1dk0R20

 

( ^ω^)『厄介な女がいてね』

 

 デミタスの鼻先をつまみながら「ボス」は言った。

 ボス、と呼ばされているだけであって、デミタスは何かしらの組織に属しているわけではない。

 ただ、逆らえない相手であるのは確かだ。

 

( ^ω^)『伊藤ペニサスというんだお。知ってるかお?』

 

(´・_ゝ・`)『いいえ』

 

( ^ω^)『したらば製薬という会社は?』

 

(´・_ゝ・`)『いいえ』

 

( ^ω^)『この国の新薬メーカーで三本の指には入る大企業だお。

       僕は無知な人間が嫌いだけど、本当に知らないかお?』

 

(´・_ゝ・`)『知らないです。

        テレビとかで耳にはしてるかもしれませんが、

        そういうのに興味がないので記憶に残ってないんだと思います』

 

( ^ω^)『うん。我が身可愛さに嘘をつく人間はもっと嫌いだお。

       やっぱりお前は素直でいい』

 

9:名無しさん:2023/09/30(土) 00:07:13 ID:KE1dk0R20

 

 カウチに座って、前のめりになっているボス。

 その眼前、床に膝をついているデミタス。

 

 室内には他にもう二人いるのだが、その内ひとりは、

 もう一人の指を一本ずつ潰していくのに忙しいようだった。

 

 横から突き刺さってくる悲鳴と殴打音でボスの声が聞き取りづらいので、

 大事な話をするのなら、どちらかの場を移してほしいと正直思う。

 

( ^ω^)『したらば製薬会社に、昔、ある研究員が勤めていたお。

       伊藤クール。彼女が開発に携わった数々の薬は多くの人を救った』

 

 ボスの顔は常に笑みを湛えているが、今は別に、何かを楽しんだり面白がったりする様子はない。

 伊藤クールとやらの功績を語る声にも目立った感情はなかった。

 

( ^ω^)『その孫娘がペニサスだお。今年で26。

       孫の方はそっちの才能はなかったみたいで、

       祖母と二人暮らしをして家事手伝いをやってたようだけど』

 

 名残惜しげにデミタスの鼻から手を離し、ぼすんと背もたれに寄りかかる。

 肥満体を受け止めたカウチの軋みが、床を通ってデミタスの膝に伝わった。

 

10:名無しさん:2023/09/30(土) 00:07:55 ID:KE1dk0R20

 

( ^ω^)『──半年前、春。伊藤クールが死んだ。

       そこで、ちょっと面倒なことになったお』

 

【+  】ゞ゚)『ボス』

 

 のっそりと、横から男が割り込んできた。

 グレーのスーツも、顔の右半分と口元を覆う奇妙な面も、返り血で汚れている。

 汚れが一番酷いのは左手に持った金槌だ。赤黒い液体と様々な破片でどろどろ。

 

( ^ω^)『何だお、オサム』

 

【+  】ゞ゚)『これ以上やっても情報は出てこないです。

        本当に知らないんでしょう』

 

( ^ω^)『そうかお。じゃあもういい』

 

 オサム、ともう一度男の名前を呼んで、ボスは人差し指を自分の方へくいくい曲げる。

 呼ばれたオサムが屈み込むと、その指で、彼の鼻梁に飛んでいた血を拭った。

 

 そのまま部屋の隅、ブルーシート上の椅子に縛りつけられた男を示す。

 頭部と手足のおおよそが使い物にならなくなった男は、血と汗でてらてら光る身をぐったりと斜めに倒していた。

 弱々しく胸が上下し、時折びくんと震えるので生きてはいるらしい。

 

11:名無しさん:2023/09/30(土) 00:09:13 ID:KE1dk0R20

 

( ^ω^)『頑張ってくれたんだから、「お願い」を聞いてやって』

 

【+  】ゞ゚)『はい』

 

 歩み寄ったオサムが男の耳元で何か囁くと、男は掠れた声で「殺してくれ」と答えた。

 オサムが金槌をナイフへ持ち替える。

 

( ^ω^)『あれは伊藤クールとチームを組んでた研究員。……の、最後の一人。

       あれも駄目だった。やっぱりもう、孫に訊くしかなさそうだお』

 

 残念そうに言って、ボスはポケットからくしゃくしゃの写真を取り出した。

 受け取る。

 

[ ('、`*川 ]

 

 女が一人写っている。

 どこかのカフェにいるところを近くの席から撮ったものらしい。

 

 デミタスの手元を覗き込むようにしたボスが、呆れたような声を出した。

 

( ^ω^)『あーあ、いかにも良くない顔。

       目は細いし鼻は低いし口は厚くて曲がってる。

       お前と真逆だおね、デミタス』

 

(´・_ゝ・`)『ボスとは同じですね』

 

 そのように思ったので、そのように言ってしまった。

 横の方、動かなくなった研究員から拘束具を外す音が止まった。

 

12:名無しさん:2023/09/30(土) 00:09:53 ID:KE1dk0R20

 

 一拍あけ、ボスの笑い声が弾ける。

 それは存外長く響いて、彼の喉はひくひくと余韻を引きずった。

 

( ^ω^)『ふふふ、うん、うん。本当に素直な奴め。

       性格も顔も、お前は完璧だお』

 

(´・_ゝ・`)『ありがとうございます』

 

( ^ω^)『ぱっちりした目も、薄くて真っ直ぐな口もいいけど、何より鼻がいい。

       鼻が高くない奴は駄目だお。必ず裏切る』

 

 また鼻に触れてくる。

 研究員の血が移るのを嫌ってか、指の背で擽るように。

 

13:名無しさん:2023/09/30(土) 00:11:21 ID:KE1dk0R20

 

( ^ω^)『実際この女も、何人もの男を騙して殺して、金を奪ってきた人でなしだお。

       ──挙げ句、遺産のために自分の祖母さえ殺した。

       だから遠慮はいらないおデミタス』

 

 

 

( ^ω^)『どんな手を使ってでも、こいつから情報を引き出してくれお。

       それが済んだらきちんと殺しておくように。

       お礼とお詫びに、お願いを聞いてやることも忘れずにね』

 

 

 

 どんな情報を、とか、自分一人で、とか確認すべきことは山ほどあったが、

 とりあえず一番目に浮かんだ疑問を口にした。

 

(´・_ゝ・`)『いつまでに』

 

( ^ω^)『初めての人殺しとなればお前も準備があるだろうから、今すぐとは言わないお。

       冬まで待ってやる気もないけど』

 

 

 

14:名無しさん:2023/09/30(土) 00:12:04 ID:KE1dk0R20

 

 

 先日のことを思い返して、やはり、仮に一晩見逃しても大丈夫そうだなと己を納得させた。

 今は10月上旬。冬まではもうしばらくある。

 

('、`*川「適当に座って」

 

 デミタスをダイニングへ引っ張ってきた女──伊藤ペニサスは、4人掛けのテーブルを指した。

 とりあえず入口に一番近い席に座り、隣の椅子にリュックを下ろした。

 がちゃがちゃ、刃物やら工具やらが中で擦れる。

 

('、`*川「アレルギーとか、苦手な食べ物とかある?」

 

(´・_ゝ・`)「ない」

 

 そこで腹が鳴った。二度目。

 ペニサスはきょとんとして、ぽってりした唇から息を漏らすように笑うと、

 デミタスの肩を指先でつついた。

 

('、`*川「待っててね、急いで作るから」

 

 言って、ダイニングの入口とは反対側の壁についたドアを開ける。

 キッチンは独立した間取りらしい。

 

15:名無しさん:2023/09/30(土) 00:13:12 ID:KE1dk0R20

 

(´・_ゝ・`)「そんなアバズレみたいな格好で人に飯を出すのか」

 

 また、思ったことを深く考えもせずに言ってしまった。

 デミタスだって上下黒のジャージという、人の命を奪うにはずいぶんラフな服装のくせに。

 

 しかしペニサスは反論もせず、一考するかのように頬へ指を当てて「たしかに」と答えた。

 

('、`*川「先に着替えてくるわ」

 

 部屋を出ていって、階段を上る音がして、少し待って、

 そうして戻ってきたペニサスは白いブラウスと黒いロングスカートをまとっていた。

 先よりは露出が抑えられている。何故か、少しほっとした。

 

 かと思えば。

 

('、`*川「これでいい? 照れ屋さん」

 

 耳元、媚びた声で囁かれてまた微妙にざわつく。シャンプーの甘い匂い。

 

 自分を殺しに来たという男に対してこの態度。

 一般的な女なんてものもそう知らないが、これが普通ということはないだろう。

 呆れと嫌悪が湧く。肩を大きく動かして彼女を振り払った。

 

('、`*川「ほんとに照れ屋」

 

(´・_ゝ・`)「早く作れ」

 

('、`*川「しかもせっかち」

 

16:名無しさん:2023/09/30(土) 00:14:25 ID:KE1dk0R20

 

 今度こそペニサスがキッチンへと消える。

 これから拷問の末に殺さねばならない女の家で一人きりにさせられて、

 落ち着かない気分で辺りを見渡した。

 

 二階建ての一軒家。

 外観からも祖母と孫の二人だけで暮らすには余分なサイズだろうと思ったが、

 中に入るとますます広く見える。

 

 ただ、調度品は存外庶民的だ。

 ブランドだの材質だのには明るくなくても、それ自体が放つ空気というか匂いというものはあると思っている。

 そこから判断すると、大体その辺の家具屋や家電屋に置いてあるものだろう。

 

 テレビもそれほど大きくないし薄くもない。

 ──テレビが大きかったり薄かったりすればすごい、という安直な価値観がデミタスの中にはある。

 勝手にリモコンで電源を入れ、バラエティ番組を流しながらペニサスを待った。

 

.

 

17:名無しさん:2023/09/30(土) 00:15:38 ID:KE1dk0R20

 

 

 

 ようやくデミタスが初見の芸人の顔と名前を全員分把握した頃、彼女が戻ってきた。

 醤油の焦げる匂いと共に。

 

('、`*川「お待たせ」

 

 テレビを消して振り返り、開いた口をすぐに閉じた。

 

 皿を持ったペニサスはばっちり化粧をしていた。

 そこで今さら「さっきはすっぴんだったのだな」と気付く。就寝前なら当然か。

 

(´・_ゝ・`)「料理しながら化粧してたのか? こんな状況で?」

 

('、`*川「綺麗な方がいいでしょ?」

 

(´・_ゝ・`)「飾ったところで綺麗になるような顔はしてないだろ」

 

('、`*川「あら酷い」

 

 ころころ笑っている。つくづく様子がおかしい女だ。

 笑い声を打ち切り、ペニサスは皿と箸を卓上に置いた。

 皿には丸いおにぎりが二つ。表面は茶色く、焦げ目がついている。

 

18:名無しさん:2023/09/30(土) 00:16:31 ID:KE1dk0R20

 

('、`*川「具なしの焼きおにぎり。召し上がれ」

 

(´・_ゝ・`)「命乞いの飯にしては質素だな」

 

('、`*川「急に来るんだもの。冷蔵庫に何もなかったのよ」

 

 お味噌汁ぐらいはつけたかったのにそれすら出来なかったわ、と溜め息をつかれた。

 互いに不満を垂れていても不毛だ。

 さっそく熱々のおにぎりを素手で半分に割って、その片方をペニサスに差し出す。

 

('、`*川「ご飯は人と一緒に食べたいタイプ?」

 

(´・_ゝ・`)「毒とか入れてないか確かめたいタイプ」

 

 肩を竦めたペニサスは、デミタスの手に顔を寄せ、焼きおにぎりを一口かじった。

 びっくりした。

 

(´・_ゝ・`)「自分で持って食え。熱い」

 

('、`*川「あ。ごめんなさいね」

 

 一切反省した様子もなく、口の端に置き去りにされた米粒をぺろりと舐め掬っている。

 食べかけの残りをデミタスが強く突き出すと、今度は受け取ってくれた。

 熱を逃がすためかおにぎりを両手で転がしながら、顎をしゃくる。

 

19:名無しさん:2023/09/30(土) 00:17:24 ID:KE1dk0R20

 

('、`*川「ほら、普通の焼きおにぎりよ。温かい内に食べて。

     出来たてが美味しいって、みんな言うんだから」

 

 念のため1分ほど待って、彼女に異変がないことを確かめてから、デミタスも自分のぶんを口に運んだ。

 

 表面の焦げた米が砕け、内部の熱い米がほどける。

 甘じょっぱくて、焦げ目はほろ苦い。

 

(´・_ゝ・`)「美味い」

 

('、`*川「そう」

 

 ──そのまま何秒か。

 

('、`*川「他に感想とかないの?」

 

(´・_ゝ・`)「おかげで、あんたに使う予定だった道具が無駄になった。重かったのに」

 

('、`*川「それは申し訳ないけど。

     ここが美味しいとか、こういうのが好きとか、そういうコメントは?」

 

 そんなことを言われても。

 

 物をよく味わって食う、という経験がほとんどないので、

 美味いと不味い、もっと踏み込んでも甘いしょっぱい苦い酸っぱい辛い固い柔らかい以外に

 何を感じ取ってどう言葉にすればいいのか分からない。

 

 皿の上を凝視し、何とか捻り出した。

 

20:名無しさん:2023/09/30(土) 00:18:23 ID:KE1dk0R20

 

(´・_ゝ・`)「少ない」

 

('、`*川「ほんと? ごめんなさいね、あなた、痩せてるから。少食なのかと」

 

 言われたとおりデミタスは痩せ型だが、食事量は平均か少し多いくらいだ。

 とはいえ食べること自体は好きでも嫌いでもない。単なる作業に近い感覚。

 

 ひとまず今晩は命拾いしたことに安堵したのか──そもそも不安になっていたかも怪しいが──、

 ずっと立ちっぱなしだったペニサスが向かいの席に腰掛けた。

 

('、`*川「それにしても、目を離してる間に、私が通報するかもとは考えなかったの?」

 

(´・_ゝ・`)「そうなったらそうなっただ。

        ボスが警察に口ぎきするだろうし、それで駄目でも、僕以外の誰かがあんたを殺しに来る」

 

('、`*川「じゃあキッチンの窓から逃げるかも、とかは?」

 

(´・_ゝ・`)「どうせ逃げたって無駄だ」

 

('、`*川「そう」

 

 デミタスの言葉を反芻したのか、間をおいて、ペニサスが「ボス」と呟いた。

 

21:名無しさん:2023/09/30(土) 00:19:08 ID:KE1dk0R20

 

('、`*川「その人が私を殺せと言ったの?」

 

(´・_ゝ・`)「正確には拷問してから殺せと」

 

('、`*川「……何のためにそんなことを?」

 

(´・_ゝ・`)「あんたの祖母さんの研究資料が欲しいらしい」

 

 

 

22:名無しさん:2023/09/30(土) 00:20:04 ID:KE1dk0R20

 

 

( ^ω^)『──伊藤クールは定年後もコンサルタントとして新薬の開発に関わり続けたのだけど、

       皮肉なことに、彼女がこれまでに作ってきた薬でも彼女は救えなかった』

 

( ^ω^)『まあ孫に裏切られたとなれば、才女でもどうにも出来なかったのだろうね』

 

(´・_ゝ・`)『孫に……』

 

( ^ω^)『ひとまずそこは置いといて。

       それでもクールは、死ぬ間際まで研究に関わり続けていたんだお』

 

 そのとき、ボスの懐でスマートフォンの着信音が鳴った。

 ボスがオサムに手指で指示を出して退室する。

 

 死体を小分けにするための目印をつけていたオサムは、

 油性マジックのキャップをしめながらこちらへ近付いてきた。

 デミタスが姿勢を崩そうとすると、左肩に右足を乗せて阻止する。

 

23:名無しさん:2023/09/30(土) 00:21:20 ID:KE1dk0R20

 

【+  】ゞ゚)『ぼうっとしたツラしやがってよ。ちゃんと話聞いてんのかテメェ』

 

 ぎょろりとした目で見下ろされ、デミタスもやや睨むように見上げ返した。

 面の向こうから舌打ちが聞こえる。

 

【+  】ゞ゚)『──晩年の伊藤クールは、心血管疾患に関わる薬の研究に携わってた。

        成功すりゃ難病の治療に役立つってんで期待されてたらしい』

 

 オサムは具体的な病名をいくつか上げたが、デミタスにはよく分からないものばかりだった。

 

【+  】ゞ゚)『これまでにもずっと惜しいとこまでは行ってたんだが、

        どうしても最後の一手が足りなくて開発は停滞していた。

        ──その「一手」をクールが見付けたんだとよ』

 

【+  】ゞ゚)『それを発表する前に……どころか、チームに詳細を共有する前におっ死んじまった。

        そのうえ、研究をまとめた資料が行方不明なんだと』

 

 油性マジックで後方の死体を指す。彼も、何も知らなかったらしい。

 

【+  】ゞ゚)『どいつもこいつも、いいもん見付けたとは聞かされてたがその正体は聞いてねえときた。

        もう手がかりの有力な候補は孫だけだ。他の家族とはとっくに疎遠らしいしな──』

 

 

 

 

 

24:名無しさん:2023/09/30(土) 00:22:47 ID:KE1dk0R20

 

 

(´・_ゝ・`)「──ボスが懇意にしてる企業の一つと、したらば製薬はライバルみたいなものらしい。

        万が一したらば製薬が薬を完成させたら、その企業とボスが損をする。

        だから誰より早く研究資料を見付けたいんだそうだ」

 

('、`*川「それで私が何か知ってないか、聞き出してこいというわけね」

 

 二つ目の焼きおにぎりを齧る口元を見つめながら、

 ペニサスは「ううん」と唸った。

 

('、`*川「どうしても酷いことしなきゃ駄目? もっと穏便な方法で聞き出すとか……」

 

(´・_ゝ・`)

 

 その言葉で、今さら気付いたのだった。

 そういえば「どんな手を使っても」と言われただけで、指定はされていない。

 オサムの仕事風景を横にあんな話をされたので、そういうものだと思っていたが。

 

25:名無しさん:2023/09/30(土) 00:23:40 ID:KE1dk0R20

 

(´・_ゝ・`)「たしかにそうだ。素直に教えてくれれば拷問の必要はない。

        僕の手間が減るし、あんたは死ぬ前に苦しむことがなくなる」

 

 ペニサスは頬杖をつき、にんまりと笑った。

 

('ー`*川「そんなに口の軽い女に見えて?」

 

(´・_ゝ・`)「見える」

 

('、`*川「失礼な」

 

 今度は口を尖らせる。

 たしかボスが言うには26歳。デミタスの一つ上の割に、この表情はひどく幼い。

 

('、`*川「でも拷問なんて怖いことするくせに、何でも言うことを聞いてやる、ってのも変な話。

     あなたの矜持?」

 

(´・_ゝ・`)「僕の意思じゃない。

        死ぬ前ぐらい、いい思いさせてやれっていうボスの慈悲だ」

 

('、`*川「慈悲ねえ……」

 

 話している間に、すっかり焼きおにぎりを食べ終えてしまった。

 

 今日はもう殺せない、彼女も口を割らないというのなら、長居する意味はない。

 指に残った米を口で取りながら、もう一方の手でリュックを拾って腰を上げる。

 

26:名無しさん:2023/09/30(土) 00:24:24 ID:KE1dk0R20

 

(´・_ゝ・`)「帰る」

 

('、`*川「え、もう? まだたくさん話したいことあるのに」

 

(´・_ゝ・`)「薬のこと以外、話しても時間の無駄だろ。──明日また来る。

        焼きおにぎりが美味かったからって、明日も同じもの出すような、せこい真似するなよ」

 

('、`*川「何時頃になる? またこんな遅くに来られちゃ困るわ」

 

(´・_ゝ・`)「知るか」

 

('、`*川「……待ってるから、早く来てね」

 

 いつまでその媚びた態度を続けるのか。それとも、そういうのが染みついているのか。

 そのくせ、立ち上がって見送ろうというつもりはないらしく座ったままだ。

 辟易としながらデミタスは一人、ダイニングを後にした。

 

 ああ、面倒な奴と関わってしまったなと思いながら。

 

 

 

27:名無しさん:2023/09/30(土) 00:25:41 ID:KE1dk0R20

 

 

 ──ファイナル市。

 千葉県内、東京湾に面したこの街は、間近にある都市部の喧騒と

 間延びした田舎の静けさがまだらに混じり合った、不安定な空気に満ちている。

 

 何か特筆できる点はあるかと訊かれたら、千葉らしく農業や漁業が盛んで、

 付随して規模の大きな市場があることくらい。

 だがそれらも、県内の他の地域と比べると一気に見劣りしてしまう。

 

 何もないと言っては謙遜が過ぎるが、これぞ一番と言うと不遜が過ぎる、そのような街だ。

 

 

 その片隅に建つアパートに、ボスの「お気に入り」たちが住まわされている。

 

.

 

28:名無しさん:2023/09/30(土) 00:26:55 ID:KE1dk0R20

 

(´・_ゝ・`)(……さっさと寝よう)

 

 深夜2時を回る頃、ようやくアパートに到着した。

 あの家を出てすぐ、物足りなさを訴えてくる胃袋を宥めるためラーメン屋に寄ってきたのだ。

 何もしていないに等しいのにひどく疲れていて、満腹感も相俟って非常に眠たい。今。

 

 2階の角部屋、203号室の前に立つ。そこがデミタスの部屋だ。

 ポケットから鍵を取り出したところで、玄関横の小窓から明かりが漏れているのに気付く。

 電気は出がけに消したはずだ。

 

 眠気がすとんと抜け落ちる。

 鍵をしまってドアノブを捻ると、すんなり開いた。

 

 

£°ゞ°)「おかえりィ」

 

 

 ワンルームの真ん中にいたのは、アホ面をぶら下げた若い男だった。

 

29:名無しさん:2023/09/30(土) 00:27:58 ID:KE1dk0R20

 

£°ゞ°)「思ったより早かったねえ、デミタス君」

 

 男──ロミスがへらへらと笑顔を向け、ひらひらと缶ビールを持った手を振る。

 紫色のツナギを着て、両手の爪はつやつやのオレンジ色。

 

 デミタスは舌打ちしながら靴を脱ぎ、部屋に上がった。

 

£°ゞ°)「ね、ね。どうだった、初めての人殺し」

 

(´・_ゝ・`)「殺してない。帰れ」

 

£;°ゞ°)「え? やってないの? どうしたの、ものすごい美女で絆されちゃったとか?」

 

(´・_ゝ・`)「あれは美人じゃない。帰れ」

 

£;°ゞ°)「どうすんの、ボス怒るよ」

 

(´・_ゝ・`)「ちょっと先延ばしになっただけだ。帰れ」

 

£;°ゞ°)「ええ……? 何があったのさ」

 

 語尾の三文字は聞こえていないらしい。

 壁際の流し台で手洗いとうがいをして、デミタスはロミスの眼前で濡れた手を振った。

 

£ >ゞ<)「わー」

 

(´・_ゝ・`)「かわい子ぶるな」

 

£;°ゞ°)「ぶってないよ」

 

30:名無しさん:2023/09/30(土) 00:29:08 ID:KE1dk0R20

 

 ローテーブルを挟んでロミスと向かい合う。

 

 彼が持ち込んだのであろうビニール袋から無断で缶チューハイを引っこ抜いて、

 それをちびちび飲みながら伊藤家でのことを聞かせた。

 甘くて、炭酸で舌がぴりぴりする。

 

 

 ──うんうんと柔らかい声で相槌を打ちつつ最後まで聞き終えて、

 ロミスはデミタスの顔をまっすぐ見つめてきた。

 

£°ゞ°)「デミタス君さあ。

      それで冬まで通う羽目になっちゃったらどうするの」

 

 完全に呆れ果てた表情だった。

 たしかデミタスより一つ下、24歳。

 それぐらいのことで立場が上下するとも思わないが、どうにも不当にナメられている気分が抜けない。

 

(´・_ゝ・`)「そう毎日毎日美味いものが作れるかよ」

 

£°ゞ°)「わ! フラグだ!」

 

31:名無しさん:2023/09/30(土) 00:30:36 ID:KE1dk0R20

(´・_ゝ・`)「もう野次馬根性は満たされただろ、帰れ。ピッキングまでしくさって」

 

£°ゞ°)「そりゃ一番に話聞きたくて来たとこはあるけど、それだけじゃないよ」

 

 空いたビール缶をテーブルの隅に追いやって、ロミスは先のペニサスのように口を尖らした。

 唇がやたら薄くて(形も色も)、やたら小さいので、少々存在感がない。

 だから、ロミスは鼻が高くて目もぱっちりしているが、ボスにとっては「完璧」ではない。

 

 その顔を視線で辿ったデミタスは、彼のツナギの首元が汚れていることに気付いた。

 黒っぽい染み。きっと、乾く前はもう少し赤みがあったに違いない。

 そこを指で隠してロミスは呟いた。

 

£°ゞ°)「さっき仕事してきたから。一人でいるのこたえるんだよね」

 

32:名無しさん:2023/09/30(土) 00:31:58 ID:KE1dk0R20

 

 このアパートは、言ってしまえばボスのコレクションケースみたいなものだ。

 

 住まわされているのはボスの「お気に入り」たち。

 みんな鼻が高い。比喩としてではなく物理的に。

 

 彼らはファイナル市から外に出ることも、定職につくことも許されない。

 小遣い含む生活費、その他必需品はボスから与えられる。

 そうやってここに寝泊まりして、たまに訪れるボスに鑑賞される。そんな生活。

 

 しかし時々「仕事」を命じられることがある。

 

 

 ボスにとって何かしらの障害になる──あるいはただ気に食わない──人間を殺せ、と。

 

.

 

33:名無しさん:2023/09/30(土) 00:34:20 ID:KE1dk0R20

 

 ここでの暮らしや与えられる仕事について、彼らに拒否権はない。

 逃げることも叶わない。

 

 何だかんだデミタスは昨日まで仕事をせずに済んでいたが、ロミスはもう何回目になるのか。

 穏やかな人間なので、毎回しんどくなっては他の住人の部屋に入り込んでいるようだ。

 隣人であるデミタスがその餌食にされることが多い。

 

(´・_ゝ・`)「知るか、帰れ。でなきゃ死ね」

 

£;ゞ;)「えーん酷い」

 

 ロミスは泣き真似をしながら床に倒れ、そのまましばらく顔を伏せた。

 ──しくしく、本当の泣き声が聞こえてくる。

 またかと思いながら覗き込むと、予想どおりスマホの画面を眺めていた。

 

34:名無しさん:2023/09/30(土) 00:35:10 ID:KE1dk0R20

 

 そこに映るのは一人の女だ。

 釣り上がった目は細い。鼻筋はやや通って見えるが、高いと言えるほどでもない。

 大口開けた笑顔は、少なくとも上品な印象は受けない。

 

 去年だったか2年前だったかもっと前だったか。

 ボスの命令によって、ロミスが初めて殺めた人間である。

 どこか良くない金に手を出したのが原因だったという。詳しくは知らない。興味がない。

 

 ともかく女を殺しに行った先で色々あったらしく、きちんと死体の始末をつけた後も

 心の方は片付けられないまま、こうして引きずり続けている。

 

£;ゞ;)「デミタス君、何で殺してこなかったの。仲間が増えると思ったのに」

 

 同じ気持ち味わってよ、と恨みがましい声。

 

35:名無しさん:2023/09/30(土) 00:35:49 ID:KE1dk0R20

 

(´・_ゝ・`)「一時間かそこら話しただけの女を忘れられないお前がおかしいんだ。

        仲間なんて一生できないよ」

 

£;ゞ;)「デミタス君なんか、下手したら何日も話すことになるじゃん。

      俺より酷いことになっても知らないからね」

 

(´・_ゝ・`)「言ってろ」

 

 

 

36:名無しさん:2023/09/30(土) 00:36:58 ID:KE1dk0R20

 

 

('、`*川「いらっしゃい」

 

(´・_ゝ・`)「……逃げなかったんだな」

 

 午後8時。伊藤家。

 昨夜と同じく黒のジャージにリュックを背負ったデミタスを、

 白のブラウスと黒のロングスカートのペニサスが出迎えた。

 

('、`*川「逃げても無駄だって、あなたが言ったんでしょうに。

     ──昨日よりずいぶん早いのね」

 

(´・_ゝ・`)「早く来いってあんたが言ったんだろ」

 

('ー`*川「ふふ、ええ、待ってたの。ありがとう」

 

 つうっと胸元をなぞる指先を叩き落とす。

 勝手にダイニングへ向かうと、追いかけてきたペニサスが質問を寄越した。

 

37:名無しさん:2023/09/30(土) 00:37:42 ID:KE1dk0R20

 

('、`*川「あなたの名前、聞いてなかった」

 

(´・_ゝ・`)「デミタス」

 

('、`*川「歳は?」

 

(´・_ゝ・`)「25」

 

('、`*川「あら、年下。じゃあ『デミタス君』でいい?」

 

 あのまま酔いつぶれた挙げ句、泣きじゃくりながら嘔吐してデミタスの部屋を汚した馬鹿の顔が過ぎったが、

 では何と呼ばれれば満足かと考えても答えは出なかったので、「好きにしろ」とだけ返した。

 

 

 

 ──席に着いてあまり待たない内に、ペニサスが盆を持ってきた。

 またメイクをしたのか、料理前より少し顔が派手だ。

 元が元なので、たかが知れてはいるのだが。

 

 

 

38:名無しさん:2023/09/30(土) 00:39:30 ID:KE1dk0R20

 

('、`*川「準備はしておいたから、あとは揚げるだけだったのよ」

 

 と、出された皿にはキャベツの千切りと海老フライ、それとアジフライも。

 

 さらに白米と味噌汁をテーブルに並べていったペニサスは

 最後にウスターソースやらマヨネーズやら醤油やらを持ってきて、昨夜同様、向かいに座った。

 

(´・_ゝ・`)「……たまに行く定食屋の方が副菜とか充実してる」

 

('、`*川「うちは定食屋じゃございませんのよ。

     それに品数を増やしたら、口に合わないものが混ざる確率も上がるじゃない?」

 

(´・_ゝ・`)「たしかに」

 

('、`*川「おかわりもあるから、足りなかったら言って。

     さ、どうぞ。一応タルタルもあるけど、好きなの付けて食べてね」

 

 言われたように、皿の端にはタルタルソースが添えられている。

 それを海老フライで掬って、ペニサスの眼前へ突き出した。

 

 

 

39:名無しさん:2023/09/30(土) 00:40:09 ID:KE1dk0R20

 

(´・_ゝ・`)「先に食え」

 

 ペニサスはため息をつきつつも素直にかじった。

 醤油をかけたアジフライも、白米も味噌汁も同じようにして、また少し待つ。

 

('、`*川「毒なんて入れないったら」

 

(´・_ゝ・`)「信用できるか。

        あんた、今まで付き合った男のこと何人も殺してきたんだろ」

 

('、`*川「あ。やだ、あなたもそんなこと言うの」

 

(´・_ゝ・`)「散々貢がせて、飽きたら殺したって」

 

('、`*川「ええ? もう、いつの間にかまた尾ひれ付いてる」

 

 心外だという顔をして、ペニサスは首を振った。

 

('、`*川「誤解なのよ。今まで4人と付き合ったけど、3人とは普通に別れた。

     一人は……たしかに亡くなったわよ。

     でも、普通の事故で死んだの。私の知らないとこで」

 

 4人。「数多の」と言えるような数ではないように思う。

 

40:名無しさん:2023/09/30(土) 00:41:33 ID:KE1dk0R20 

 

('、`*川「しかも何? 『飽きたら』ですって? 毎回私の方がフラれてたっていうのに?」

 

(´・_ゝ・`)「……ボスが寄越した情報にはそうあった」

 

('、`*川「じゃあその人、私のことちゃんと調べてないのね。

     何か知らないけど変な噂流されがちなのよ、昔から。

     おばあちゃんがすごい人なのに私はさっぱりだから、馬鹿にされるっていうか」

 

(´・_ゝ・`)「だからって、人を殺したとまで言われるか? 普通」

 

 ペニサスは顎に手を当て、ううん、と唸った。

 何か考え終えたのか、手を下ろして口を開く。

 

('、`*川「──小学生の頃にね、お友達を家に呼んで遊んだの。男の子。好きだった。

     ゲームが盛り上がってすっかり日が暮れたから、うちで晩ご飯を食べていくことになったんだけど」

 

('、`*川「帰った後、男の子がお腹壊して寝込んじゃったのよ。

     後日それを知った他の友達がね、うちで出したご飯に毒が入ってたんだって言って……

     ほら、おばあちゃん、お薬作る人だから。それで」

 

 実際は食べすぎだろうということだったんだけど、と補足して彼女は苦笑した。

41:名無しさん:2023/09/30(土) 00:43:02 ID:KE1dk0R20

 

('、`*川「その友達も彼のこと好きだったから、私に意地悪したかったんでしょうね。

     ほんの軽い気持ちの発言だったんだろうけど、それが変に盛り上がって」

 

(´・_ゝ・`)「盛り上がった?」

 

('、`*川「私、父親がいなかったのよ。おばあちゃんと母と暮らしてた。

     それも、父親は毒殺されたからいないんだ、って──……もちろんそんなことないわよ。

     父は生きてたし、理由があって一緒に住んでなかっただけなんだけど、みんなそんなの知らないものね」

 

('、`*川「ともかくそういうことがあって、しょうもない噂がずっと付きまとってたから、

     ただ合わないからって別れただけの話が妙な形に捻じ曲げられるのよねえ……」

 

(´・_ゝ・`)「……じゃあ」

 

 デミタスは皿の上、アジフライの尾を見た。

 

(´・_ゝ・`)「あんたが祖母さんを殺したって話も尾ひれなんだな」

 

('、`*川「私が? おばあちゃんを?」

 

(´・_ゝ・`)「遺産目当てで毒を盛ったと」

 

 言い切ってから、さすがにそれはどうなんだと悔いた。遅い。

 

 これも、ボスから依頼を受けた翌日に追加の情報として聞かされたのだ。

 だが、同じく「しょうもない噂」だったのなら、心外どころの話ではないだろう。

 少なくとも面と向かって言われるべきものではない。

 

 それに。毒見をさせていたことも、彼女には本当に屈辱だったかもしれない。

 

42:名無しさん:2023/09/30(土) 00:43:56 ID:KE1dk0R20

 

 どうしてか目線を上げられず、デミタスはずっとアジフライを見つめていたが、

 怒りの声も悲しみの声も一向に飛んでこないので顔を上げた。

 

('ー`*川

 

 ペニサスは頬杖をつき、にやにやと笑っていた。

 

('ー`*川「デミタス君ってずいぶん素直な人なのね。可愛い」

 

(´・_ゝ・`)「……」

 

('ー`*川「可哀想な身の上だと思わせるの、結構有効みたい。

     もし拷問されるようなことになったら、また適当並べてあげようかしら」

 

 あからさまに馬鹿にするような言われ方をされては、さすがに察する。

 

43:名無しさん:2023/09/30(土) 00:44:54 ID:KE1dk0R20

 

(´・_ゝ・`)「さっきの全部嘘か?」

 

('ー`*川「ふふ。大事な情報を引き出さなきゃいけないような相手の言うこと、簡単に信じちゃ駄目よ」

 

 どこからどこまでが真実で嘘だったのか。そんなこともどうでも良くなって、

 デミタスは乱暴な手つきで箸を握り直すと、タルタルソースを付けた海老フライにかぶりついた。

 

 これが口に合わなかったらとびきり酷い目に遭わせてやろうと思ったが、

 

(´・_ゝ・`)「……美味い」

 

 生憎そういう感じであった。

 

 

44:名無しさん:2023/09/30(土) 00:45:34 ID:KE1dk0R20

 

 噛むごとに「美味い」という言葉が脳内を巡る。

 巡るだけで、そこから深くまでは掘り進められない。

 

 タルタルソースの、口の中が少しきゅっとする感じが心地よい。とか。

 辛うじてそういう感想は浮かんだが、そのまま言うのも馬鹿みたいだし、適切な言い換えも思いつかなかった。

 

 醤油のかかったアジフライをかじって、ご飯も口に入れる。

 これも美味い。「美味い」だけだ。デミタスには。

 昨日は出されなかった味噌汁を啜る。「美味い」。

 

 味噌汁の具は白い半透明の野菜。

 普段、出てきた料理に使われている具材に注目することもないので、

 こういうときにぱっと正解が分からない。たぶん大根。

 

 こんな調子で、ずっと曖昧で何が快いのかの正体は掴めないままではあったが、

 とにかく箸は止まらなかった。

 

45:名無しさん:2023/09/30(土) 00:46:38 ID:KE1dk0R20

 

('ー`*川「気に入ってくれた? 私も海老フライ好きよ」

 

 先ほどのやり取りが尾を引いて、彼女の声は不快に響く。

 それでも美味いものは美味いので、あっという間に海老フライと白米が器から消えた。

 

(´・_ゝ・`)「おかわり」

 

('ー`*川「あら嬉しい。──って、ごめんなさいね、飲み物をすっかり忘れてたわ。

     ウーロン茶でいい? 揚げ物に合うし」

 

(´・_ゝ・`)「いいけど毒見はしろ」

 

('、`*川「もう。未開封のペットボトルがあるからそれでいいでしょ」

 

 

 

46:名無しさん:2023/09/30(土) 00:47:46 ID:KE1dk0R20

 

 

£°ゞ°)「──で、お腹いっぱいにして、すごすご帰ってきたの?」

 

∬´_ゝ`)「ロミス、ちょっと賭けましょ。こいつが冬までに女を殺せるかどうか」

 

 まっすぐ帰ってきたら、人の部屋で勝手に酒盛りをする馬鹿が増えていた。

 

 

 畳んで重ねた布団を背もたれ代わりにしている女。

 その姿勢で足を組むので、ワインレッドのワンピースの裾がずり下がり、

 黒いストッキングに覆われた脚の付け根近くまで露わになっている。

 

 姉者という名のその女は一階、101号室の住人だ。

 鼻が高く口も綺麗な形をしているが、いかんせん目が細い。

 

 

 

47:名無しさん:2023/09/30(土) 00:48:40 ID:KE1dk0R20

 

£°ゞ°)「殺せない方に10」

 

∬´_ゝ`)「え、10万?」

 

£°ゞ°)「10円」

 

∬´_ゝ`)「じゃあ殺せる方に20円」

 

 無糖のレモンチューハイを啜りながら、デミタスは馬鹿どもを睨んだ。

 今日は紫色のツナギに汚れはない。

 

(´・_ゝ・`)「……お前、また誰か殺してきたのか?」

 

£°ゞ°)「ううん。でもデミタス君が任務遂行できたか気になって、来ちゃった」

 

∬´_ゝ`)「私はロミスから話聞いて、面白そうだったから。

      ねえ、本当にご飯食べてるだけなの? 寝ちゃったから情が湧いたとかじゃなく?」

 

 姉者がけらけらと笑う。

 ペニサスとはまた違った雰囲気で擦れた女だ。

 歳は知らないが、ペニサスと変わらないくらいか少し上だろう。

 

48:名無しさん:2023/09/30(土) 00:50:14 ID:KE1dk0R20

 

(´・_ゝ・`)「あんな顔の女、抱く気にならない」

 

∬´_ゝ`)「うわ。最悪。そういうこと言うやつ嫌い、死んじゃえ」

 

(´・_ゝ・`)「そういう発言はいいのか?」

 

£°ゞ°)「そのターゲットって、何人かと付き合ったことあるんでしょ?

      そう酷い見た目じゃないんじゃないの。

      俺は顔より中身を見たい方だけどさ」

 

∬´_ゝ`)「んー、まあ結婚詐欺師って、美人よりも並とか並以下が多いみたいな話は聞くわよ。知らんけどー」

 

 そうした人間の方が、整った顔の人間より警戒はされない。

 それで油断したところへ、べたべたボディタッチをしたり、美味い飯を食わせたり、身の上話をでっち上げたり──

 そういうことを繰り返されれば、騙される男はいるだろう。

 

 とデミタスが一人で納得していると、姉者がロミスの名を呼んだ。

 

∬´_ゝ`)「あんた、ネイル剥げてきてるわよ。塗り直してあげよっか」

 

49:名無しさん:2023/09/30(土) 00:51:57 ID:KE1dk0R20

 

£°ゞ°)「え~ほんと? ありがと、姉者ちゃん」

 

 どこからかポーチを取り出して、何かの液体が入った瓶とコットン、

 オレンジ色のマニキュアをローテーブルに並べるロミス。

 

 姉者が液体を染み込ませたコットンでロミスの爪を拭うと、オレンジ色が失せた。

 つんとした匂いにデミタスは顔をしかめる。部屋に匂いがついたら嫌だな、と。

 それを済ませ、彼女はマニキュアを塗り始めた。

 

∬´_ゝ`)「トップコートとか使わないの? だからすぐ剥げるのよ」

 

£°ゞ°)「そういう面倒くさいのよく分かんない」

 

∬´_ゝ`)「爪もいつも短くしてるし。伸ばすかネイルチップ使った方が見映えも良くて色々遊べるのに」

 

£°ゞ°)「長いと邪魔だし危ないじゃん。見映えもどうでもいいよ」

 

∬´_ゝ`)「もう、あんた何のためにネイルしてるの?」

 

(´・_ゝ・`)「最初に殺した女が使ってたマニキュアなんだよそれ」

 

∬´_ゝ`)「気持ち悪っ」

  ⊂彡 ≡凸  ブンッ

 

£;°ゞ°)「わー!!!」

 

50:名無しさん:2023/09/30(土) 00:53:34 ID:KE1dk0R20

 

 壁に叩きつけられたマニキュアを、ロミスが四つん這いで拾いに行く。

 幸いにして瓶は割れなかったようだ。部屋が汚れるところだった。

 

£;°ゞ°)「人の形見に何すんのお」

 

(´・_ゝ・`)「何が形見だ、使い切る度に買い替えてるだろ」

 

£;°ゞ°)「毎回あの人の瓶に中身を詰め替えてんの!

      ていうか気持ち悪いって何!?」

 

∬´_ゝ`)「後生大事に持ってるだけならまだしも、趣味でもないのにわざわざ使ってるってのが何か嫌」

 

 あ、と何か思いついたらしい姉者が声をあげた。

 右手で筒を作り、上下に揺らす。

 

∬´_ゝ`)「ネイル塗った手でコスれば、女にやってもらってる気分に浸れるみたいな?

      好きな女に握らせてる妄想で慰めるの?」

 

£°ゞ°)「姉者ちゃん。その発想はね。カスだよ」

 

 真剣に諭すような顔と声でロミスが言う。

 瞬時に姉者が飛びかかり、彼の頬を引っ張った。

 

 ──そこへインターホンの音。

 

 室内の空気がわずかに引き締まった。

 ボスかもしれない。時々住人の様子を見に来るのだが、いつも抜き打ちだ。

 

51:名無しさん:2023/09/30(土) 00:54:53 ID:KE1dk0R20

 

(´・_ゝ・`)「はい」

 

 きちんと外に聞こえるように答えて、急いでドアを開けた。

 

 直後、腹に強い衝撃があった。

 

 中央のテーブルまでデミタスの体が吹っ飛ぶ。

 ぶつかった缶同士がけたたましい悲鳴をあげ、ビールやらチューハイが床に散った。

 

【+  】ゞ゚)

 

 グレーのスーツに、右半面と口元を覆う面。

 

 オサムは前方へ伸ばしていた足を下ろすと、靴を脱がぬまま上がり込んできた。

 いつもボスの傍に侍っているのだが今日は一人らしい。

 ボスがいたなら、こうも突然デミタスに無体は働かない。

 

 

 

52:名無しさん:2023/09/30(土) 00:56:05 ID:KE1dk0R20

 

【+  】ゞ゚)「お前、昨日今日と伊藤のとこに行ったらしいじゃねえか」

 

 テーブルに縋りついていたデミタスが身を起こそうとすると、

 やはり彼は、それを阻むように踏んづけてきた。

 

【+  】ゞ゚)「で、そのまま帰ってきてるだろ。何してんだ?」

 

(;´・_ゝ・`)「……」

 

【+  】ゞ゚)「まさか、楽しくお喋りしてるだけなんて言わねえよな」

 

 ぐいとオサムの足に力がこもる。

 その足首を、ロミスが掴んだ。

 

£°ゞ°)「殴って喋らせるだけが聞き取りじゃないでしょ」

 

【+  】ゞ゚)「あ?」

 

£°ゞ°)「通って警戒心解いて、懐かせてから聞き出すんでもいいじゃん。

      そっちの方が後々の面倒は少ないんだし」

 

 黙って気配を消していた姉者が、呆れを通り越してもはや怒りに近い目をロミスに向けている。

 

 オサムは舌打ちしてロミスの手を振り払い、ついでとばかりに彼も蹴飛ばした。

 乾いていなかったマニキュアがスラックスに付着しているのを見て、また舌打ち。

 

 そうしてデミタスから離れると、ロミスの髪を掴み上げ、こめかみの辺りを何度も平手で打ち始めた。

 

53:名無しさん:2023/09/30(土) 00:57:27 ID:KE1dk0R20

 

【+  】ゞ゚)「それにどんだけの時間がかかるんだ? え?

        待ってやるっつっても、もたもたしていいってんじゃねえんだぞ」

 

£;°ゞ°)「いっ、うぐ、」

 

【+  】ゞ゚)「こうしてる間に、女がしたらば製薬にネタ売りに行ったらどうすんだ。

        ボスが困るだろうが」

 

【+  】ゞ゚)「……はーああ……懐かせて、なあ……。お前の入れ知恵か? らしい温い発想だもんな?

        もっといいやりかた教えてやる。

        見本になってやれ、その気色悪ィ爪剥がしてみたかったんだ」

 

(;´・_ゝ・`)「飯を」

 

 声を張り上げる。オサムの動きが止まった。

 

(;´・_ゝ・`)「……飯を食ってきた。昨日と今日」

 

【+  】ゞ゚)「は?」

 

 ここで視線を逸らせるわけがないので確認は出来なかったが、

 今の姉者は、先ほどロミスに向けたのと同じ目でデミタスを見ているのだろう。

 

.

 

54:名無しさん:2023/09/30(土) 00:58:54 ID:KE1dk0R20

 

 

 ──あらましを話し終えると、オサムは長い溜め息を吐き出した。

 ロミスの髪を掴んだまま彼を引きずって、デミタスの腹を踏む。

 

(;´・_ゝ・`)「うっ」

 

【+  】ゞ゚)「どこまでクソなんだよ、てめえはよ。

        お願い聞いてやるのは『殺す直前』だ。そこ間違えやがって。クソが」

 

【+  】ゞ゚)「こういう場合はな、痛めつけて情報吐かせきってから訊くんだよ、どうしてほしいって。

        そしたらみんな『殺してくれ』っつうんだ。それならこっちの手間が一個省けて、損することはねえ」

 

 足を持ち上げたかと思うと、勢いをつけてもう一度腹を踏みつけられた。

 オサムは、ボスが「完璧」だというデミタスの顔に暴力を振るうことはない。

 体にだったら何度でも。

 

 揚げ物や米を詰め込んでいた胃袋もさすがにもう限界で、

 それらの名残が食道を逆流し、テーブルや床やデミタス自身を汚した。

 代わりに、出どころの不明な寂しさが腹に落ちていく。

 

 きったねえ、と忌々しげに呟いたオサムは一歩引き、

 未だ掴んだままだったロミスをどろどろの水溜まりに叩きつけた。

 

55:名無しさん:2023/09/30(土) 01:00:05 ID:KE1dk0R20

 

【+  】ゞ゚)「だがルールはルールだ。しかもボスが決めたことだ。

        そのクソ女の『お願い』はひとまず聞いとけ。

        日和って、大した飯でもねえのに美味いとか言うんじゃねえぞ」

 

【+  】ゞ゚)「──ボスはてめえを信じて任せたんだ。裏切るなよ」

 

 踵を返す姿に嵐の終わりを嗅ぎ取って、張り詰めていた空気が緩むタイミングを窺いだす。

 不意に振り返って、オサムはロミスを指差した。

 

【+  】ゞ゚)「お前、明日は一緒に行ってこい。こいつが腑抜けてねえか確認しろ。

        駄目だったら、次はてめえでてめえのゲロ飲ませるからな」

 

 その言葉を最後に、ようやく彼は去っていった。

 

56:名無しさん:2023/09/30(土) 01:00:55 ID:KE1dk0R20

 

 デミタスは座り直し、ロミスは体を起こし、姉者は開きっぱなしの玄関に中指を立てつつ舌を出す。

 その舌をしまうと、小振りの箪笥から引っ張り出したタオルを二人に投げつけてきた。

 彼女の親切はそこまでだ。片付けを手伝うこともなく、早々に立ち上がって玄関へ向かう。

 

∬´_ゝ`)「あんたら、もうちょっと立ち回り方とか考えたら?

      ──ロミス、私は20円だからね。損させないで。

      明日、ちゃんと見張ってきなさいよ」

 

 そうして閉まったドアを眺めながら、ロミスは言った。

 

£°ゞ°)「姉者ちゃん優しいよね」

 

 どこでそう感じたのか、デミタスには分からない。

 たかだか20円に固執してケチ臭いのではとさえ思った。

 

57:名無しさん:2023/09/30(土) 01:01:40 ID:KE1dk0R20

 

 マニキュアの瓶が無事なのを確認したロミスは、次に自分の爪を見た。

 

£°ゞ°)「せっかく塗ってもらったのに、ぐちゃぐちゃになっちゃった」

 

 何か言うべきなのに何も出てこなくて、デミタスはロミスの汚れた頭をタオルで拭う。

 

£°ゞ°)「いいよいいよ。片付けとくから、お風呂入りな」

 

 それにも、やはりふさわしい言葉は出てこなかった。

 

 

 

58:名無しさん:2023/09/30(土) 01:02:50 ID:KE1dk0R20

 

 

('、`*川「どなた?」

 

 翌日、午後8時。

 ドアを開けたペニサスは、デミタスの隣に立つロミスを見て首を傾げた。

 

£°ゞ°)「はじめまして。ロミスです、デミタス君の友達」

 

(´・_ゝ・`)「友達じゃない」

 

('、`*川「殺し屋仲間とか?」

 

£°ゞ°)「そんなとこ。急にごめんね、様子見てこいって言われちゃって。

      構えないで、いつもどおりにしてくれたらいいよ」

 

 おっとりと話すロミスをしばらく見つめていたペニサスは、

 デミタスに耳打ちするように顔を寄せてきた。びっくりして咄嗟に身を引きそうになったが耐える。

 

('、`*川「彼、これで本当に人を殺せるの?

     あなたの友達だからって、悪い道に引きずり込んだんじゃないの」

 

(´・_ゝ・`)「……こいつは一昨日も殺してきたばっかりだぞ」

 

 「あら」。口に手を当て、ペニサスは間抜けな声を出した。

 ちなみに自分は一人も殺したことがないということは、黙っておく。

 

.

 

59:名無しさん:2023/09/30(土) 01:03:29 ID:KE1dk0R20

 

 

 ──ダイニング。

 デミタスの隣に座りながら、ロミスはにこにこ笑って言う。

 

£°ゞ°)「デミタス君が散々言うからどうなのかと思ってたけど、結構美人さんだ」

 

('、`*川「ま。ありがとう」

 

 デミタスは顔をしかめた。

 今はいつぞやの標的にご執心だが、元々ロミスは女好きの節があって、大体の異性に甘い。

 

 

 

60:名無しさん:2023/09/30(土) 01:04:10 ID:KE1dk0R20

 

(´・_ゝ・`)「どこがだ。鼻が低いし目が細いし口が厚くて曲がってる」

 

£°ゞ°)「イコール不美人の絶対的な特徴ってわけじゃないよ、別に。

      それがまかり通るなら、正反対のデミタス君はイケメンってことになるじゃん」

 

(´・_ゝ・`)「なるだろ」

 

 

 

 間。

 

 

 

(´・_ゝ・`)「……なるだろ」

 

£°ゞ°)「あっ。ごめん。そうだったんだデミタス君。そういう感じなんだ。ごめんね」

 

 知らなかったんだよ、ごめん。

 繰り返し謝るロミスと、言葉を探している様子のペニサス。

 なんだか心臓が汗をかいたような気分になって、デミタスはよせばいいのに深追いした。

 

61:名無しさん:2023/09/30(土) 01:05:31 ID:KE1dk0R20

(´・_ゝ・`)「……違うのか」

 

£°ゞ°)「え……言うの怖……怒んないでね……めちゃくちゃ普通だよ」

 

(´・_ゝ・`)「普通……」

 

£°ゞ°)「ド普通だよ」

 

(´・_ゝ・`)「ド普通」

 

 ここ数年の思い込みが突然引っくり返されて、気持ちの置き所が一向に見付からない。

 

('、`*川「私は結構好きよ」

 

(´・_ゝ・`)「うるさい。フォローするな。惨めな気持ちになる」

 

 ド普通。らしい。そうか。そうだったのか。

 

62:名無しさん:2023/09/30(土) 01:07:42 ID:KE1dk0R20

 

£´ゞ`)「そうだよねえ、ボスがいっぱい褒めるもんね。そう思っちゃうよね」

 

(´・_ゝ・`)「黙れ」

 

£´ゞ`)「ほんと普通すぎて顔の印象ほとんどなかったよ。そっちより体の方が目立ったもん。

      俺なんか初めてデミタス君を見たとき、麻殻に目鼻を付けたようとはこのことだって……」

 

('ー`*川「あらま」

 

(´・_ゝ・`)「何だそれ」

 

('、`*川「痩せた人の例えよ。麻殻って、皮を剥いた麻茎の芯のこと。白くて細いの」

 

£°ゞ°)「今は全然マシだけど、昔のデミタス君はほんとがりがりでね」

 

 知らぬものに勝手に例えられて、ものすごく癪だった。

 意趣返しにロミスのことも何かに例えてやりたかったが、まったく浮かばなかったので

 仕方なしに、くすくす笑っているペニサスの方を指差す。

 

63:名無しさん:2023/09/30(土) 01:08:59 ID:KE1dk0R20

 

(´・_ゝ・`)「それなら、あんたは卵に目が付いたような顔してるだろ」

 

 つるりとして、凹凸が少ない。

 

 そう思って言ったのだが、いまいち分かりにくかったのか

 ロミスとペニサスはぱちぱちと瞬きをする。

 

('ー`*川「……ありがとう。そろそろご飯作るわね」

 

 いくらか静かな声で言って、彼女はキッチンへ入っていった。

 

£°ゞ°)「デミタス君って本当に面白いね」

 

(´・_ゝ・`)「は?」

 

 妙な空気が流れるダイニングで料理を待つ。

 ふと、日頃あまり使わないスマホの存在を思い出した。ブラウザの検索欄に文字を打ち込む。

 結果を見て、ロミスにスマホを投げつけた。それは俺は悪くないじゃん、という文句は黙殺した。

 

 

 ──同時。

 がしゃんと、何かの割れる音がキッチンから響いた。

 

 

 二人は顔を見合わせ、すぐにキッチンへ飛び込んだ。

 中は普通の造りをしていた。全体的に白くて清潔感がある。

 

64:名無しさん:2023/09/30(土) 01:10:08 ID:KE1dk0R20

 

 同じく真っ白な食器棚の前に、ペニサスがしゃがみ込んでいる。

 足元には陶器の破片。

 

('、`*川「ごめんなさい、びっくりさせた?」

 

(´・_ゝ・`)「割ったのか」

 

('、`*川「手が滑っちゃったの。あーあ、高かったのに……」

 

 よほど気に入っていたのか、ペニサスは俯き気味にして、じっと皿の残骸を見ていた。

 

£°ゞ°)「手伝うよ。ペニサスちゃん、怪我してない?」

 

 膝をついたロミスが彼女の顔や手元を覗き込む。

 そのまま数秒ほどペニサスと見つめ合って、小首を傾げた。

 

('、`*川「平気よ。お客様にそんなことさせられない」

 

(´・_ゝ・`)「料理に破片を混ぜられちゃ困る」

 

 思いついたのでそう言ったのだが、そんなしょうもないことはしないだろうと、

 脳内の自分がつっこむ。

 

('、`*川「そんなしょうもないことしないわよ」

 

 当然ペニサスにもそのままつっこまれた。

 

65:名無しさん:2023/09/30(土) 01:11:54 ID:KE1dk0R20

 

('、`*川「……心配して駆けつけてくれたわけじゃないのね。何だ」

 

(´・_ゝ・`)「当たり前だろ」

 

('、`*川「ひどい人。誰かさんが急に口説いてくるから動揺したせいなのに」

 

 それも無視した。

 ロミスが手早く集めた破片を、デミタスが新聞紙(リュックの刃物を包んでいた)にまとめる。

 拾いきれなかった細かい分はペニサスが掃除機で。

 

 そうする合間、ざっとキッチンの様子も確認しておいた。

 ワークトップには輪切りのじゃがいもやホワイトソースが乗っている。

 その奥、壁際にポーチがあって、開いた口から化粧品が覗いていた。

 

(´・_ゝ・`)「……あんた、また料理しながら化粧するのか」

 

('、`*川「だめ? ちゃんと、ご飯に混ざらないよう気を付けてるわよ」

 

£°ゞ°)「まあまあ、いいじゃんいいじゃん」

 

 へらへら窘めてくるロミスを睨む。

 そう甘くしていてはナメられるというのに。

 

 料理を再開するからとキッチンを追い出され、二人は改めてダイニングテーブルについた。

 

66:名無しさん:2023/09/30(土) 01:13:59 ID:KE1dk0R20

 

 

 ──それから数十分後、テーブルに大皿が乗せられた。

 取り皿やスプーンを配りながらペニサスは言う。

 

('、`*川「ポテトグラタン。この方が楽だから、いっぺんに作っちゃった。

     取り分けて食べてね」

 

£°ゞ°)「ごめんねえ、急に一人増えちゃって」

 

('、`*川「いいのよ。じゃがいも安くていっぱい買っちゃったから、ちょうどよかった。

     はい、これはトマトチリスープ」

 

£°ゞ°)「いいね、白いのと赤いので綺麗」

 

 赤いスープが入った器と茶が注がれたグラスも並んで。

 いただきますとロミスが手を合わせるのを尻目に、デミタスはいつもどおりペニサスにスプーンを差し出した。

 

(´・_ゝ・`)「先に食え」

 

('、`*川「破片も毒も入れませんって」

 

£°ゞ°)「じゃあ俺が一口目もらっちゃお」

 

 サーバースプーンで自分の皿にグラタンを移すロミス。

 立ち上る湯気に、にまっと笑った。

 

67:名無しさん:2023/09/30(土) 01:14:45 ID:KE1dk0R20

 

£°ゞ°)「チーズの焦げた匂いって何でこんなに美味しそうなんだろうね」

 

('、`*川「ね。ついいっぱい使っちゃう」

 

 「分かるー」。間の抜けた会話。

 そう言われると、デミタスもたしかに、鼻先を漂う匂いにそわそわする。

 早く毒見を済ませろと思いながらペニサスを見た。

 

£*°ゞ°)「わ、美味しい!」

 

 そうする間に、先に一口食べたロミスが声をあげた。

 

£*°ゞ°)「デミタス君これ美味しいよ。変なの入ってない、食べな食べな」

 

(´・_ゝ・`)「……」

 

 大皿から取り分けるスタイルなら、まあロミスでも毒見役にはなるだろう。

 彼が元気にばくばく食べていくのを見て、デミタスもサーバースプーンに手を伸ばした。

 

 スープの方はまだ分からないのでそちらだけはペニサスに飲ませつつ、

 まずは一旦グラタンを口に入れてみる。

 

('、`*川「どう?」

 

(´・_ゝ・`)「……美味い」

 

 今日も。

 

68:名無しさん:2023/09/30(土) 01:17:37 ID:KE1dk0R20

 

('、`*川「そう。良かった」

 

 黙々と食べ進めるデミタスを眺めたロミスが、突然わざとらしく「美味しい」と繰り返した。

 

£*°ゞ°)「じゃがいも、ほくほくしてて甘いね。

      それにミートソース敷いてるのがいい! 肉も感じられるの嬉しいな」

 

('、`*川「でしょ? ありがとう」

 

£*°ゞ°)「スープも美味しいよ、野菜の歯ごたえもいいし……

      ピリ辛だから、グラタン食べてる途中に飲むとアクセントになって飽きない。

      組み合わせとかちゃんと考えてくれてるんだ。すごいねえ」

 

('ー`*川「ロミス君は食べさせ甲斐あるわあ」

 

 いつも、物を食うときにこんなに喋っていただろうか、ロミスは。

 

 うるさいなこいつと思いつつも、感想を参考にして口の中に集中する。

 そうして味や匂い、食感を確認してみると、たしかに彼の形容は逐一しっくり来た。

 味わうというのはこういうことか。

 

 だが、そのまま伝えてもロミスの言葉をなぞるだけなので、やはり黙ってスプーンを口に運んだ。

 

69:名無しさん:2023/09/30(土) 01:18:55 ID:KE1dk0R20

 

 

 すっかり食べ終えて。

 

 デミタスより先に、ロミスが席を立った。

 

£°ゞ°)「ごちそうさま。美味しかったよ、ありがとね」

 

('、`*川「こちらこそ、いっぱいお話ししてくれて楽しかったわ。ありがとう」

 

 ペニサスがロミスの右手を指先で擽る。この女はまたそういうことを。

 だが、仕草の妖しさを払うようにその手を握ってぶんぶん揺らし、ロミスは「またね」と笑った。

 

 

 

70:名無しさん:2023/09/30(土) 01:19:54 ID:KE1dk0R20

 

 

£°ゞ°)「美味しかったあ。あれじゃまだ殺せないよねえ」

 

 帰路。

 デミタスの数歩先を行きながら、ロミスは言う。

 

(´・_ゝ・`)「……」

 

 結局、今日も進展はなしだ。

 またオサムに因縁をつけられるのでは──

 そう思って、歩みが少々遅くなるデミタスだ。

 

 殴られたり蹴られたりはもちろんしたくないが、それ以上に

 昨夜、巻き込まれて頭を汚したロミスの姿ばかりが脳裏を過ぎってデミタスの腹を締め上げていく。

 

 何本目かの外灯の下に差し掛かったところで、足を止めたロミスが振り返った。

 

£°ゞ°)「だんまり、どうしたの。オサム怖い?」

 

(´・_ゝ・`)「別に」

 

71:名無しさん:2023/09/30(土) 01:21:11 ID:KE1dk0R20

 

£°ゞ°)「平気平気。

      デミタス君はあの家に普通に通って、普通にご飯食べて、普通に話してれば大丈夫だよ。

      たぶん、それが一番手っ取り早い」

 

 冬まではかからないと思うなあ──ロミスが呟く。

 声はいつもどおりだったが、あの家の方角へ向いた目は温度が失せていた。

 

 彼が「仕事」へ出かけていくときに、よくこんな目をする。

 力ずくで感情をしまい込んだ目。初めの頃は下手くそでデミタスにも分かるほどだったが、今はそうでもない。

 

£°ゞ°)「だから二人で来るのは良くないな。

      俺からオサムに言っとくね、デミタス君一人に任せて大丈夫って」

 

(´・_ゝ・`)「うん」

 

 頷いたが、意図は分からなかった。

 

 上から降る光が、ロミスの顔にバランス良く影を落としている。

 その様が、二枚目だ何だと持て囃されていたどこぞの俳優に似ていて、

 もしかしたらこいつは顔が整っている方なのかもと場違いなことを考える。

 

 「ロミスは口の小ささが良くない」。

 ボスがいつもそう言うから、じゃあ不器量な方なのだなと思っていた。

 でもきっと、デミタスのこういうあれこれは、世間の認知とは違うのだろう。

 

 ただ女に甘くてへらへらしている馬鹿だというのも、たぶんそんなことはない。

 

72:名無しさん:2023/09/30(土) 01:22:15 ID:KE1dk0R20

 

£°ゞ°)「俺はね、10円損したっていいんだよ。

      203号室が空き部屋になるよりずっといい。

      だから気を付けてねデミタス君」

 

(´・_ゝ・`)「何にだよ」

 

£°ゞ°)「これは先輩からの忠告。

      何があっても、ペニサスちゃんのこと抱きしめちゃ駄目だよ。

      それで終わっちゃうから」

 

(´・_ゝ・`)「……誰がそんな気色悪いことするか」

 

 やはり、馬鹿ではあるかもしれない。

 

 

 

73:名無しさん:2023/09/30(土) 01:23:56 ID:KE1dk0R20

 

 

('、`*川「今日はロミス君、いないの?」

 

(´・_ゝ・`)「僕一人じゃ不服か」

 

 4日目。午後8時。

 開口一番ロミスのことを訊ねられて、どちらかというとデミタスの方が不服だった。

 

('、`*川「そうじゃないのよ。一応、二人分用意してたから。それならいらなかったなって」

 

('ー`*川「……やっぱり二人きりの方がいいわね」

 

 す、と距離を詰めてきたので、早足でダイニングへ歩いていった。

 いい加減慣れた。嘘。

 

.

 

74:名無しさん:2023/09/30(土) 01:25:17 ID:KE1dk0R20

 

('、`*川「──今日は中華。回鍋肉。昨日、キャベツも安かったから買ってたの」

 

 テーブルの上には、皿に山盛りの回鍋肉と、茶碗によそわれた白米、卵スープ、ウーロン茶。

 それらを眺め回し、最後にペニサスの顔を見る。首を傾げられた。

 

 ──今日は少々、思うところがあって。

 昨日の記憶を掘り返してみる。

 ロミスはたしか、最初に見た目のことを言っていたはず。

 

(´・_ゝ・`)「やけにあるな」

 

('、`*川「言ったでしょ、二人分の準備してたの。

     まあ、あなた結構食べるからいいかなって。多かったら残してもいいけど」

 

 どうやら触れるべき点を間違えたな、と思った。

 ロミスが言ったのは色だったか。だが、茶色と白と淡黄の組み合わせを

 特別「綺麗」と思う感性はデミタスにはないし、例えようもない。諦めた。

 

 湯気が立っている。それと強い香気も。

 箸より先に、顔を皿に寄せて空気を吸い込んだ。

 

75:名無しさん:2023/09/30(土) 01:26:57 ID:KE1dk0R20

 

(´・_ゝ・`)「……にんにくの。匂いがする」

 

('、`*川「うん? にんにく嫌? この後、デートのご予定でも?」

 

(´・_ゝ・`)「いや。……いい匂いだと思って」

 

 箸で回鍋肉を鷲掴み、ふうふう、息をかけて冷ます。

 頃合いを見計らって口を開けると、正面から「え」という声。

 

('、`*川「毒見はいいの?」

 

 皿に向き合うのに必死で、そのくだりを忘れていた。

 だが今さら、これをペニサスに差し出すのも億劫だ。

 

(´・_ゝ・`)「……いちいち確かめなくても、あんたは変なもの入れないだろ」

 

 それより、早く、このいい匂いがするものを口の中に収めたい。

 一旦お預けを喰らった分、咀嚼はやや性急だった。

 欲望のまま噛んで、飲み込んで、もう一口運んで、今度は白米も。

 

 何口か繰り返したところで、ペニサスの指がテーブルをこつこつ叩いた。

 

('、`*川「今日のメニューはどう?」

 

 反射的に答えようとしたデミタスは、ウーロン茶で自分の口を塞いだ。

 その間に言葉を考える。

 

76:名無しさん:2023/09/30(土) 01:27:35 ID:KE1dk0R20

 

(´・_ゝ・`)「……しょっぱい」

 

('、`*川「……美味しくなかった?」

 

(´・_ゝ・`)「そうじゃなくて」

 

 どうにかして、今の感覚を頭の中で文字に起こそうとする。

 格好つけた言い回しを考えようとしたが無駄だったので、そのまま提出した。

 

(´・_ゝ・`)「米が欲しくなる。

        それで実際、回鍋肉の後に米も食べると、すごく」

 

 また詰まる。ロミスのようにべらべらとは喋れない。

 何とか、食べ進めていたときの己の心情を振り返った。

 すごく──

 

(´・_ゝ・`)「嬉しくなる」

 

('、`*川「……うれしくなる」

 

77:名無しさん:2023/09/30(土) 01:29:18 ID:KE1dk0R20

 

(´・_ゝ・`)「あと、キャベツとか肉とかの、何だ、固さ? がちょうどいい。

        そういえば、前にどこかの飯屋で食べた回鍋肉は噛んでる感じがしなくて、

        残念に思ったことがあった」

 

 いや、どうだろう。今これと比較して、遡って残念に感じ直しただけな気もする。

 ともかくそれくらい、受けた印象が違った。

 

('、`*川「これは噛んでる感じがする?」

 

(´・_ゝ・`)「する」

 

('、`*川「いいキャベツだったの。しゃきしゃきしてて」

 

(´・_ゝ・`)「それだ」

 

 しゃきしゃき。そういう感じ。

 それが心地いいのだ。

 

 だがやはり味が濃いものではあるので、調子に乗って食べ続けていると舌も歯もくたびれてくる。

 そこで卵スープを啜ると、あっさりした味付けのおかげで一気に口中がさっぱりする。

 スープの塩気や熱にすら疲れてきたらウーロン茶だ。これで、ずっと食べていられる。食べたくなる。

 

 そういったことを訥々と、たまにペニサスに整えてもらいながら、デミタスなりに説明した。

 他にも色々と感じるものがあったが、今の彼にはこれが精一杯。

 

 妙な達成感を覚えながら箸の動きを再開させる。

 

78:名無しさん:2023/09/30(土) 01:31:18 ID:KE1dk0R20

 

(´・_ゝ・`)「明日から毒見はしなくていい」

 

('、`*川「明日。……じゃあ、今日も見逃してくれるのね?」

 

(´・_ゝ・`)「……これだけ喋ってたら分かるだろ」

 

('、`*川「分からない。肝心なところを言ってくれないんだもの」

 

 肝心なことを言わないのはそっちだろうに。

 そして今日も、その話は聞けそうにない。

 

(´・_ゝ・`)「美味いよ。食ったら何もせず帰る」

 

('ー`*川「そう。良かった」

 

 ペニサスが笑う。

 今までの、わざとらしいそれらとは違って見えた。

 気のせいかもしれない。

 

 今にも鼻唄でも歌いだしそうな気配を醸すペニサスだったが、

 ふと、何かを思い出したかのように視線を中空へやった。

 

79:名無しさん:2023/09/30(土) 01:32:35 ID:KE1dk0R20

 

('、`*川「おばあちゃんもね、美味しいとは言ってくれるけど、どこがどういいのかってのを言わない人だった。

     好きなところを言ってくれなきゃ、もっと良くしたり、他の料理に応用したりが出来ないのに」

 

(´・_ゝ・`)「ふうん」

 

('、`*川「でも、去年の今ぐらいだったかしら。

     すごく上機嫌で帰ってきた日があって、私のやることなすこと、たくさん褒めてくれたの。

     ご飯のときも、塩加減がちょうどいいだの焼き加減が好きだの……」

 

('、`*川「それで、何かいいことあったのって訊いたのよ、私。

     そしたら──」

 

 顎を触りながら沈黙する。

 話すのをやめたのではなく、記憶を正確に辿ろうとしているようだった。

 実際、すぐに彼女は口を開いた。

 

 

('、`*川「『鍵はこの街にあったんだ』って。それだけだったけど」

 

.

 

80:名無しさん:2023/09/30(土) 01:33:54 ID:KE1dk0R20

 

('、`*川「もしかして、それがあなたたちの欲しがってる『一手』のことだったのかしら。

     この街にって、一体何が……」

 

 顎に手をやったまま考え込むペニサス。

 ──はたと我に返った様子で、デミタスを見た。

 

 今の口ぶりは、つまり。

 

 

(´・_ゝ・`)「……あんたも、『一手』の詳細は知らないんだな?」

 

('、`*川

 

 

 ペニサスは。

 顔をデミタスに向けたまま天井を見上げ、溜め息をつくと共に肩を竦めた。

 

81:名無しさん:2023/09/30(土) 01:36:15 ID:KE1dk0R20

 

('、`*川「前に言ったでしょう。私、お薬のこととかさっぱりだったもの。

     おばあちゃんも、私に仕事の話なんかほとんどしなかったわ」

 

('、`*川「……どうする? 無関係ってことで解放してくれる?

     ──わけないわよね。用済みってことで消す?」

 

(´・_ゝ・`)「いや、僕がやることは変わらない」

 

 ボスから依頼の詳細を聞かされたとき、同時に

 「ペニサスが何も知らないと答えた場合」の指示も受けている。

 

(´・_ゝ・`)「あんたが『知らない』と思ってるだけで、無自覚に手がかりは持ってるかもしれない。

        それこそ今、祖母さんとの会話を思い出したように」

 

('、`*川「そうね。まあそうかも」

 

(´・_ゝ・`)「それを思い出す『お手伝い』をしろと、ボスは言ってた」

 

 リュックをぽんぽん叩くと、中でがしゃがしゃ金属音。

 ペニサスは片眉を上げ、再び肩を竦めた。

 

.

 

82:名無しさん:2023/09/30(土) 01:37:59 ID:KE1dk0R20

 

 

 ──デミタスが玄関のドアを開けると、ペニサスが「ねえ」と言った。

 初日は見送らなかったが、2日目以降はこうして玄関までついてくる。

 

(´・_ゝ・`)「何だ」

 

 声をかけてきたくせに、彼女は黙っていた。

 何だ、ともう一度訊くとようやく喋り出す。

 

('、`*川「どうして急に、ご飯の感想たくさん言ってくれたの。

     昨日ロミス君に何か言われた?」

 

(´・_ゝ・`)「何でロミス」

 

('、`*川「だって昨日あの人キッチンで、」

 

('、`*川「……何でもないわ」

 

 その言いようで、何でもなくはないだろう。さすがに。

 

 キッチン。そういえば昨日、ロミスが彼女と見つめ合う瞬間があった。

 俯くようにしていたからデミタスには顔が見えなかったのだが、そのときに何かあったのだろうか。

 

 考えても分からないしペニサスも教えてくれそうにない。

 悩むのも面倒なので、もういいかと放棄した。

 

 まあ、しかし。

 

83:名無しさん:2023/09/30(土) 01:39:31 ID:KE1dk0R20

 

(´・_ゝ・`)「あいつに言われたわけじゃないが、あいつが関係あるっちゃあるよ」

 

('、`*川「……というと?」

 

(´・_ゝ・`)「あいつには食べさせ甲斐があるって言った。あんた。

        まるで僕はそうじゃないみたいで腹が立つ」

 

 ──沈黙。

 ペニサスは何も言わない。

 何だ。どういう間だ。

 

 もう用がないなら帰ってしまおうか。

 デミタスが足を動かそうとしたら、ペニサスに袖を引かれた。

 それでも言葉はやって来ない。

 

 すぐに袖を離すと、「おやすみ、また明日」とだけ言って、彼女はドアを閉めた。

 その声がやけに柔らかく耳にまとわりついて、しばし、そこに立ち尽くしていた。

 

 

 

84:名無しさん:2023/09/30(土) 01:42:23 ID:KE1dk0R20

 

 

 5日目。午後8時過ぎ。

 

 デミタスの前に出された丼の中は、赤に黄色に緑──と彩り豊かであった。

 

('、`*川「イクラとサーモンの漬け丼。旬だから」

 

(´・_ゝ・`)「……カラフルで綺麗だと思う」

 

('ー`*川「ありがと。錦糸卵とアボカドも入ってるの。あ、刻んだ大葉もね。

     それと、こっちは松茸のお吸い物」

 

(´・_ゝ・`)「うん……いい匂いがする。香り松茸とか言うもんな、こういうことか。

        それにしても今日はやけに豪勢だな」

 

('ー`*川「食べさせ甲斐のある子にはいいものあげたくなっちゃうの」

 

 言葉に詰まる。

 昨夜、帰宅してから布団の上で自身の発言を思い返して、ひとしきり悶えたのだ。

 そんな、自分だってペニサスによく思われたい、みたいな。

 

 誤魔化すように箸を取って、「そういえば」と話を変える。

 

85:名無しさん:2023/09/30(土) 01:43:12 ID:KE1dk0R20

 

(´・_ゝ・`)「あんたの祖母さんが『鍵』がどうのと言ってたのは、去年の秋って話だったな」

 

('、`*川「ええ」

 

(´・_ゝ・`)「ボスに報告したら、たしかにそのくらいの時期から伊藤クールは

        チームの連中と距離をとって、一人でこそこそ行動することが増えてたらしい」

 

('、`*川「あら、そうなの……じゃあやっぱり研究に関わる話だったのかもね」

 

 うん、と頷きながら丼の中身を掬い上げ、口に入れる。

 一口。二口。

 ペニサスは祖母の話を放り投げ、デミタスの感想を待っている。

 

 お吸い物も啜って、デミタスは箸を置いた。

 

86:名無しさん:2023/09/30(土) 01:46:04 ID:KE1dk0R20

 

(´・_ゝ・`)「一日目に、苦手なものはないと言ったんだが」

 

('、`*川「? ええ」

 

 椅子を引き、腰を上げ、リュックの肩紐を掴む。

 

 

(´・_ゝ・`)「悪かった。そういえば、僕はイクラが嫌いだ」

 

 

 見た目も、味も、匂いも、食感も駄目なのだ。

 真っ赤でつやつやした粒々。

 頼りない膜をぷちんと噛み潰すと溢れる、生臭い汁。

 

 サーモンやアボカドと合わせたらいけるかもしれない。お吸い物で後味を変えれば許容できるかもしれない。

 そう思って二口は頑張ってみたが、どうしても不快感は拭えなかった。

 

 

 ぽかんとしてデミタスの所作を見つめていたペニサスは、

 引き続きぽかんとしながら、口を小さく開いた。

 

87:名無しさん:2023/09/30(土) 01:48:05 ID:KE1dk0R20

 

('、`*川「──ズルよ。最初に言わなかったあなたの落ち度じゃない」

 

(´・_ゝ・`)「だから、悪かった。でも、それで無効になるなんてルールも決めてなかったろ」

 

('、`*川「……私、おばあちゃんの研究なんて知らないわ」

 

(´・_ゝ・`)「あんたがそう思ってるだけなのかもしれない。

        これからよくよく思い出してもらう。祖母さんとの会話、一つひとつ」

 

 ペニサスが、椅子を倒す勢いで立ち上がった。

 しかしデミタスの方がダイニングの出入口に近い。

 ──そうなれば彼女は反対側へ逃げるしかない。

 

 ロングスカートを翻し、キッチンに飛び込む。

 立てこもろうとしたのだろうが、ドアが閉まりきる一瞬前にデミタスの手が届いた。

 

 足を縺れさせたペニサスが床に転ぶ。

 立ち上がる暇もない。膝をついた姿勢で、彼女は奥へ奥へと逃げていく。

 デミタスはそれを追う。走る必要もないことは分かっているので、悠々と。

 

 ペニサスは壁に手をついた。行き止まり。

 最後の抵抗として、彼女はこちらに向き直った。

 壁に背を預けて座り込んでいるだけなので、それで何が出来るわけもない。

 

 ──体の向きを変えた際。

 スカートのポケットから、何かが転がり落ちた。

 

88:名無しさん:2023/09/30(土) 01:48:50 ID:KE1dk0R20

 

('、`*川「あ」

 

 小瓶だ。粉末が入っている。

 はっとしたペニサスが、慌ててそれを拾って手の中に隠した。

 

(´・_ゝ・`)「何だそれは」

 

('、`*川「……」

 

(´・_ゝ・`)「中身を出せ。舐めてみろ」

 

 首を横に振る。

 

(´・_ゝ・`)「舐められないようなものなのか。毒か?」

 

 今度は頷く。

 

 頭と腹の、どちらが冷えてどちらが熱くなったのか、咄嗟のことで判断はつかなかったが。

 とにかく、イクラを口に含んだときよりも、よほど不快な気持ちになった。

 失望というやつだったのかもしれない。

89:名無しさん:2023/09/30(土) 01:50:31 ID:KE1dk0R20

 

 前に立ちはだかったまま、彼女を見下ろすデミタス。

 壁に背を預けて座り込んだまま、そっぽを向くペニサス。

 互いに動きを止めたまま数秒。

 

('、`*川「……最初の日に」

 

 固く小瓶を握りしめ、ようやくペニサスが喋り出した。

 

('、`*川「あなたに出す料理に、入れようと思ったの。これ……」

 

 あの装飾過多なくせに無防備なネグリジェに、物を隠せるような場所はない。

 おそらく着替えた際に、化粧品と一緒に瓶を持ち出したのだろう。

 そこは、目を離した自分の手落ちだ。

 

90:名無しさん:2023/09/30(土) 01:51:25 ID:KE1dk0R20

 

('、`*川「味の濃い汁物に入れられたら気付かれにくくて良かったんだろうけど、

     あなた、急に来るから──ちょうどいい材料がなくて。

     それで使えなかった」

 

(´・_ゝ・`)「……ふさわしい材料があれば使ってたのか」

 

('、`*川「もちろん」

 

 ペニサスはまっすぐにデミタスの顔を見上げてきた。

 細い目がじんわりと湿り気を帯びていく。

 

 そしてとうとう、ぽろりと雫が落ちた。

 

 

(;、;*川「だって、死にたくなかったもん……」

 

 

 あまりに幼い一言も、一緒に落ちてきた。

 

91:名無しさん:2023/09/30(土) 01:53:21 ID:KE1dk0R20

 

(;、;*川「……半年前におばあちゃんが言ってたの、

     おばあちゃんが死んだら、私のことを殺そうとする人が必ず来るって」

 

(;、;*川「だからこの薬を使いなさいって……」

 

 ゆっくりと手を広げて小瓶を見せた。

 瓶が揺れている。いや。

 彼女の手指が、小刻みに震えている。

 

(;、;*川「でもデミタス君、毒見なんてさせるんだもん、次の日も使えなくなっちゃった」

 

(´・_ゝ・`)「……今日はチャンスだったんじゃないのか。何で使わなかった」

 

(;、;*川「た、たしかにチャンスだとは思ったけど、

     あなた、昨日からよく味わうようになったから……味が変だと思われるかもしれなかったし。

     よく考えたら、すぐに効くかも分からないし……」

 

(;、;*川「それに、な、何だか、急に悔しくなって」

 

(´・_ゝ・`)「悔しい?」

 

(;、;*川「……『あいつの家のご飯は毒が入ってる』って言われるたび、ほんとに嫌な気持ちになってたもん、昔……」

 

(´・_ゝ・`)「……」

 

 その話をデミタスにしたときと現在との落差が酷すぎて、思わず、呆れ返った声が漏れた。

 

92:名無しさん:2023/09/30(土) 01:55:13 ID:KE1dk0R20

 

(´・_ゝ・`)「あの生意気な態度はどこ行ったんだ、あんた」

 

(;、;*川「わ、私、こんなだから……

     泣き虫だからみんな苛めてくるんだっておばあちゃんに何回も言われてたから、

     頑張ってにやにやしてたのっ、あなたにナメられないようにっ」

 

(;、;*川「でも駄目、料理してる間ずっと泣いてたし、いつも震えてた……

     そのせいで、お、お皿も、割っちゃった……お気に入り、だった、のに……」

 

 声のつかえが激しくなっていく。

 毎晩こんな風に泣いていたのか。

 そう思ったら、途端、色々なものが腑に落ちてしまった。

 

 彼女が料理を運ぶ前に化粧をしていたのは、泣いた跡を隠すためだったのだ。

 きっとロミスはキッチンでそれに気付いたし、気付かれたことにペニサスも気付いた。

 昨夜の帰り際、不自然な会話を仕掛けてきたのはそのせい。

 

 そして初日に玄関まで見送らなかったのは、腰が抜けて立てなかったから。

 

 ずっと怯えていたのだろう。

 デミタスが来たときから。あるいはその前から。

 

 

 ──ああ、同じだ。

 

.

 

93:名無しさん:2023/09/30(土) 01:56:43 ID:KE1dk0R20

 

 デミタスだって怖かった。

 

 怖くて1日目は朝から、何ならその前日から、ろくに食べ物が喉を通らなくて胃が空っぽだった。

 殺す直前に持ちかけるべき取引も早まったし、苦手なものを訊かれても頭が回らなくて適当に答えてしまった。

 今だって、リュックを持つ手に変に力が入ってしまって、指先が痺れてきている。

 

 そろって臆病だったせいで。おかげで。

 今この瞬間に二人とも生きていて、そしてそれが無駄に終わろうとしている。

 

(;、;*川「ごめんなさい、あ、明日からちゃんと、美味しい、ご飯作る、から。

     イクラ使わないから。

     こ、殺さ、ないで……」

 

(;、;*川「やだ、痛いのやだ、死ぬのもやだあ……!」

 

 とうとう子供のように声をあげだす始末。

 うええん、と情けなく泣きじゃくる姿に、足から力が抜けるような心持ちになった。

 

94:名無しさん:2023/09/30(土) 01:58:08 ID:KE1dk0R20

 

 ──どうしよう。

 どうしたらいいのだろう。

 

 立っているのが嫌になって、心持ちどころか、もう本当に力を抜くことにした。

 その場にしゃがみ込む。

 むりやり手を開いて、リュックを放り投げた。

 

 

   £°ゞ°)『抱きしめちゃ駄目だよ』

 

 

 デミタスにしては珍しく逡巡の余地が生まれたが、結局デミタスだったので、思い付きのまま目の前の体を引き寄せた。

 そうしなければ何かが収まらなかった。

 

 彼女はびくりと跳ねて声を詰まらせたものの、ますます大袈裟に泣いて、しがみついてくる。

 

95:名無しさん:2023/09/30(土) 02:00:59 ID:KE1dk0R20

 

 胸元に無防備な頭が擦りつけられている。

 今ならば殴りつけることも、どこかの骨を折ることも容易に出来る。

 なのにどうしてか。デミタスの手はただペニサスの背を支えるだけで、そこから動かない。

 

 ──仕事をしなければ。

 ボスを裏切れば、デミタスの方がどうなるか分からない。下手をすればこの件に関わったロミスだって。

 なのに。

 

 幼稚な嗚咽が辺りに響いて、縋りついてくる体がぬくくて、腹が減って、喉が渇いて、心臓が冷や冷やもぞもぞして、

 泣くのをやめてほしくて。

 

 とにかく居心地が悪くて。

 

.

 

96:名無しさん:2023/09/30(土) 02:01:53 ID:KE1dk0R20

 

 

 

 すっかり、途方に暮れてしまった。

 

 

 

 

 

■前編 終わり

 

97:名無しさん:2023/09/30(土) 02:02:32 ID:KE1dk0R20

 

 

◆麻殻(あさがら)に目鼻を付けたよう

 …痩せた男性の形容

 

◆卵に目鼻

 …色白で可愛らしい顔

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